5、家族
聖夜に暖炉の前で寄り添いあっていたけれど、日付が変わるころ、わたしたちはベッドに入った。
「今夜は神聖な夜ですから……」
わたしが言えば、殿下も頷く。
「わかってる。でも、だからこそ、今夜は一緒のベッドで眠りたくて、無理に抜けてきた」
「リジー?」
「俺の、家族と言えるのはお前だけだ。確かに、身体の欲もあるけど、それよりもただ、一緒にいたい。聖誕節を一緒に過ごし、同じベッドで眠り、一緒に朝食を摂る。愛人じゃなくて、妻になって欲しいんだ。妻でなければ意味がないと思っている。だから――」
わたしは殿下の胸に縋りついた。温かい腕の中にいると、安心して涙が零れそうになる。
「リジー……会えなくて寂しかった」
「俺もだ。これからは毎年、一緒に過ごそう。エルシー、愛してる」
聖夜は冷え込み、雪が降ったけれど、わたしとリジーのいる場所は、世界で一番、暖かかった。
聖誕節の朝はよく晴れていた。
まだ朝も早い時間に、仔犬のユールがベッドに上ってきて、起こされてしまった。
「おいおい、どんな躾けだよ……」
殿下が眠そうに目をこする。黒い癖毛はごわごわで、わたしは昔のリジーを思い出して思わず笑った。
ユールに追い立てられるようにベッドを出て仕度をしていると、ジュリアンが朝食を運んできた。
「今朝はノーラがいませんので、少し簡単なもので」
「ああ、構わんよ。お前の休みは」
「明日の二十六日にいただきます」
わたしは朝食の前に、殿下にプレゼントを渡す。
「その……時間が無くて、こんなもので申し訳ないのですけれど……」
恐る恐る差し出す包みを見て、殿下が金色の目を瞠る。
「プレゼント! 俺に!」
殿下が子供のようにはしゃいで包みを開ける。一つは百貨店で買った万年筆。
「ああ、これ、便利だな。助かるよ」
それからもう一つの刺繍入りのハンカチを見て、嬉しそうに笑った。
「エルシーが縫ったのか。……こんなこともできるんだな」
「たいした腕ではないので……おばあ様には叱られてばっかり」
わたしが謙遜すれば、殿下も胸ポケットから小さな包みを出した。
「プレゼントはもう、いただいたわ。可愛いユールを」
「こっちが本命だ。受け取ってもらわないと困る」
箱は王都の有名宝飾店のもの。
「いつもはバーナードの店経由で買うんだけど、これは俺が直接、注文して作らせた。気に入るといいけれど」
中から出てきたのは、見事なサファイアの指輪。
「婚約指輪のつもりだ。俺はあんまり大きな宝石の指輪は嫌いなんだけれど、このくらいのは買わないとな」
「すごいわ……サイズもぴったりだけど、武器になりそうね」
「次にハートネルが来たらそれで撃退しろ」
左手の薬指に嵌めた指輪を見ながら言えば、殿下が冗談めかして言う。ラルフ・シモンズ大尉から、一昨日のことは報告があったのだろう。
「その代りと言っちゃなんだが、マックスのあのタイピン、俺にくれないか」
殿下の言葉にわたしが目を瞠る。
「お父様の……」
「お前の父親の形見なのはわかっている。マックスの遺体から、あれを外したのは、俺だ」
わたしは頷いて、宝石箱から父のタイピンを取り出し、殿下のネクタイに嵌めた。
「愛してる、エルシー」
「……わたしも」
二人でキスを交わす足もとを、ユールがくるくると回って、足首に毛皮がすれてくすぐったい。ゴホン、と咳払いの声がして、ジュリアンが気まずそうに言う。
「あのー朝食が冷めてしまうので……」
「ああ、悪い。すぐに食べる」
わたしたちはそうして、仲良く朝食を摂った。
「午後は教会に行こう。それから、少し付き合って欲しい場所がある」
「……ええ、構いませんけれど。外出しても大丈夫ですの?」
