5.魔法
レストランを出た私達は次に買い物に行くと言ったレオンハルトにエスコートをされながら、近くのドレスやアクセサリーショップに行くことになった。
店を出た途端、周囲の視線がじっとこちらに向いているのを感じる。
まぁ無理もないだろう。貧乏男爵令嬢で地味な私と戦争狂と言われる社交界の問題児のレオンハルトがレストランから出てきて、並んで歩いているのだから。
しかもパーティーで婚約しているだの、医療行為だのするもんだから、扇で口元を隠しながら、こそこそと話している貴族を見かける。
悪名高きレオンハルトの事は、そんな事情を知らずとも平民も見てくるし。なんだか急に有名人になったようで居心地が悪い。
対して、レオンハルトは何故か少し嬉しそうだ。
本当に何でこんなに気に入られているんだろう……。そうか、戦地で一番大事なのは生命力。さっき言っていた通り、貴族女性に無い私のがめつい生命力に魅了されているという事か。
はぁ、こんな事なら、まだ物語が始まる前だからと油断してあんなにがっつかなければ良かった……。
「さぁ、着いたぞ」
レオンハルトが有名なドレスの仕立て屋の前で足を止めた。
こんなところに来たことはないが、噂だけは知っている。このドレスをデビュタントに使用する為に、一般の貴族は生まれた時から予約をするとか、王室御用達だとか。
とにかく有名な老舗なのだ。私なんかが一生訪れる事のないような。
私はもう言うのも疲れてきたが、改めてレオンハルトに断りを入れた。
「閣下、私要りませんよ。そんな……。今日家族に色々していただいたことも私に色々してくださった事も、そんな間柄ではないでしょう」
「何言っているんだ、婚約者の癖に」
あぁ、だめだ。もうこの人私の話や意見を聞く気が無い。
レオンハルトはもう私の言葉を聞くこともなく、ズカズカと仕立て屋に入っていく。
中に入ると長身の眼鏡をかけた女性が私たちに向かって上品にお辞儀をした。
「ようこそいらっしゃいました公爵閣下。そして、セシリア様。この度はご婚約おめでとうございます」
とても愛想の良い笑顔を向ける女性。
この方がデザイナーだろうか。50代くらいに見える。長身のスタイルはドレスを映えさせるし、とても綺麗な方だ。あまりに綺麗で一瞬言われた事を忘れてしまっていたが、この方”ご婚約”って言った……?
私は彼女の言葉を慌てて否定した。
「そ、そんな私達……!」
「あいがとう、マダムベル。早速だが、彼女に何着か普段用の楽なドレスからパーティー用のものまで用意したい。すべてお願いできるか、ドレスに合う靴やアクセサリーも頼む」
「ちょっ、閣下……!」
「承知いたしました、ではセシリア様こちらへ」
二人とも全く私の話を聞いていない。
完全に二人のペースに乗せられたまま、私はにこにこと笑うマダムベルに小さく背中を押され、小さな部屋に通された。
さっさっさと、素早いペースでサイズを測られ、何枚か顔やデコルテのあたりに布を当てられる。色味を見ているようだ。
もしお好みのデザインがあれば教えていただけますか、と冊子を渡され、従業員の方が奥の扉からはたくさんのドレスを持ってきて並べ始めた。
「あの、すみません……私こういうのよくわからなくて……」
「まぁこんなに可愛らしいのに、もったいないですわ。セシリア様には、こういったデザインがお似合いになると思いますよ」
そう言うとマダムは冊子のページを開き、従業員の方に指であれを下げてとか持ってきてという指示を出しながら、私に数着のドレスを見せた。
そして、マダムのお話する通りにドレスを何枚か試着し、最後の1枚に腕を通した。
「セシリア様は細身なのでもう少し詰めるイメージにはなりますが、こちらも大変お似合いです。閣下に見ていただきましょうか」
「あ、いえ……あの……」
「ふふ、初々しいですね。可愛らしい恋人達ですわね、私もあんなに嬉しそうにいらっしゃった閣下は初めて拝見しました。子どもの頃から存じておりますが、恋人の前では見せる顔が違うのですね」
「あの、だから恋人では……」
「さぁ閣下! どうです?」
やはり私の話を聞いてくれない。
マダムベルは私に一方的に話しながら、レオンハルトのいる扉を開けて私を前に差し出した。
どうせ嫌味を言われるのだろう。
仕事や家事炊事で荒れた手や栄養が足りなくてカサカサになった肌。太る暇もなく、肉付きの悪い体は肩や胸元の肌が見える露出の高いものだと貧相に見えてしまうはず。
