谷分館観測記録
観測記録は随時追加される
低温生命体図書館 谷分館
山の足元を
重たい谷霧に
沈める
乾くことのない石段は
人々の足音をそっと包む
図書館では
頁をめくる音さえ
どこか遠い
沈むように
あるいは
浮くように
知識と
物語を
堪能しよう
霧深き谷
白く湿った胞子と霧の境
その図書館は静かに鎮座する。
彼らを知識の渦に飲み込んで。
忘れられたように静かに、
ひっそりとそよぐ霧がささやく。
ゆっくりお食べ
霧に浮かぶ図書館は、
静かな雨に包まれる。
音は空気に吸い込まれ、
空気は重さをましていく。
濡れた身体が、重くなって
ゆっくりゆっくり沈んでいく。
たすけはいらない
重いまどろみと知識の館
珍しく霧の晴れた谷の図書館では、
胞子がいつもより軽く見えた。
「この胞子どこから来てるんですかね?」
埃に混ざって舞う胞子に、
息を吹きかけながらいうと
「あら、知らないの?この胞子たちは図書館のため息なのよ」
と、同僚の司書が言った。
曰く
知識を吸収した図書館の
満ちたため息なのだとか。
「それ本当ですか?」
「さぁ?古い司書日誌に書いてあったけど」
彼女は図書館に向かって
満腹になりましたか?と言った
胞子が少し揺れた気がした
同僚が言った「図書館のため息」という言葉が忘れられず、
件の古い司書日誌を見せて貰ったが
そこには伝聞らしい記述があるだけで、確かな事は分からなかった。
それでも、私達は図書館の息遣いがわかる為にそれを否定出来ないのだった。
漂う胞子に
満足しているのかな?
と問うていた
「わぁ、また来たわねぇ」
同僚は届いたばかりの本から一冊手に取ってクルリとひっくり返した。
題名は『納豆菌人類史 起源と発酵』
森から新刊として送られた本は、
どういう訳か人類学の本ばかり。
霧と胞子に包まれた図書館は、人類学の蔵書が豊富だ。
「棚増やさないと、もう置けないんじゃない?これ」
手に取った本を戻しながら同僚が言う。
本からふわりと胞子が舞い図書館の空気に溶けていく。
「増やすより、前からあるやつを片すのが先じゃないですか?」
同僚は複雑な顔をして首をかしげた。
中央から有難い学者を寄越すから、『学術書の棚は整理不要』の指示が出たのは、人類学の棚を片付ける為に古い本を二冊ほど引き抜いたあと。
胞子雲が舞い、棚からこぼれたはず本が、棚に戻らないと分かってからだった。
中央で教鞭をとっているらしい学者とその弟子が、テキパキと人類学の本を集めては荷馬車に載せていく。
司書たちも手伝おうとしたが、関連書や写本が増えてしまって、かえって邪魔になる始末だった。
おとなしく通常業務だけしておいた。
学者と弟子は荷馬車を先に帰らせて、しばらく谷に滞在するらしい。