わたしが不安になって尋ねれば、殿下は首を振る。
「俺は、お前とのことを隠すつもりはない。……駅では、ステファニーと鉢合わせるのがまずいし、別に見世物にするつもりもないから、時間をずらしたけれど。大手新聞社の買収も進んでいるから、悪意のある記事も書かれなくなるはずだ」
殿下がニシンをナイフで切りながら言う。
「……昨日、父上と兄上一家には改めて、お前と結婚するつもりであると宣言した。姪たちは意味が分かっていないから、お前を連れてこいとうるさいし、義姉上は根っからの貴族だから、複雑な表情をしていたけど」
「国王陛下は、ステファニー嬢との結婚を望んでいらっしゃるのでしょう?」
……ローズを愛して、父から無理に奪い取った陛下に、わたしはあまりいい感情を持てない。
「俺が国王として即位する場合、レコンフィールド公爵の後押しがあった方がいい、と言うのが父上の意向だ。俺はそもそも即位したくないし、我が国はもともと議会が強い。最近は庶民院の力が強まっている。大貴族の後ろ盾がどうこう言う時代じゃない」
殿下はそう言ってから、ニシンを口に放り込む。
「……父上は、マックス・アシュバートンに負い目がある」
「父に……」
わたしはベイクドビーンズをスプーンで掬いながら、顔を上げた。……そうだ、どうして陛下は、父の請願を無視し、わたしへの代襲相続を却下したのか。
「父上は言った。公爵と、親グリージャ派が煩いからステファニーとの結婚を認めたけれど、まさか議会にまでかけるとは考えていなかった。さらに俺がマールバラ公爵を巻き込んだと知って、溜息をついていた。父上はもともと気が弱いから、マールバラ公爵も、レコンフィールド公爵も、苦手なんだ」
「……王妃陛下はいらっしゃらなかったのです?」
わたしの問いに、殿下は眉間に皺を寄せた。
「母上はバールの離宮にいる。ジョージ兄上の看病という名目だが――兄上が亡くなったら、修道院に入ることになると思う」
「ええ?! 修道院?」
わたしは思わずスプーンを取り落としそうになった。
この国はかつて、教会と王室が深刻に対立したことがあり、その時の王様がかなりの数の修道院を潰してしまった。現在残るのは、王家に忠誠を誓ったほんの一部の修道院だけ。王都から遠い山奥や海辺の修道院は、巡礼者や求道に生きる僧侶の修行の場になると同時に、王族や高位貴族の幽閉地としても利用されると聞いているが……。
茫然とするわたしに、殿下が言った。
「表向きは、兄上が亡くなったことで気落ちして、神に祈りを捧げて生きることを自ら希望した――という形をとるが、実際は違う。でも、それは秘密だ。公にはできない」
そうして殿下はトーストに齧りつきながら言う。
「……兄上は、そろそろいけないらしい。年内、もたないと言われている。もう、意識がないそうだ」
本音を言えば、殿下は戦争が終わるまで、ジョージ殿下が生きているとは思っていなかったらしい。
「王妃は、自分の大事な息子が弱っていくのに、憎い女の産んだ俺が、健康そのものに育っているのが許せなかったらしい。だんだん、おかしくなって……俺が死ねばジョージの病気が治るとか、俺にジョージの病気を移して呪わせようとか、常軌を逸した行いがはなはだしくなって……奇行が明るみ出る前に、王都から追い払ったそうだ」
「そうだったのですか……」
それで、最近、王妃陛下は公式行事にも出席されなくなったのだ。
「レコンフィールド公爵や首相のウォルシンガムが、ステファニーと俺の婚約を急いだのもそのせいだ。兄上が死ねば、しばらく慶事は行えなくなる。……マールバラ公爵が反対に回るのは、想定していなかったようだが」