ヒロインであるセシリアは清貧に生きていたヒロインで、社交界に居る煌びやかな貴族たちとは違う。真面目で努力家で自分より他人に一生懸命な女の子だった。でも、私は年頃の女の子相応におしゃれをしたり、着飾って可愛らしく見えるようにしたかった。
今日着たドレスも今着ているドレスも、どうせ似合うはずがないのだ。私は俯き、ぎゅっとドレスの上で拳を握りながら、レオンハルトの言葉を待った。
「似合うじゃないか、やっぱり赤が似合うな。セシリアの服は赤を多めにしてくれ」
レオンハルトの弾んだ声に顔を上げる。
そこには無邪気な顔で笑うレオンハルトが居た。
思いがけない言葉と表情にぽかんとレオンハルトを見つめていると、マダムベルがくすくすと笑いながらこっそりと私に耳打ちした。
「やっぱり閣下は独占欲が強いですね、自分の瞳の色をセシリア様が着てくださってこんなにも喜んでいるんですよ」
それを聞いて、改めてレオンハルトを見た。
戦争狂と呼ばれている社交界の問題児と言われている彼が、褒められた時の子犬の様に愛らしく見える。くすくすと笑うマダムベルと一緒に私も思わず笑ってしまった。
「なんだよ」
「いいえ。私があなたの瞳の色のドレスを着たから、そんなに嬉しかったの?」
「あぁ、そうだな。俺はお前の瞳の色の服を着ることにしよう」
「へ? ま、まぁご自由にどうぞ」
からかってやったのに、照れくさくなって否定するかと思いきや、満足そうにそう返してくるので拍子抜けしてしまった。
俺様自己中なレオンハルトにこんな一面があったとは。
面食らっている私を見てマダムベルはくすりと笑い、何着か用意して出来上がり次第届けると約束をしてまた着替えるのに別室へ戻った。
私の着替えを従業員の方たちと手伝いながら、マダムベルは少女の様に頬を染めながらうっとりとした口調で話し始める。
「閣下の方がセシリア様にずっとお熱みたいですね」
「へ? あぁ……そう、なんですかね」
「ふふふ、そうですよ。お母様のドレスを作りに来るのに付き添いで子どもの頃からよくいらっしゃっていたのを拝見しておりますから、わかります。素敵なお二人ですね、どうぞお幸せに。この度は本当におめでとうございます」
マダムベルは嬉しそうに笑った。
もしかしてマダムベルが最後にあのドレスを選んだのは、レオンハルトの為だったのかもしれない。
「もしかして、レオンハルト様があぁやって喜ぶから最後赤のドレスを着て見せたんですか?」
私が改めてそう伺うと、少しいたずらっ子のように笑いながら教えてくれた。
「セシリア様にはどの色もお似合いですが……赤、とてもよくお似合いなんですよ」
この含みのある言い方はやはりわざと赤を選んだのだろう。
「さすが……プロですねぇ。レオンハルト様の表情が今日一番違いました」
マダムベルの手腕に感嘆しながらそう呟いた。
レオンハルトのあの顔と反応にはびっくりした、マダムは一体何者なんだろう。ただのドレスのデザイナーとは思えない。
マダムベルは魅惑的な笑顔で私にこっそりと話してくれた。
「私はね、ご令嬢方から魔法使いと呼ばれているんですよ。可愛らしいご令嬢方をとびきりのお姫様に変身させる魔法使いなんです。その魔法を少し使ってみただけですわ。でも、あの表情を引き出したのは、セシリア様ご自身なんですよ。本当に愛されておりますのね」
シンデレラを舞踏会に連れて行ってあげたあの魔法使いみたいだ。
私はマダムベルの手腕によって、見事お姫様に変身させられたということ。
……いやいやいや、でも私レオンハルトとは婚約解消を狙っているのに、そんな魔法をかけられても困るんですが。
それに隣に居ただけの私を都合よく婚約者にしてみたはいいものの、私がローストビーフ詰まらせて死にかけて人工呼吸しちゃったから引っ込みつかなくなっただけで愛されているとかでもないし……。
レオンハルトは見事にマダムベルの魔法にかけられたが、私自身は複雑な気持ちだな……と赤のドレスの裾をひらひらと手で弄びながら考え込んでしまった。
しかし、このマダムベルの魔法がかかったドレスにお姫様を幸せにするたしかな魔力が秘められている事を、私は後々に思い知る事になるのである。
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