28.遅れてきたヒーロー
レオンハルトは馬から飛び降りて荷馬車の前に立ち、剣を抜いた。
王女の護衛を恐ろしいほどの気迫と眼光で睨みつけるレオンハルト。
こういうのは4時間くらい前の本当に危機的状況だった時にやってくれたら格好がついたのに、とため息をつく。
そんな私の空気を察することなく、護衛を威嚇した。
「セシリア、大丈夫か! お前、一体何者……あ、王女の護衛の!!」
記憶力は良かったらしい。レオンハルトは自分で護衛の正体に気が付いたようだ。
私は、ほら空気も読まないでしょう? アイツ、といった顔で、レオンハルトを指差し護衛を見るも、護衛は苦笑いを返すだけだった。彼もまたこのトラブルを招いた本人なので、大きい顔は出来ないのだろう。
私は眠い頭を掻きむしりながら、面倒そうにレオンハルトに話をした。
「レオンハルト様、もう話はついてますので剣を収めてください。というか、なんでここにいるんです?」
「話……? メイドからお前の姿が無くて、窓が開いていたと連絡があってな。男爵邸から出ていた車輪の跡を追って来たら、ちょうどお前と出くわせたところだ」
「そうか……もうバレてたパターンか……」
すぐ帰れば大丈夫だと思ったのに。思わず手を顔で覆って天を仰いだ。
貧乏領地の為、道の舗装が甘かったのが敗因だったようだ。
たしかに見ると、道にくっきりと車輪の跡がある。これはでも……王国の護衛騎士としてはやっちゃいけないミスなような……。人攫いじゃない人間はこういう小細工は苦手なのだろうか。
このままこっそりと帰って何もなかった事にしたかったのに、なんだか一騒動となっているようだ。帰ってゆっくり休みたかったのに。私はがっくりと肩を落とした。
帰ってからのメイドやおじい様、おばあ様が大騒ぎする様子が目に浮かんで、気が遠くなる。とりあえず、今目の前で大騒ぎしているのから片付けよう。
私はそのまま落ち着いた口調で、荷馬車に乗ったままレオンハルトに話しかける。
このまま護衛に男爵邸まで送ってもらって、出来ればレオンハルトと一緒になるのは避けたかった。
「とにかく、私は無事ですので。今から帰りますから、公爵様もお帰り下さい。大事にしたくないんです」
「なんだよ、その態度は」
「眠いんですよ、それに疲れていて」
何故こんなに疲れているのに、この期に及んで疲労を隠して愛想よくお前に接しないといけないんだ。ぐっと口から出そうになる言葉を、なんとか飲み込んだ。
レオンハルトの何故かムッとしたような態度にイライラしながら、余計な火種を投下しないようにギリギリの精神力で耐え抜く。
しかし、もう本当に限界でレオンハルトに早く帰ってほしい私は、続けて彼がさっさと帰ってくれるように言葉を続けた。声はもう疲れ切って、掠れている。
「もう、愛しの婚約者のフリなんてしなくていいんですよ。目的も分かってますから。公爵様もお疲れでしょうし、帰って休んでください」
「なんだよ、目的って。何の話をしてるんだよ」
「鉱山の事です」
私がそう言うと、レオンハルトは目を見開いた。
この反応。やはり、王女の仰った通りなようだ。
「なんで、それを知ってるんだよ……」
急に勢いが弱まるレオンハルト。
私は淡々と彼に告げる。婚約解消の話だ。
「王女様から伺いました。鉱山を目当てにご婚約を望まれた事。そんな事しなくても、鉱山があると知っていたら資金援助を求めて採掘し、優先的にグランツ公爵領に卸す契約をしましたのに。今からでも……」
「は? 何言ってんだお前」
「は? 何がですか」
「別に鉱山を目当てに婚約なんてしてないぞ」
ケロッと答えるレオンハルトに、今度は私が目を見開いて彼を見つめた。
じゃあ、なんで婚約したの? 私と……。
「……は? そうなんですか? じゃあ、なんで?」
私がそう言うと、頭を搔きむしりながらそっぽを向いた。
いつもいらん事はよく言う口が、少し黙っているものだから気になって見つめてしまう。レオンハルトは、少し口を尖らせながら私に視線を戻した。
「なんで分からないんだよ、逆に」
「なんで分かると思うんですか、逆に」
「あーもう、めんどくせぇな。とにかく俺の馬に乗れよ」
「嫌ですよ、こっちの方がいいです」
「じゃあ……おい、お前。護衛。そこどけ。俺が荷馬車を引く。お前が馬に乗って帰れ」
レオンハルトは馬を親指で指差し、さっさと降りるように護衛に伝えた。
こいつ本当に失礼だな。疲れ切って我慢できなくなってきた私は、レオンハルトに怒鳴りながら彼を非難した。
「何言ってるんですか、ダメに決まってるでしょ!」
「だってお前が馬だと帰らねぇとか言うからじゃねぇか」
「あ・な・たと帰りたくないって言ってるんです!」
「それこそなんでだよ!」
「自分の胸に手を当ててよく考えてみなさいよ!!」
激しく口論を続ける私達の間に挟まれる護衛が、肩身が狭そうにどんどん小さくなっていく。
王女の護衛が遠慮がちにそう手を挙げて、小さな声で私達に割って入った。
「あ、あの……私、馬に乗って帰りますから……」
護衛が降り、馬をさっと付け替えて、護衛が座っていた場所にレオンハルトが腰を下ろした。じゃあ荷馬車の後ろで寝っ転がっていると主張すると、余計体痛くなるぞと忠告される。
そもそも一緒に居たくなくなるような今までの振る舞いを反省しろ、と私が続け、レオンハルトがまた反論した。
そういった小さな小競り合いをしながら、荷馬車は進んでいく。
「仲……良さそうだけどな」
ぽつりと呟いた護衛の一言は私達には届かなかった。
なぜなら荷馬車の馬がうんざりと頭を垂れる程、ずっと男爵邸に着くまで口喧嘩を繰り広げていたからである。
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