39.婚約解消
レオンハルトとの婚約解消については、静かにメイド達に伝わった。
おじい様とおばあ様には折を見てお話しするから、としばらく黙っておいてもらう事に。公爵様は忙しいから、しばらくはお会いできないとだけ伝えておいた。
レオンハルトは、王女の婚約が決まっている現時点でユリアンの事を私がまだ好きだと思ったから身を引いたのだろう。
ユリアンの事は好きだ。でも。今はなんとなく、レオンハルトと初めて出会ったパーティの前に思い描いていたような関係性をこれから思い描く事ができない。
だからと言って、レオンハルトと結婚するという想像も出来ないのだけど。
最初に婚約した時は、さっさと婚約解消してユリアンと一緒になりたいとあんなに願っていたのに、今はなんだか……すべてが無気力なように感じる。
仕事にも身が入らない。
書類を書く手が何度も止まりながらも、なんとなく仕事をしているような状態だった。
そんな時、コトリと目の前にティーカップが置かれた。エマだ。今はメイド服でメイドとして私の傍に居てくれている。エマはいつもの優しい微笑みをたたえたまま、私にお茶を淹れてくれた。
レオンハルトはこのままで良い、と言ってくれたけど、そうもいかないだろう。
私はエマに一言お茶のお礼を言うと、そのまま今後の事について話をしようとした。
「あなた達、公爵邸に戻って良いのよ」
「いいえ、私たちはセシリア様と共におりますわ」
「そう……気が変わったら、いつでも言ってね」
私がそう言うと、少し困ったように笑うエマ。
困らせてしまったな、と申し訳なく思うが、こんな男爵邸にいるより公爵家に居た方がずっと箔が付くに決まっている。私に気を遣わずに、有能な人は居るべき場所に居てほしい。……寂しいけど。
「ごめんなさい、ちょっと出てくるわ」
仕事にも集中できない。メイドにも気を遣わせる。男爵邸に居ると、息が詰まりそうだった。
外に出ようと部屋を出て廊下を歩き、家の門から外へ飛び出す。カーテン、絨毯、綺麗に修理された床や天井。すべてがレオンハルトの存在を感じて、この男爵邸に居たくはなかった。
悩んだ私が行きつくのは、やはりあそこだった。
***
「そうですか、婚約解消……いえ、王女様のご婚約の記事が出てから、少し気にはなっていたんです」
ユリアンが赤ん坊を抱きながら、私の話を聞いてくれた。
悩んだ時は子供たちの笑顔を見に行く事。それに、ユリアンに話を聞いてもらう事。そして、レオンハルトの置き土産で溢れた男爵邸から脱出する事。
今の私にはこの三つが大事だと思ったのだ。だから、またユリアンのいる教会へと足を運んでしまった。
ユリアンは私の顔を見るなり、何かに気が付いたような顔をした後、何も言わずにどうぞと穏やかな笑顔で招き入れてくれた。その優しさに甘えて、今私も子供達と遊びながらユリアンに話を聞いてもらっている。
今は大きな子達はお昼寝の時間で、起きてしまっている小さな乳児たちと一緒に遊んでいた。
ユリアンは私の表情を見ながら、穏やかな表情で居る。
すべてを見透かされそうな瞳に、少しの居心地の悪さを感じて、目の前に居る子どもに視線を落とした。ユリアンにこのような気持ちになるのは、初めての事だった。
「浮かない顔ですね」
「そう、ですね……あんなに婚約解消を望んでいたのに、いざそうなるとなんだか変な感じがして」
「変な感じ、ですか。それだけですか?」
「え?」
ユリアンの言葉に私は顔を上げた。
ユリアンは私の顔を見て、くすくすと笑った。何か笑うところでもあったのだろうか。
私が不思議そうにユリアンを見ていると、ユリアンは笑うのを止めて私を見た。
「公爵様もかなり素直じゃない方でしたけど、セシリア様もなかなかですね」
「え? 私が?」
「ふふ、よく似ていらっしゃるなと思いますよ、公爵様に」
「あんなわがまま男に? やめてくださいよ」
私が不機嫌そうにそう言うと、ユリアンはそんな私の様子を不思議そうに見た。
「気が付いていないのでしょうか」
「何に?」
私の言葉に、「あぁ、なるほど」と小さく呟いたかと思えば、子どもをそっとお布団の上におろし、お腹をとんとんと優しく叩き始める。
赤ん坊はそのままゆっくりと目を閉じて眠ってしまった。
赤ん坊が寝付くと、今度は私に視線を向けて、手を自分の胸に当てて静かに話した。
「セシリア様、よく胸に手を当てて考えてみてください。きっとすぐに答えが出ますよ」
「答え? なんのです?」
「それはご本人でお確かめを」
ユリアンは楽し気にそう言うと、今度は私が見ていた赤ん坊を抱っこして背中をとんとんと叩きだす。
ただただ静かで穏やかな時間が流れた。
私はユリアンに言われた通り、その間胸に手を当てて考えてみた。
これから、私はどうしたいのだろうか……。
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