30.急な告白
レオンハルトが帰宅した後、しばらく手の甲にキスを落とされたあの衝撃から椅子に座ったまま茫然としていた。そこに、メイドに声を掛けられハッとする。
気分が悪いか、医者を呼ぶか等散々気にされたが、大丈夫だと言って断った。
朝食の準備が出来たので、呼びに来てくれたそうだ。
ダイニングルームに着き、おじい様とおばあ様といつもの朝のようににこやかに挨拶を交わす。
朝食らしいお腹に優しい美味しそうなお料理がテーブルの上に並ぶも、昨日からあまり食べていないはずなのに、あまり食欲が湧かない。
スープを何度か口に運び、サラダをもそもそと食べていると、おばあ様とおじい様が心配そうに声を掛けた。
「どうかしたの? セシリア」
「調子でも悪いのか?」
心配そうに話す二人を見て、なんでもないと首を振ってにこやかに笑う。
うまく笑えている自信はない。案の定、二人の顔は晴れる事なく、心配そうに曇ったままだ。
「セシリア様、今日はゆっくりお休みになられた方が……」
メイドもそう後ろから声を掛けてくれた。
二人には誘拐の件は伏せるように話してあるので、やんわりとそう伝えてくれたみたいだ。ただの体調不良の時ではないような心配そうな顔に少し笑ってしまった。これでは、ずっとここに居たら勘付かれてしまうかもしれない。
私は最後に一口スープを口に入れ、口元を拭き、ナプキンをテーブルに置いて立ち上がった。
「そうね……うん。今日は部屋で休むことにするわ、ありがとう。ごめんなさい、残したものはお昼に食べるから。ちょっとゆっくりさせてもらうね」
部屋に戻ろうとすると、そこにおじい様が声をかけた。
「何かやっておこうか?」
「いいえ、おじい様。大丈夫、ありがとう。少し寝不足なだけだから」
私がそう言って、ダイニングルームを出ようとすると、おばあ様も私に声をかけた。
「セシリア……何か話したい事があったら、いつでも話してね」
「ありがとう、おばあ様。本当に大丈夫よ。ちょっと眠いだけだから」
最後に二人に微笑んで、ダイニングルームを出た。一人になった瞬間どっと疲れが出た気がする。
倒れこみそうになるのを堪えて、ふぅと息を吐き、なんとか自室に戻った。
自室に入るなり、ベッドにどさりと横になって、大きく深呼吸をする。
たった数時間で色々と起こりすぎて疲れてしまった。
ひどく疲れているし眠いのに、眠れない。
そんな時間を過ごしながらぼうっとベッドの上で横になっていると、コンコンと部屋がノックされた。返事をしたら、メイドが小さな小箱を持って入ってきた。
「セシリア様、失礼いたします」
私は体を起こし、メイドの方を見る。メイドはにこやかに微笑んで、ずいっと小箱をこちらへ見せた。
「気が昂って眠りにくいかと思って、香油をお持ちしました。お好みの香りはございますか?」
「わぁ~、良い香り! ありがとう」
小箱を開けると、良い香りがふわっと香った。
メイドは効能を説明しながら、香りをかがせてくれる。どれも良い香りだけど、一番馴染みのあるラベンダーの香りをお願いした。
メイドは早速小皿のようなものに香油を垂らし、小さな蝋燭で小皿を温める。ふんわりと部屋中にラベンダーの香りが充満していった。
良い香りに満足して、またどさりとベッドに横になる。なんだか気分が落ち着いてきた、このまま目を瞑っていたら眠れるかもしれない。
そのまま横になろうとしたところ、メイドは眠りやすい服へ、と寝間着を持ってきて着替えを手伝ってくれた。
着替える際に初めて自分の体を見たのだが、恐らく攫われた際にどこかぶつけたのだろう足や腕に小さな痣やお腹には痛々しい大きな痣があった。
メイドが小さく悲鳴をあげて、すぐに医者を呼ぶというのを制止した。お腹に関しては触ると多少痛いけど、特に大袈裟にする必要もないし、おじい様とおばあ様を心配させたくなかった。
見た目ほど大したことないから、と笑ってメイドの気持ちを落ち着かせようとすると、悔しそうな、それでいて悲しそうな顔をしながら、勢いよく深く深く私に頭を下げる。
