31.王女様
半日以上眠っていたようで、目を覚ますと既に夕方だった。
部屋がオレンジ色に染まっている。目を擦りながらゆっくりと体を起こすと、すぐ後ろから声が聞こえた。
「随分と眠っていたようね」
「ふぇ!? へ!? 王女様!?」
王女がベッドのすぐ傍の椅子に腰かけている。
せめてもの気遣いなのか、うちで一番良い椅子を私の部屋に持ってきたようだ。
ベッドから降り、挨拶をしようとする前に手で制される。そして、王女は立ち上がり、深く頭を下げた。
「この度はうちのバカが迷惑をかけてすまなかった」
急な謝罪に私はベッドから抜け出して、すぐに立ち上がった。
「か、顔をお上げください。殿下。あの件ですよね、事情は既に聞いておりますので」
「すまない……まさか、あんな事をやらかすとは。怪我は大丈夫か」
「はい、大した事ないのでお気になさらないでください」
いつも気の強そうで凛々しい目元の王女なのに、申し訳なさそうに眉を下げている。
わざわざ来て下さるなんて思ってもみなかった。どうしてこんなところに、といった表情をすぐに読み取った王女が私に説明をした。
「こっそりと様子を見に来たのよ。あのバカから話は聞いたわ。怖い思いをさせて、本当にごめんなさい。代わりと言ってはなんだけど、アイツの事は思い切り私が殴っておいたので」
「王女様が護衛殴るんですか!?」
「別に普通の事だけど」
「普通の事なんだ……」
王女の事を少し誤解していたようだ。
気が強くて、優秀で、厳かな方だと思っていたけど、結構やんちゃなところもあるみたい。そういえば、結構感情的なところもあったな。私の事を最初そんな女呼ばわりだってしていたし。
しかし、王女がわざわざこちらに来たほどという事は、やっぱり罰を与えられるおつもりなのだろうか。
「あの、護衛の方はどうなるんです……?」
おどおどと護衛の件についてお伺いすると、王女は面食らったような顔をした後に、ふっと笑った。
「気にするのはあのバカの処遇、か」
「あの……はい」
「こんな愚かな事をやらかす奴だから、この国に置いておけないわ」
いつもの王女の冷たくも凛とした口調に、護衛の処刑が決まってしまったのだと思った私は跪いて、王女に進言した。
「そんな……! 特に何もされておりませんし、内密にしておこうと思っていたのです。ですから、あの」
「ゴミはきちんと私が管理するよ。監視下に置いておかないと心配で嫁ぎに行けないから。お前がそんな事をする必要はないのに……立ち上がりなさい」
王女は私の手を取り、立ち上がらせた。
良かった、護衛の方は罰せられる事もなく、王女の傍に居られるらしい。冷たそうな印象を抱かせる養子とは裏腹に王女様は、結構情の厚い方だったんだな。
王女の話を聞いてほっと胸をなでおろした私は、安心感からか少しふらついてしまった。
王女が慌てて私を支え、二人でベッドにゆっくりと座る。
「すみません……」
「結局別れなかったのね」
「えっと……申し訳ございません、王女様」
どこまで護衛が話しているのか分からないから、なんとも言えない。
私はそう一言だけ言って、目を反らした。
「いや……私ももう取り返しのつかないところまできたから。もう抵抗は止めよ」
王女は淡々とそう言うと、ベッドの近くに置いてある新聞を私に見せた。
大きく王女の婚約について報道されている。にこやかに美しい笑顔で手を振る王女殿下の顔が、大きく一面になっていた。
私は新聞にさらりと目を通し、王女の顔を見た。
「王女様、あの……」
「気を遣うな。王族の女の役割なんてこんなものよ。覚悟はしていたし。敵国じゃないだけ、マシなものよ」
隣国の王子との結婚が決まったという報道。お祭り騒ぎの文面とは裏腹に、王女の顔は少し沈んでいた。そりゃあ、好きな男と結婚も出来ず、隣国に嫁ぐとなるとこんな顔にもなるだろう。
これから王女は幸せになるのに……。
曇った王女の顔を晴らせる事はできないか。ゲームとか前世の知識とか言わずに、と考えた私は一つの案をひらめく。
私は王女に顔をずいっと突き出して、自信満々に宣言した。
「王女様、実は私……占いが出来るのです」
「は?」
「王女様の未来が分かるのです」
王女様は何を言い出すんだ、といった顔をしているが、私の話にじっと耳を傾けた。
「まず、お相手の方の体型が少しふっくらされていたかもしれませんが、王女様のあまりの美しさに驚き、見合った男になろうと努力して美しい男性になります。お相手の男性は王女様の事を心の底から愛してくれます。国一番のおしどり夫婦となるのです」
王女は黙ったまま、じっと私の話を聞いている。
「王女様はとても幸せになります」
そう力強く断言すると、王女はきょとんとした顔をした後、思い切り吹き出して大きく笑った。王女が口を大きく開けて笑っていらっしゃるのを見るのは初めてだった。
「ふ……あはははは、占いか。面白いわね。たしかに前半は当たっていたわよ。あまり見た目の良い男ではなかった」
「きっと王女様の為に今頃頑張っていらっしゃいますよ」
「そうか、それはそれは……楽しみにしているわ」
笑いすぎて涙を流す王女は、細く長い人差し指で真珠のような涙をそっと拭った。
そして、新聞に出ていたような優しく美しい笑顔で私に微笑んだ。
「なんだか気が楽になった。ありがとう」
「いえ……」
優しくて、強くて、誰よりも美しい王女様。
誰よりも輝く星のようなこの方が、何故あんなわがままなレオンハルトなんて好きになったんだろう……。
私の疑問はついと口から飛び出てしまった。
「王女様は公爵様のどこがお好きだったんですか?」
つい出てしまった言葉に、私ははっと口に手を当てた。
読んで頂きましてありがとうございました。
本日は2話更新予定です。
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