7.花束
あの初デートの日から約1週間。
レオンハルトの連日デートに私はげっそりとしていた。
なぜなら朝の4時に来て山登りするだの言いだしたり、今日は海釣りに行く、と言ったかと思えば、観劇に行ったり、庭園に行ったりとめちゃくちゃなのだ。しかもこれを1週間毎日。
もう疲れたので明日は来ないでください、とお願いしたら次はこれだ。
「まぁ、こんな大きな花束。初めて見たわ、愛されているのね」
「早速花瓶に差し替えますね。セシリア様のお部屋には多めに」
馬車の扉を開くと、馬車の入り口にぶわんっと広がるほどの大きな花束が今朝は届いた。
おばあ様が頬を赤く染めて、レオンハルトの花束を見ている。メイド達は家中の花瓶にこの花を入れてくれるそうだ。ただでさえ今まで使用人が居なくて、普段している仕事よりずっと多いはずなのに、これ以上メイド達の仕事を増やさないでほしい。
一生懸命に花を丁寧に扱いながら、少しずつ家へと運んでいくメイド達。私は仕事増やしてごめんね、と一言声を掛けると、綺麗なお花を飾る事ができて幸せですとにっこりと微笑み返してくれた。
レオンハルトの色々な挙動には本当に苛立ちを感じるが、このメイド達の選定は本当に繊細に行ってくれたのかもしれないと思うほど皆優しくて仕事の丁寧な素晴らしい女性たちだ。
花束にはご丁寧にメッセージカードがついていたようで、メイドが見つけて渡してくれた。『この花を見て気を紛らわせろ。恋しく思うなよ』ですって。
「誰が思うかってんだ」
自意識過剰のナルシストな俺様公爵に、私は盛大にため息をついた。
今日はずっと遊び惚けさせられていた分、できなかった仕事を片付ける日にしよう。
***
今まで1週間も仕事をしていない、なんてことが無かった。だから、溜まっている仕事を捌くのにいつまでかかるかと思っていたが、おじい様が色々と気を回して仕事をしておいてくださったり、メイド達が気を利かせて紅茶を淹れてくれたり、身の回りのお世話をしてくれたおかげで、午前中にはほとんど終わってしまった。
とはいえ、結構な量だったのだが。
案外休んでしまった方が、効率よく仕事は進むのかもしれない。
今はおじい様とおばあ様と一緒に昼食中だ。
栄養価の高い食事になったからか、おじい様もおばあ様もだいぶ血色が良く、少し頬もふっくらしてきた気がする。
おばあ様が食事をしながら、今朝の花束の事を話題に出した。
「それにしても、本当に素敵な花束だったわね。きっとセシリアの事をたくさん考えてお花を選んだのよ」
「そうかしら」
「あぁ、うちの領地で咲く花ばかりじゃないか。わしもばあさんに花を贈った事があるが、花を選ぶのは結構大変なんだぞ」
「ふふふ、そんなこともありましたね」
おじい様がそう言うと、おばあ様は当時の事を思い出しながら、少し頬を赤く染めて嬉しそうに笑った。相変わらず仲がよろしいことで。
たしかに、俺様で自己中で派手なレオンハルトが選んだら、沢山のバラがいっぱいの花束で送ってきそうだ。でも、今回送られてきた花束にはそういった花はなかった。うちで咲く領地の花だけで、中には野花まで入っていて。私の好きな花ばかりだった。教えてもないのに。
「真心が込められているものだって、すぐにわかったわ。本当に素敵な人と結婚できて、良かったわね」
「あぁ。こんなにも想ってもらえる人と結婚できるなんて。安心だなぁ、セシリアには苦労をかけてしまった分、今までの何倍も幸せになってほしいからな」
おじい様とおばあ様が嬉しそうに笑う。そんな様子を見たメイド達も、あたたかい目で微笑んでいる。私がほとんど家に居ない間に、良い関係を築かれていたみたいだ。まぁ優しいおじい様とおばあ様が使用人とうまくいかないなんて、よっぽどの事がない限り無いだろうけど。
