38.期日
「ユリアン様!」
私はユリアンに駆け寄った。
どうしてユリアンがこんなところまで来たんだろう。
ユリアンはすぐに馬から降りて、私を見た。
「セシリア様、心配していたんです。すごい形相で帰られたので。公爵様の件だったのですね」
「えぇ、嫌な予感が的中したようでした」
私が苦笑しながらユリアンと話を交わしていると、ゆっくりとレオンハルトが後ろから近づいてくる。そして、少しかがんで私の耳元でこっそりと尋ねた。
「アイツと一緒に居たのか?」
「え? えぇ、そうですよ」
そう返答すると、レオンハルトはあからさまに不機嫌そうな顔をしてユリアンを見る。
ユリアンはそんなレオンハルトの様子に気にも留めず、そのまま話を続けた。
「季節外れの山火事か、何か事故でもと思って少し急いできたのですが、皆さんご無事なようですね。良かった。何か私にできることは、と思ったのですが、優秀なグランツ公爵家の騎士団の方々がいらっしゃれば大丈夫ですね」
「あぁ、そうだな。だから、さっさと子供達のところにでも戻れよ」
「ちょっと、そんな言い方!」
むくれっ面でそう言うレオンハルト。
私はそんなレオンハルトの態度を怒ろうとするが、ユリアンはレオンハルトの無礼な態度にも嫌な顔をせず、にこやかに笑い飛ばした。
「ははっ。えぇ、そうさせていただきます。セシリア様、気になさらないでください。では、失礼。何かあったら仰ってくださいね」
ユリアンは一礼すると、再び馬に乗り、この場から去っていく。
その後ろ姿が小さくなっていく中、私はレオンハルトを再び怒った。
「もう、心配して来てくださったんですよ。あんな言い方、それに酷い態度を取るなんて」
「なんでアイツと一緒に居たんだよ」
「新聞記事の件からきちんとお詫びをしていなかったので、様子を見に行ったんです。誰かさんが大事にするからじゃないですか! それに、断りなく急にたくさんの食器なんて贈ったらびっくりしますよ。ありがたいとは仰っていましたが」
こいつはもうあの大スキャンダルの新聞記事を忘れたのか。
はぁ、とため息をついていると、何やらしばらくレオンハルトが黙り込む。
今度はどうしたのやら、とレオンハルトを見つめていると、小さな声で呟くように私に尋ねた。
「お前はまだユリアンが好きなのか?」
「え? えぇ、まぁ……」
改めて聞かれると、少し戸惑ってしまう。
ユリアンの事は好きだ。本当に良い人で、素敵で、尊敬出来て、あたたかくて。
ゲームの時に最推しだっただけあって、やはり実際も素敵な人だった。
それがどうかしたのか、としばらくレオンハルトを見つめていると、ふっと力なく笑った。こんな風に笑うレオンハルトは初めて見たから、正直驚いている。
レオンハルトはそのまま話を続けた。
「王女が婚約した。すごいな、お前の言った通りだ」
レオンハルトが自嘲気味に笑う。
急に何を言い出すんだろう、と不思議そうに見つめていると、真剣な表情で私を見つめた。
そして、低い声で静かに問う。
「お前は、俺を選ぶか?」
風がさぁっと私たちの間を吹き抜けた。
レオンハルトの問いに固まってしまう。告白の答えも考えていなかった。しかし、王女が婚約解消をしたという事はそういう事。考えていなかったわけじゃない。むしろ、どうしたらいいのか、自分の中で答えが出ないままだったのだ。
それに、向き合う時が今来てしまった。
レオンハルトを選ぶ。つまり、レオンハルトと結婚をする。
そんな重大な人生の局面を今、この場で。
私は不意のこの質問に、どう答えたら良いか。どうしたら良いか分からぬまま、ただ時間だけが過ぎていく。しばらくすると、レオンハルトがふっと笑ってこの時間を強制的に終わらせた。
「いい、元々無理やりだったしな随分。悪かったな、色々振り回して。鉱山の事もメイド達の事も心配するな。お前は今まで通り生活していればいい」
少し寂しそうな赤い瞳を見つめる。
レオンハルトはそっと私の頬に手を添えて、静かな口調で言った。
「約束通り、婚約解消だ」
レオンハルトはゆっくりと私の頬から手を離す。
私はレオンハルトから目を離せないまま、ただ言われた言葉を受け止めていた。嫌だとも、良いとも言えない。どうしたらいいかわからない。
引き留めたところで自分がどうしたいのか、自分でも分かっていないのだ。
私から離れて騎士団の元へと歩いていくレオンハルトの後ろ姿をじっと見つめる。
しばらくすると、エマだけが私の元へと駆け寄ってくれた。
「セシリア様、どうかされました?」
エマが何度か呼びかける。
私はただ茫然としばらく立ち尽くしていた。
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