3.私の好きな人
「ふーん、見れる顔になったじゃないか」
「なんなのよ、あんた……」
馬車に寄りかかって私を待っていたレオンハルトは、私を見るなり開口一番そう宣う。
私はレオンハルトの命令を受けたメイド達に化粧をされ、髪型を整えられ、今まで身に着けたこともないようなドレスや靴を履かされていた。
「ほら、さっさと行くぞ」
私の引き攣った顔なんて全く気にしていない様子で手を差し出した。
顔だけ見ればいい男なんだ、この人は。しかし、もう朝から色々な衝撃で既に思考回路がショートしている私はもう無気力なまま何の感情も抱かずに、その手を取った。
そして、二人で馬車に乗り込む。
少しして馬車が動き出してから、私はレオンハルトに再度問いただした。
「なんなんですか、あれは」
「なんだよ」
「だから! 使用人の方をよこしてくださったり、屋敷の修理、料理、おじい様にお医者様を連れてきてくださったり、おばあ様にドレスを贈ってくださったり!」
「妻となる人の実家に援助するなんて当たり前のことだろ、何を言ってるんだよお前」
きょとん、とした顔で私を見つめるレオンハルト。
そうだ、この人は私の話している意図が汲み取れないんだった。私は、朝からバタバタとして疲れているのに、と大きくため息をついた。
「なんだよ、趣味が合わなかったのか? それなら別に買い直せば良いだろう」
「違います……はぁ、説明するのも疲れちゃうわ。していただいたことはとても感謝しております。趣味も……素敵な趣味だと思います、すべて本当に素敵でした」
「ふん、そうだろう」
レオンハルトが嬉しそうにふんっと鼻を鳴らしながら、腕を組んだ。
ゲームの中でもそうだったが、この人はなんでこうも自信家なのだろう……。
私は心が折れそうになりながらも、レオンハルトに食らいついた。
「ただ! そこまでしていただく関係性ではないじゃないですか。私はあなたにとっての女除け。王女様との婚約を回避する為だけのものでしょう? いつか断たれる関係性なのに、ここまでしていただくのも困りますし、我が家には返せるようなものは何一つありません」
「お前こそ何言っているんだ? 結婚するって言っただろ」
相変わらず話が通じない。だから女除けの為に結婚するって言っただけで、王女様の方が誰かと結婚するなりしたら婚約解消するんでしょ。
私が盛大にため息をついて、説明を続けようとすると、その前にレオンハルトが何やら考えながら話し出した。
「それに無理だと思うぞ、婚約解消」
「え、なんで」
「あの舞踏会でキスしたからな。あんだけ証人がいたら婚約破棄なんてよっぽどの事がないと無理だろう。お前傷物にされたんだし」
「は……? な、何それ! 聞いてないんですけど!!」
私は揺れる馬車の中で立ち上がり、レオンハルトの胸倉を掴んで詰め寄った。
レオンハルトは面倒くさそうに耳を小指でほじりながら、横柄に言葉を続ける。
「お前ががっついてローストビーフなんか喉に詰まらせるからだろ? 呼吸が止まってたから応急処置したんだよ」
レオンハルトが小指に着いた耳垢をふっと吹き飛ばす。
私はレオンハルトの言った言葉をゆっくりと嚙み砕いていった。
呼吸が止まっていたから応急処置? キズモノ? それって、つまり人工呼吸されてたってこと!?
「そ!! それは医療行為であって、キスじゃないでしょう!!」
「あぁそうだな。でも、国でお気楽に暮らしている貴族どもはそう思わないからな。良かったな結婚相手が俺みたいなイイ男で」
「良くない良くない全然良くない!! 私にはずっと好きな人が……」
私が涙目でそう主張すると、レオンハルトのふざけていた表情が急に真剣な眼差しとなり、胸倉を掴んでいた私の手首を掴み取って、馬車の壁に叩きつけた。
そのまま顔を近づけて、何やら恐ろしい表情で問いただされる。
「は? 誰だよ」
しまった。まだユリアンは司祭になっていなくて、私も今の居場所が掴めていない。おそらく、もうそろそろ最年少司祭として就任するはずだが、まだ出会ってもないのに誰とも言えない。
私はレオンハルトに掴まれた手を乱暴に振り払い、少し赤くなった手首を摩りながらレオンハルトを睨みつけた。
「あ、あんたの知らない人よ。とーっても素敵な人なんだから。だから、結婚とかキスとか困るの! 王女様のご婚約が済むまでならいいわ、付き合ってあげる。でも、その後は婚約解消させていただきますからね」
王女の婚約は決まっているはずだ。
元々国の問題児であるレオンハルトとの結婚なんて陛下が許さないし、元々他国の王子との婚約が水面下で進んでいる時期のはず。まぁ、だからこそ必死にレオンハルトに王女様がアプローチされていたんだろうけど。
つまり、それが終われば自由。私はユリアンとの恋愛ルートに踏み出せるという訳だ。
完璧なプラン。
迫る未来に期待を膨らませた。
「……そいつは、お前の事好きなのか?」
「は?」
レオンハルトがぶすっとした顔で私から目を背けながら話を続ける。
「だから! そいつはお前の事が好きなのかって聞いてんだよ」
「そ、それは……今のところ、私の片想いだけど……」
そう言うと、レオンハルトはニヤリと笑い、私に目線を戻した。
「ふん、だと思った。お前みたいなじゃじゃ馬と結婚してやろうなんていう優しい奴、俺くらいだからな」
「あんたがじゃじゃ馬にさせたんでしょ!! 私はね、もともと貧乏でも希望を失わずに領民の為に領地運営をしっかり頑張る素直で努力家で実直なちゃんとした貴族令嬢なの! 私の事を知ってくれたら絶対に好きになってくれます!!」
私がそう嚙みつくと、レオンハルトは涼しい顔で後ろ手に手を組みながら、からかうような調子で言う。
「大体、婚約者がいる状況の女を好きになるような男で本当にいいんですかねぇ」
「あんたがそんな状況にしたんでしょ!?」
そんな調子で目的地に着くまでの間、私達の喧嘩はとどまることを知らない。
ギャーギャーとうるさくし過ぎて、馬が戸惑いながら歩いていたそうで到着予定より少し遅く町へと降り立った。
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