家では味の薄い野菜のスープに固いパン、たまの果物ばかり食べていたのに、まるであの日レオンハルトと一緒に行ったレストランのように豪華な食事を用意してもらった。
おかげさまで満腹だ。公爵家の財力とは本当にすごいものだと感心する。しかし、正直ここまでしてもらうのは負担だし、婚約解消後のことを考えると気が重い。
せめておじい様のお医者様くらいはきちんと手配できるように、財源をなんとか考えなければ……。
私は執務室に戻り、さっさとルーティン業務を片づけようと部屋に入る。
すると、扉を開けた瞬間にふわっと花の香がした。メイド達が飾ってくれたこの大振りの花瓶からだ。生花特有の良い香りがする。そっと鼻を近づけて目を閉じ、ゆっくりと呼吸をした。この家から少し行ったところに花畑があるのだが、もうしばらくあの花畑も行けていないな、と顔を離す。ずっと忙しくて、そんな暇が無かったが、少ししたら行ってみても良いかもしれない。
あぁ、レオンハルトが色々連れまわして疲れさせてくるなら、こちらが連れていってのんびりさせるのは名案かも。……いや、でもレオンハルトがただの花畑なんて、喜ぶはずないか。
私は執務机に戻ろうとすると、視界に入った窓の外にレオンハルトがにやにやしながら私を見ているのが目に入った。
私は窓を開け、バルコニーからレオンハルトを部屋に招き入れる。
「な! 今日は来ないんじゃなかったんですか?」
「そろそろ恋しくなったかと思ってな、顔を出しに来た」
付き合いたてのバカップルか。1日も経ってないぞ。
私は頭を抱えながら、はぁとため息をついた。レオンハルトは何やら嬉しそうににこにこしているが。
「喜んだみたいだな、それ」
「えぇ、素敵な花束をありがとうございました。……レオンハルト様が選んだんですか?」
「あぁ、まぁな」
ふーん、意外だ。この人も花なんて繊細な物選んだりするのか。
てっきり使用人に選ばせたのかと思っていた。領地の花を調べさせたりして。
「領地の花、好きなんです。バラの香りとかも素敵だとは思いますけど、慣れ親しんだ香りが好みで。昔はよく、この花が沢山生えている花畑にも行っていたんです」
「おぉ、そうかそうか」
レオンハルトは何故かとても嬉しそうに頷いている。
花束が私に大ヒットした事が余程嬉しいようだ。たしかに、あの初デートの日以外、私はげっそりとしていて楽しそうな顔はしていなかったからな。
「まぁ、両親が亡くなってからはそれどころじゃなくなって、もうしばらく行けてないんですけどね」
「あぁ、なるほど。だから……」
「ん? だから?」
「いや、なんでもない。こちらの話だ」
レオンハルトはそう言うと、花を優しく撫で始めた。
こんな素朴な花をそっと撫でるなんて、案外花が好きなのだろうか。
「行ってみるか、その花畑」
「え? ……でも、本当に何もない場所ですけど」
「俺とお前がいればそれでいいだろ。じゃ、明日迎えに行く」
レオンハルトはそう言うと、バルコニーから飛び出し、木を伝って軽々と降りてしまった。まるで猿のような軽やかさだ。
行かないとも行くとも私の返事を聞かぬまま、彼は門の付近につなげておいた馬に乗って帰っていってしまった。
結局今日も会っているし、明日も会うなんて……。あんなに遊び惚けていて、グランツ公爵家の方は大丈夫なのだろうか。
「仕方ない、とりあえず仕事を片付けるか」
明日もデートだとバレたら、メイド達にすぐさまたくさん磨かれてしまう。
その前に仕事を片付けなければ。
花の香りのおかげか、いつの間にか鼻歌を歌っていた。メイドが紅茶を届けてくれて、指摘されるまでそれにも気が付いていなかった。茶化されたので、けほんっと咳ばらいをして誤魔化す。
これは花畑に行けるから。そう、花畑に行けるから……。
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