9.姑
馬車に揺られながら、ムスっとしたレオンハルトを目の前に私は居心地が悪そうに座っている。
空気が悪い。なんでこんなに機嫌が悪いんだろう、この男は。
「なんでそんなに機嫌が悪いんです?」
「ふん……」
聞いてみても、この調子だ。
大きくため息をつく。レオンハルトの考えていることがさっぱり分からない。俺様ナルシストのレオンハルトのことだ。ユリアンにメロメロだった私を目の当たりにして、プライドが傷つけられたとかそんなことだろう。
私は話をしようともしないレオンハルトに構っても仕方がない、と窓の外をぼんやりと見始めた。すると、明らかに私の家に向かっていないことに気が付く。
「あれ? どこへ向かっているんですか」
「俺の家だ」
「え!? なんで?」
「そろそろお前の親だけじゃなくて、うちの親に挨拶をした方が良いだろ」
さも当然、といった口調にそれもそうか、と一旦落ち着く私。
しかし、婚約解消の予定があり、そろそろ王女も婚約する頃なのに、それじゃだめじゃん! と気が付き、思わず立ち上がって馬車の天井に頭をぶつけた。
頭を摩りながらゆっくり座り直し、改めてレオンハルトに問いただす。
「いや、婚約解消するのに親に挨拶ってややこしくなるからやめた方が良いんじゃないですか?」
「まだ王女がいつ婚約するかもわかんねぇだろ」
「だから、そろそろしますって!」
「なんでそんなことお前にわかるんだよ」
「そ、それは……女の勘です」
「はぁ、そうですか。当てにならないご意見をどうもありがとう」
これから未来の展開を知っている、なんてことも言えない私の誤魔化しがかえって良くなかったようで、レオンハルトはそう言うと目を閉じて私との会話を遮断しようとしている。
レオンハルトと私の方針が合わない。
レオンハルトはそもそも王女が婚約するなんて知らないだろうから、長期スパンで考えているのだろうけど、長くてもほんの数か月だ。王女が婚約したら解消するという計画において、今色々と関係を広げていくのはまずいのではないだろうか。
私は改めて、静かに諭すようにレオンハルトに思いを伝えた。
「閣下、改めてになりますが、キズモノにした責任だって医療行為なんだから取らなくて結構ですし、解消する予定があるのにこんなに色々してもらうのは気が引けますし、申し訳ないです」
「別にお前の家を援助したところで、俺の家にはなんら影響ないんだけどな」
レオンハルトは目を閉じたまま、憮然とそう呟く。
そういうことじゃないんだけどな、と私は言葉を続けた。
「でも、婚約解消予定ですよね私達。いずれ、私は元の生活に戻らないといけないんです。色々していただくのは本当にありがたいです、感謝しています。おじい様もおばあ様も顔色がとても良くなりました。私も、おじい様のお医者様や食生活も前の生活よりは多少良いものを用意したいので、色々と金策を練らないといけないし……今後、会う頻度を控えませんか。もう王女は婚約するはずなんです、本当に」
理由は言えない分、切に訴えるとレオンハルトは薄く目を開けた。
そして私をチラリと見ると、ふぅと小さくため息を吐く。
「婚約解消しなきゃいいだろ」
「そうもいかないでしょ」
ぴしゃりとそう返すと、レオンハルトはまた目を閉じてしまった。
何故こんなにも婚約解消したがらないのだろうか。
もしかして、王女の婚約以外にまだ何か問題があるのだろうか。……あぁ、でもそうか。私が推してないだけで忘れていたけど、本来この人モテるんだった。もしかしたら、自分の良いなと思う相手が現れるまで女除けに利用したいのかもしれない。
いや、それはユリアンルートに行きたい私としては、さっさと解放してくれないと困るんだけど。
レオンハルトの様子に戸惑う私を尻目に、レオンハルトは変わらず不機嫌そうに目を閉じたままぶっきらぼうな調子で話し始めた。
「どうせアイツなんだろ、お前の好きな人ってのが」
「え!? ど、どうしてそれを……」
「完全に脈無しじゃねぇか、やめとけよ。どうせあの後ろに居たシスターとデキてるって」
「な! なんてこと言うんですか、絶対にそんな事ないです!!」
「いや、逆に何でそんなはっきりわかるんだよ」
「お、女の勘です!」
また女の勘かよ、とあきれた調子でそっぽを向く。
それ以降、何を言ってもレオンハルトは黙って目を瞑ったままになってしまった。
しばらくその気まずい空間に耐えていたら、ようやくレオンハルトがぽつりと一言話す。
「俺の親もうるせぇから、一回会って黙らせておいてくれよ」
「まぁ、そういう事なら……」
私も渋々とそう返した。
たしかに、パーティーで婚約者だなんて言って家に一回も来ていなかったらおかしいと思うかも。
レオンハルトの親……どんな人なんだろう、母親だけいるって話だったと思うけど。お父様はもう亡くなっているって。だから早くにレオンハルトが家督を継がなければならなかったって。
しかし、このレオンハルトの母親だ。なかなかの修羅場は覚悟せざるを得ないだろう。
「お母様ってどんな方なんです?」
「……うるさい感じ」
うるさい、か。きちんとマナーも守らないと。
私は少し緊張をしながら、しばらく馬車に揺られていた。
***
グランツ公爵邸に着いたようだ。
馬車が止まり、扉が開いた。先にレオンハルトが出て、私に手を差し伸べる。いつもはうっすら勝気な笑みで私を見てくるのに、今日は無表情だ。
私もおずおずとその手を取る。こんな雰囲気でレオンハルトのお母様に会いに行って大丈夫なのだろうか。
「まぁまぁまぁ!!」
その時、女性の弾んだ声がした。
声の方を見ると、屋敷から年配の女性が頬を紅潮させながら、小走りで私の方まで走ってくるのが見えた。私たちの目の前で立ち止まり、頭の先からつま先まで何度もじろじろと見つめられる。
ドキドキとしながら、女性の次の言葉を待った。
女性がにっこりと嬉しそうに私に笑いかける。
「こんな子とお付き合いしてくれる子なんてどんな子かと思ったら、こんな小さくてかわいらしいお嬢さんだったなんて!」
そう言うと、グランツ公爵夫人に力強く抱きしめられた。
予想外の行動に、レオンハルトをこっそりと見て目線で語りかける。
うるさいって言ってたわよね……?
そんな目でレオンハルトを見るも、その通りだろという目線で見てくる。
うるさいってマナーにうるさいとかじゃなくて、こういう意味だったのね……。
「さぁ、さっそくお茶にしましょう! 嬉しいわ~、ずっとこの日を待ち焦がれていたの! よろしくね、セシリアちゃん」
「は、はい。公爵夫人」
「やぁだ、お母様で良いのよ」
語尾にハートマークでもついていそうな話し方だ。公爵夫人は歌うようにそう言うと、私の腕を組み、屋敷へと連れて行く。
今日は長い日になりそうだ……。
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