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ただ隣にいたからという理由で俺様公爵の婚約者になっただけなのに、何故か溺愛されています  作者: minori


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49.花畑の約束

レオンハルトが昔ヒロインと会った時のお話です。


 もう十年近く前だろうか。

 戦争からの帰り道。一人になりたくて、駆け出したあの日のこと。


「悪い、ちょっと一人にしてくれ」

「おぉ、気をつけてな」


 一緒に戦争に赴いたコーランは俺がそう言うと、何も言わずに俺を送り出した。

 俺がどうかしたのか、と後ろで声が聞こえても、コーランが何やら説明して落ち着かせていた。コーランが居てくれるから、まだ俺はあの戦場で立ち続けられていたのだろうと思う。


 あの時は本当に疲れていた。

 自分の指示で何百人と殺し、何十人と死なせてしまう。

 死んだ中には親しい仲間も居た。

 作戦を考える際にはある程度こちらの被害状況も考える。つまり、自分自身が殺しているのも同然だ。この位置がこんなにもキツイ事を、公爵家当主になって数日で思い知る事になって限界だった。


 帰っても休まる暇はない。

 公爵家の財産や地位を狙う卑怯で下劣な貴族たちの顔も声も存在すらも見たくなかった。急に最愛の夫に先立たれた母親を苦しめる奴等の応対を、母にさせたくもなかったから自分が矢面に立った。


 でも、もうそれも疲れた。

 もう本当に心の底から限界だ。


 何もかもから逃げたくて、一人になりたくて、ただただ馬を走らせた。

 見境も無く、本当にただ目的地も無く走り続けた。

 馬が疲れた頃、馬を止めて、しばらく立ち止まる。木に馬を繋いで、ここからどうしようかと働かない頭で呆然と立ち尽くして。


 帰らなければならないけど、帰りたくない。

 そんな気持ちを抱えながら、しばらく立ち尽くしていると、笑い声が聞こえた。


 子どもの声だった。周囲を見れば、美しい花畑が目の前に広がっている。

 子どもの声でようやくそれに気が付いた。

 明るい子どもの声に引き寄せられるように、花畑の方へ向かって行くと、自分を見た女性が短く悲鳴をあげた。

 血と汗と泥で汚れた自分を見て、恐ろしくなったんだろうと踵を返すと、足音がこちらに近づいてきて、自分の肩を掴んだ。


「怪我したの!? 大丈夫?」


 平民の女性が自分を心配そうに見つめていた。

 それに対しても、明らかに貴族の自分に向かってそんな口を利くなんて無礼な女だな、と思った。鬱陶しいとも。


「戦争帰りだ。これは返り血で、俺のものじゃない」

「まぁ……そうだったのね」


 女性はそう言いながら、小さな鞄から水筒を出し、ハンカチを濡らして急に俺の顔を拭き始めた。


「うわ、なんだよ!」

「あら、いい男が出てきたわぁ」

「ほんとだー、かっこいいー」


 慌てる俺の事なんて気にもせず、そんな風にのんびりと明るい笑顔で言った。女性の後ろから子どもの顔も見えた。女の子だ。先ほどの笑い声もこの子のものなんだろう。

 先ほどまで自分が居た地とは全く異なる穏やかな空気に、頭が混乱しそうになった。

 そんな中、ずいっと自分の目の前にサンドイッチが近づけられる。

 

「お母様のサンドイッチ美味しいのよ、はいどーぞ」


 キラキラした太陽のような笑顔で女の子は自分にサンドイッチを渡してくる。

 こんな邪気のない素直な笑顔を初めて見た俺は、その笑顔をただただ見つめた。

 女性はその女の子の手を掴み、女の子に視線を合わせ、小さく怒り始める。


「こら、ちゃんとトマトが入ったのも食べなさい」

「いや」

「このトマトとっても甘いのよ」

「いや」

「もう……困った子ね」


 はぁ、と長くため息をついたかと思えば、また自分に視線を戻した。


「良かったら一緒に食べましょ。サンドイッチしかないけど。お腹減ってるでしょう?」

「あ、いや……俺は……」

「お兄さん一緒に食べよ!」


 トマトを押し付けられる相手を逃がさん、とばかりに子どもとは思えない力で自分の手を引いて行こうとする女の子に引っ張られながら素直についていく。

 女性は楽しそうに笑いながら、その後ろから着いてきた。


 女の子は歌ったり走り回ったり、散々大騒ぎをして急にぱたんと力尽きて眠ってしまった。

 何が起こったのか分からない程で、呆気に取られているといつものこうなのよと女性が楽しそうに笑う。

 女性が女の子に膝枕をし、頭を撫でながら、自分に質問をぶつけてきた。


「年は?」

「十六だ」

「十六歳。まだそんな子どもなのに、戦争に行かされたのね……」

「立派に成人している」

「そうだとしても、私から見たらあなたはまだ立派に子どもなんだもの」


 若いんだから、幼いんだから。

 そういった言葉をかけられてきたからこそ、ピクリとその言葉に反応した。

 キッと睨むように女性を見ると、女性はあの親戚達のような下卑た顔ではなく、労りを持った慈しみ溢れる表情で自分を見ていて、目を見開いた。

 