「お守り出来ず、申し訳ございませんでした」
急な謝罪に驚き、顔を上げるように促した。
メイドは私以上に酷く辛そうな顔をしている。よく見ると、目の下に隈もあった。自分の事ばかり考えていたけど、私が誘拐されたと気が付いてからずっと眠れていなかったのだろう。
この人達もかなり疲れているのに、いつも通り仕事をさせてしまっていた。気が付かなかった。
「謝らないで。あなた達メイドなのに。そんな護衛みたいな事までさせられないわ」
「私を含め一部のメイドはグランツ公爵家の騎士団で軍事訓練を受けているのです。実は、私は公爵夫人の護衛も兼ねていたのに……」
「そうだったの!? すごいわね!? 女性で!? あと、私公爵夫人じゃないから。……あぁ、だからあなたがよく傍に居てくれたのね」
仕事はできるし、愛想は良いし、性格も良いメイド達。しかも私付けのメイドに至っては、護衛までできると……。
そんなハイスぺ集団だったなんて……。
適材適所という言葉がある通り、こんな優秀な人材は、グランツ公爵家やもっと居るべき場所があるし、うちに置いておくべきではないんじゃないだろうか。私は頭を抱えながら、大きくため息をついた。
「レオンハルトはどうしてそんな……ハイスペック過ぎるわよ、仕事に対して……」
「セシリア様の事をとても大事に思っておいでだからですよ」
メイドが優しげにそう微笑んだ。
その微笑みで、またあの時彼に言われた事を思い出す。
『お前の事が好きだから。俺を選んでほしくて頑張ったんだよ』
レオンハルトのあの言葉を思い出し、また顔が熱くなる。
顔を赤くした私を見て、メイドが楽しそうな目で私を見て小さく笑った。
「ふふ、何かありましたね」
「いや、えっと……」
私が誤魔化そうとすると、メイドが私の手を取りベッドの上に座らせた。
そして目線を合わせ、優しい声色でゆっくりと話す。
「セシリア様、男爵様方には疲労が溜まってそうなので、大袈裟かと思ったけどお医者様に疲労回復効果のある薬を処方してもらうことにしたとお話しておきます。なので、お医者様呼ばせていただいてよろしいですか? 念のため診ていただいて、塗り薬をいただいた方が治りが早いと思います」
優しい口調だが、はいという返事しか許さないような空気がある。
心配性なメイドに苦笑しながら、彼女の意に沿うように返事をした。
「じゃあ、お願いするわ。ありがとう」
私の返答に、優しく微笑んで、医者を呼びに行こうと急ぎ部屋を出ようとする。
部屋を出ようとするところを呼び止めて、声をかけた。
「あの……沢山心配をしてくれてありがとう。私が休んだら、休めていない人達に休むよう言ってね。きっと皆疲れているだろうから。色々と気を回してくれて、ありがとう」
私がそう言うと、メイドは立ち止まり、嬉しそうに微笑んだ。
「レオンハルト様が大事に思われているから私たちがこちらに伺いましたが、私達もセシリア様も御祖父様も御祖母様もお慕いしているのです。大切な方に尽くせて、私達も嬉しいのです。こちらこそ、ありがとうございます。すぐにお呼びしてきますね、お休みになられていても大丈夫ですから」
そう言って、たったったと足早に部屋を出て行った。
それにしても、護衛まで兼ねた優秀な女性のメイドだったなんて。
『お前まだわかんねぇのかよ』
『お前の事が好きだから。俺を選んでほしくて頑張ったんだよ』
頭の中であの時の真剣な表情と台詞が何度も頭の中で反芻された。
「本当に分かってなかったのか……私……」
次会う時、私はどんな顔をして会えば良いのだろうか……。
ラベンダーの香りと疲労は、私の考え事も引き連れて強引に眠りの世界に落としていく。
夢の中でレオンハルトが出てくる。両親も居る。あの大好きな花畑で、四人で楽しく過ごしている。きっと叶う事のない、そんな温かくて幸せで少し胸が苦しくなるような優しい夢を見させてくれた。
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