41.告白
馬車に揺られながら久しぶりにグランツ公爵家にやってきた。
門番の方が私をチラリと見て、静かに頭を下げる。私がグランツ公爵邸に入ると、ちょうど公爵夫人が外に出ていらっしゃったところだった。
公爵夫人が嬉しそうな顔をして、こちらに向かって出迎えてくれた。
「まぁまぁセシリアちゃん、お久しぶり! とても愛らしいわね、そのドレスとてもよく似合っているわ」
「ありがとうございます。お約束もせず、急な訪問をすみません」
「いいのよいいのよ、そんな。近いうちにあなたの家になるんだもの」
公爵夫人は嬉しそうにそう微笑んだ。
公爵夫人も私たちの婚約解消についてまだご存じないようだ。それもそうか。こんなに喜んでくださっている公爵夫人にそんな事言えない。私がおじい様とおばあ様に話せていないように。
……いよいよ、レオンハルトに会うのか。
私はドキドキと心臓が痛くなるほどの強い鼓動を感じながら、一度深呼吸をして落ち着かせる。そして、公爵夫人に尋ねた。
「あの、レオンハルト様にお会いしたくて」
「そうよねそうよね。あの子帰ってからずっと剣を振りっぱなしで。今も訓練場に居ると思うわ。あちらよ」
「ありがとうございます。訪ねてみます」
「えぇ、ゆっくりしていってね。ごめんなさいね、私は今からお茶会へ出席するところで」
「いえ、そんな。急に押しかけてしまってこちらこそ申し訳ございません。ぜひ楽しんできてくださいね、今日のドレスもとても素敵です」
「あら、そう? あぁ~やっぱり女の子っていいわね~! あの子ったら絶対そんな事言ってくれないもの。ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
公爵夫人は私に手を振りながら、馬車に乗り込みに行く。
私は公爵夫人を見送った後、レオンハルトの居る訓練場へと向かった。
***
訓練場へ近付くと、ブンブンと風を切る音が何度も聞こえる。
曲がり角を曲がると、レオンハルトが真剣に何度も剣を振る後ろ姿が見えた。汗を飛び散らせ、真剣な眼差しでただただ一心に剣を振っている。
いつ話しかけようか、とタイミングを見計らっていた。剣を振るのをやめたタイミングで、と思ったが十数分ほど待ってもやめる気配がない。
何かタイミングがないと話しかけられそうになかったけど、これは自ら行くしかない。何度か深呼吸をしてから、覚悟を決めて話しかけた。
「ねぇ」
レオンハルトの剣を振るスピードが上がった。
……無視でもされているのだろうか。いや、でも勘違いかも。
私は先ほどよりも大きな声で話しかける。
「ねぇ! ちょっと!」
さらにレオンハルトの剣を振るスピードが上がった。
なんだこれ、やはり無視されているのだろうか。近づこうにも真剣を振るっている人間に近づくのはリスクが高い。
私はさらに大きな声を出そうと、一旦咳ばらいをし、大きく息を吸い込む。
「ねぇ! レオンハルト様!!」
「うぉ、セシリア? なんでお前がここに……」
レオンハルトは私の大声に体をびくりとびくつかせ、ようやくこちらを向いた。
汗をタオルで拭きながら、こちらへやってくる。
私はいつもの勝気ではなく、少し情けない顔をしているレオンハルトを目の前に二度も無視された事をチクリと怒った。
「なんで無視するんですか」
「……幻聴だと思ったんだよ」
「はい?」
「聞きたくてたまらない声だったから」
汗をかいて紅潮した頬のレオンハルトより赤くなっているかもしれない。
こいつは何を言っているんだ、と何か言い返そうかとしている内に、レオンハルトから追撃が来た。
「お前の事を忘れようと、気を紛らわせようと思って剣を……」
「わ、わかりました。わかりましたから、そんな歯の浮くようなセリフを立て続けに言おうとしないでください」
私は顔を反らしながら、パタパタと手で顔を扇いだ。
本当にレオンハルトの前だとペースが狂うというか、なんと言ったら良いか分からなくなる。
