19.見えなかった思い
「良かったわねぇ、セシリア。久しぶりに公爵様にお会いできて」
「すごい勢いで来たんだぞ、セシリアから花を貰ったんだがって」
「いつの間に花なんて贈っていたの? 仲睦まじくて安心したわ」
「はは……」
昨日、レオンハルトと馬に相乗りして家に帰った途端これだ。
おじい様おばあ様をはじめ、メイド達もほわほわと嬉しそうな顔をしている。久しぶりに男爵邸が穏やかな空気に包まれている。
ずっと気を遣われているようなあの空気もしんどかったが、これはこれで鬱陶しいような気がする。……おじい様とおばあ様のこんな嬉しそうなお顔が見られたのは嬉しいけど。
私は早々に朝食を食べ終わると、ナプキンをテーブルに置き立ち上がった。
「今日、早めに出てくるね」
「あら、早速デート?」
「ううん、違うよ。ちょっと用があって。そんなに長くはかからないと思うから」
そう言ってダイニングルームを出て、自室に戻った。
用と言うのはユリアンだ。
流石にあの別れ方をした後に何も言っていないのは申し訳ない。大丈夫だったと、一言会って伝えておきたい。お詫びに何か少しお菓子でも持っていった方が良いか。
「それにしても、ユリアンかっこよかったなぁ……」
王女の前に立ちはだかり、私を守ろうとしてくれるユリアン。
しかも、穏やかでできるだけ穏便に済ませようとしながらも、私の事は守ってくれるといった頼もしい背中。本当に乙女ゲームの中の世界みたいだった。
レオンハルトなら相手が誰でも斬り伏せるのかな。ユリアンのような穏やかに対応するとは思えない。
やっぱりユリアンみたいに穏やかで優しい人の方が私自身も合ってると思うんだけどな、と思いながら簡単に仕度を終える。
そこにコンコンと部屋をノックされる音がした。
「セシリア様、お仕度を……あ、もう終わられていたんですね。すみません、遅くなってしまいました」
「ううん、元々自分でやっていたから。ありがとう、わざわざ来てくれて」
「何か他にご入用な物はございますか?」
「あ……焼き菓子って余りとかあるかな、うちでとれたお野菜でもいいんだけど」
「ございますが……」
「昨日ちょっとトラブルがあって、司祭様にご迷惑をおかけしてしまったの。お詫びに何かお持ちしようと思って。教会の子供達と分け合えるような」
「まぁ、そうだったのですね。すぐにご準備いたしますね」
メイドはにこりと笑ってそう言うと、さっと部屋から出て行った。
こうやって何かをお願いできるのも、レオンハルトのおかげなのだ。本当に早く金策を練らなければ。と言っても、本当に何も思いつかないのだけど。
しがないただの社畜だったOLの私が出来る事なんて、限られている。もっと、職人とか生きる事に直結するような事をしておけば良かったな。
髪を簡単に結び、姿見で何度かくるくると回って変なところがないか確認をしていると、その内メイドがやってきた。バスケットの中には沢山の焼き菓子や果物が入っているそうだ。
「ありがとう」
「私がお持ちしましょうか?」
「ううん、近くだし大丈夫よ。ありがとう」
そう言うと、メイドは私にバスケットを渡した。
私はバスケットを持って、ユリアンの居る教会へと急いだ。
***
私が教会へ行くと、ユリアンがちょうど教会で村の人々と話しているところだった。
やはりユリアンは人気なようだ。様々な人とにこやかに話している。
ようやく人が途切れた時に、私はユリアンに近づいた。
「ユリアン様」
「セシリア様! ……その、昨日は大丈夫でしたか?」
「はい、そのまま帰る事になってしまってすみません」
「いえいえ。あ……良ければあちらへどうぞ。もう皆さん仕事やお昼の準備でしばらく人が来ませんから」
そう言うと、ユリアンは外のベンチに案内してくれた。
木々が生い茂り、花がたくさん生えていて穏やかで美しい教会だ。ゲーム通りの背景に少し笑ってしまった。
ユリアンと二人で腰かける。日差しと土と草の良い匂いがした。
私は周囲をちらちらと見回し、ユリアンにこっそりと小さな声で話をする。
「実は昨日いらしたのって王女様だったんです。その……あの件で」
「あぁー……なるほど。大変でしたね」
「いえ、巻き込んでしまってすみませんでした」
「いえいえ、セシリア様がご無事で何よりですよ」
二人で交互に小さくお辞儀をする。
顔を上げた時に目を合わせて、ぷっと笑ってしまった。
「大変ですね、お約束を守るのも」
「本当ですよ。今、実は我が家は公爵様に大変援助をいただいていて。その、婚約者なので。一応。そのことをずっと申し訳なく思っていたんですけど、やっぱりこれは慰謝料としていただくことにいたします」
「はは、そうですね」
私が不満気に漏らした言葉に、ユリアンはくすくすと笑ってくれる。
ユリアンの笑顔を見ると最近のもやもやとした心のもやが晴れていく気がした。私はそのまま、ユリアンに悩みを打ち明ける。
「婚約解消した時の事を考えて、実は今色々と考えているんです。……その、金策を練ろうかと」
「金策、ですか」
「婚約解消となりましたら、おじい様のお薬やお医者様だったり、食生活も今と同じとは行かなくても前の水準よりは上げたくて。かと言って、税収を増やすことはしたくありませんから」
領地の税率は各々の領主が各自設定ができる。国に治める分を差し引いたものが、領地の税収となる。とはいえ、うちは山や花畑、農作物ばかり。目立った産業もなければ、山ばかりで人の暮らせる領地は結構小さいのだ。
それに、領民に負担をかけるなら、領主が身を削ってからという代々の教えもあり、何か新しく策を考えない限りは、このままになってしまうだろう。
私自身、税収を上げて自分が多少優雅に暮らそうとするのは居心地が悪いし。
はぁ、せめてこの乙女ゲームの世界が成り上がり系なら良かったのに。
貴族である攻略対象達との玉の輿ルートか、ユリアンとの平穏ルートばかりで、そういった事がなかったのだ。
「やはり、セシリア様の領地は素晴らしいですね」
「え、そうですか……? 何もありませんけど……」
「領民思いの領主様が治めているという事が、素晴らしいですよ。ヘイスティングスの領地のお話は今までいた場所でも良く聞きました。領民に親身になってくれる領主様だって。代々の領主様皆様よくお勤めになられていたのですね。セシリア様も」
「私?」
「セシリア様の事を慕っているお話もよく伺いますよ。とても良い方だって。セシリア様が治めていらっしゃる場所で暮らせて幸せだと仰っている領民の方のお話を伺いました」
「そう、ですか……」
ユリアンを通した領民の皆の厚意で胸が熱くなる。
子どもの頃から贅沢は言わなかったし、言えなかった。お父様が亡くなってから、おじい様と身を粉にして働いてきた自覚もあった。おじい様が病気がちになってしまった時は相談できる人が減ってしまって心細くて、でも自分が踏みとどまらなければとずっと気を張って頑張ってきた。
おじい様とおばあ様以外、誰もきっとそんな事知らないだろうと思っていたのに、そんな風に思ってもらえていたなんて。
いつの間にか、私の目からは熱い涙がぽろぽろと流れ出していた。
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