「子どもは大人が守らなきゃ」


 女性はそう言いながら、自分の顔についていたパンの屑をそっと取る。

 母以外にそんな視線を向ける人間の居なかったので、正直戸惑った。

 それに、守ってくれる大人の居ない自分は一体、どうしたら良いのだろうか。

 こんな事言うつもりないのに、言葉は勝手に口から出てくる。


「父は死んだ」


 ぽつりと言った言葉に、女性は息を飲む。

 そして、絞り出すような声で一言ぽつりと言った。


「それは、辛かったわね……」


 何故、初対面の自分にこんな顔をしているのだろう。

 気まずい沈黙の時間が少し流れたところで、お山と海にいきたいと急に女の子が叫んだ。その後、寝返りを打って顔が見える。どうやら寝言のようだ。

 どんな夢を見ているんだ、と思っていると、女性が困ったように笑った。

 

「今日は海釣りや山登りに行きたいって朝から泣いてたの。でも、そこまで行く時間も無くてね。夫も忙しいから。結局いつものここ。貧乏暇なし金なしなの。本当はこの可愛い顔が曇る事の無いように、我が儘は全部叶えてあげたいのに。私だって、海や山や異なる国の風景を見て興奮する我が子の顔が見たいもの」


 釣りも登山も何が良いのか分からないし、そんなに遠くもないだろうに、そんな事もできないなんて、平民の暮らしも大変なものだな、と思う。

 少し気の毒そうに思ったのが顔に出ていたのか、女性は言葉を付け加えた。


「でも、お金も時間も無くてもね。この陽だまりみたいな笑顔があれば、それだけで幸せなの。子どもの笑顔の力ってすごいのよ」


 女性はそう言いながら、女の子の頬をつんと指で触った。

 女の子はにへらっと寝ながら、力なく笑う。本当に穏やかな笑みだ。そんな笑みを見ていると、急にお腹が減りだした。父が亡くなってから、あまり食事も通らなかったのに。

 サンドイッチを何個かもらい、そのまま口へと運んでいく。

 特別なものは入っていない、肉も魚も入っていない。でも、本当に久しぶりに美味しいと思えるものを口に入れられた気がした。


 女性は夢中でサンドイッチを貪り食べる俺を、あたたかな目で見ていた。

 そこに男性がやって来る。男性は女の子の父親だったそうで、女性が俺の事を戦争に行っていた子だと紹介していた。


「それはそれは。この国をお守りいただいてありがとうございます」


 男性は随分と年下の自分にも丁寧にお辞儀をして、礼を述べた。

 自分の身分を気にしての言葉でも、見返りを求める態度でもない労いのこもった言葉に、また驚かされた。

 サンドイッチも食い尽くしたのに、他に何かないかなと二人でバスケットの中を覗いている。

 貧乏なくせに与える事ばかり考えているこの二人を見ていると、心が安らいだ気がした。

 本当に久しぶりに穏やかで幸せで、何も知らないのに自分を大切に扱ってくれる人に出会えてよかった。


 心が安らいだら、ようやく気持ちが前向きになってきた気がする。

 そろそろ戻らないと、と言って繋いだ馬の方を指差すと、男性の顔がさーっと青ざめる。

 

「え、もしかして公爵様でしたでしょうか」


 男性が馬の装具の家門を見て、漸く気が付いたようだった。


「あぁ」


 こう言うと、その後二人ともすぐに頭を下げる。


「申し訳ございません、失礼をいたしまして」

「気が付かずに失礼いたしました」


 急に変わる態度に、声を上げて笑った。

 笑ったのもかなり久しぶりだった。


「いい、本当に久しぶりにこんな穏やかな気持ちになった」


 女の子は気持ちよさそうに寝ている。

 父親の気配に気が付いたのか、にこにこと笑いながら眠っているのが面白かった。

 俺の言葉と様子に、女性はすぐに先ほどの調子を取り戻し、嬉しそうに笑う。


「そうでしょう、陽だまりみたいな可愛い顔して笑うんです。うちの子」


 本当にあたたかくて穏やかで、よく言い当てた表現だなと思った。

 そうだな、と返せば、女性は嬉しそうに笑って、何かに気が付いたように手をぽんっと叩いた。


「十六歳なら、年もそんなに離れてないし、うちの子をもらってくれてもいいんですよ。そしたら、この子玉の輿に乗れるわね。綺麗な顔が大好きなんです、この子」

「おい、失礼だぞ。公爵様には王女様もおられるんだし……」


 女性の発言に男性は顔を青くして慌てている。

 平民の女性の失礼なんて気にしないのに、と思いながら、本当にそんな未来も考えてみた。

 

「あなた達のような両親が出来るなら、幸せだな……」


 心の底から出た言葉だった。

 俺の言葉に女性は嬉しそうに笑いながら、


「あら、乗り気? うちは本当に大歓迎ですよ。公爵様」

「おい、本当に失礼だぞ。失礼いたしました、公爵様」

「いい、久しぶりにこんな落ち着いた気持ちになった。前向きに検討しておいてやるよ」


 そう言って、俺は馬に向かった。

 穏やかに手を振る女性と深くお辞儀をする男性の姿を見て


 サンドイッチのお礼を言い忘れた事には、馬に乗ってしばらくしてから気が付いた。

 また会いにくれば良いか、その時に言ってもと思っていたのに、もう彼女達に会う事は叶わなかった。訃報を聞いた際はひどく絶望した。


 しかし、数年後、パーティでまたあの陽だまりのような笑顔を見つける事となる。

読んで頂きましてありがとうございました。

次話でラストとなります。

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