しばらくの沈黙の後、レオンハルトの方から口を開いた。
「何しに来たんだよ」
「その……」
気持ちのまま、ここに来てしまったが、なんと言ったら良いか馬車の中でも考えてはいたが、ずっと思考がぐるぐると回ってしまってどう伝えたら良いのか分からなかったのだ。
レオンハルトの事は好き、なんだと思う。
でも、なんと伝えたら……。いや、もう今の気持ちを正直に彼に伝えるしかない。
私は、ふぅと息を吐いて気を落ち着かせてから、レオンハルトの瞳をまっすぐに見つめ、思いのままを伝えることにした。
「貴方みたいな自己中心的で自分勝手で顔以外どこに良いところがあるのか、全然分かりません」
「……何しに来たんだ? お前。トドメ差しに来たのか?」
「違いますよ」
「安心しろよ、もうお前の邪魔はしねぇから」
「だから、違うの! 最後まで話を聞いてください! つくづく人の話を聞かない人ですね」
「なんで俺振られた上に怒られてるんだよ」
レオンハルトがそうぶつくさと言い始める。
本題になかなかいけないままだったが、ついに自分の気持ちを伝える瞬間が来た。
体が震える。自分の気持ちを伝えるのが、こんなに怖いものだとは考えた事が無かった。
自然と声が震えたまま、喉が絞まるような感覚を覚えながらも、懸命にレオンハルトに気持ちを伝える。
「本当に……本当に自分でもよくわからないのですが、貴方に会えなくなるのは嫌だと思いました」
レオンハルトの目が変わる。
レオンハルトも私の瞳をじっと見つめた。
「このドレスを着て、隣に居てくださるのはレオンハルト様じゃないと嫌なんです。多分、私……あなたの事が好きになってしまったみたいです」
私のこの言葉を聞いて、レオンハルトは息が出来ない程力強く私を抱きしめた。こんな風に抱きしめられたのは初めてだ。
もう会えないかもしれない、と思った相手とこんなにも近づけて幸福感で胸がいっぱいだった。
しかし、私にはまだ懸念点がある。
この状況で口に出しづらいが、レオンハルトの胸に顔を押しつぶされながら、小さく声を出した。
「でも、あの……婚約はちょっと早いというか」
「はあ?」
レオンハルトは怪訝な顔をして、私から体を離した。
そう、これが懸念点だ。
「いや、だって。私達、会話があまりにも足りなくないですか? 婚約してから1ヶ月以上の時が経っていますが、実質一緒にいたのって半月もないじゃないですか! それで急に婚約だなんて、その……気持ちが追い付かないというか」
貴族社会。愛のない結婚が主流とは言え、前世で自由恋愛結婚の文化に慣れ親しんだ私としては、急にこれからじゃあ結婚しましょうというのは受け入れがたかった。
レオンハルトに好きだと伝えたら、すぐに結婚だなんだという話になるに決まっている。でも、私はもっとお互いを知ってから、その上で次のステージに進みたかった。
私のこの言葉を聞いて、レオンハルトは呆気にとられたような顔をして私を見る。
「お前は、本当に……」
何も考えずに話してしまったせいで、上げて落とす形になってしまった。
申し訳ないし、どういう反応になってしまうんだろう。
レオンハルトの顔色を窺っていると、ふっと笑った彼の顔にドキリと胸が高鳴る。
「いいよ、分かったよ。お前がその気になるまで待てばいいんだろ」
そうして、次は先ほどよりも優しく抱きしめられた。
「待つのは慣れた、だからいい。いくらでも待ってやる」
嬉しそうに笑うレオンハルトに抱かれながら、私は汗で濡れた彼の背中にそっと手を伸ばし、抱きしめ返した。
読んで頂きましてありがとうございました。
この物語もあと数話の予定で、6/7に完結予定です。本日は2話更新予定です。
今しばらくお付き合いいただけると嬉しいです。
今日、明日、明後日で数話ずつ投稿します。
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