12.仮面
花畑、サンドイッチ、ピクニック、両親 。
花畑、サンドイッチ、ピクニック、両親 ……。
「これが一体なんだってのよ!」
ベッドからガバっと起き上がる。
レオンハルトに言われたこの謎の単語が気になって、何度も寝る前に反芻してしまい、よく眠れなかった。何を言いたいのか聞きたかったが、仕事をしているかもしれないのに聞きに行く事もしにくいし。
今日聞けば良いか、と思っていたら朝早くに出てしまったそうで、会う事すらできない。
着替えをいただき、朝食の用意が出来たとのことで、公爵夫人と朝食を二人で召し上がる事となった。寝不足だから頭もぼんやりするし、ちょっと眠い。でも、出てくるお料理は相変わらず美味しい。
欠伸を噛み殺しながら、ぼんやりと食事をしていると、公爵夫人が心配そうに私を見つめた。
「セシリアちゃん、やっぱりよく眠れなかったかしら」
「あ、いえ……」
「急だったものね、ごめんなさいね。配慮が足らなくて」
「いえ、色々とお気遣いいただいて大変ありがたかったです。ありがとうございました」
「そーお? ありがとう、そういう風に言ってくれて」
公爵夫人は申し訳なさそうに微笑んだ。
公爵夫人にこんな顔をさせているのも、それもこれもレオンハルトのせいだ。今度会ったら、絶対に文句言ってやる。レオンハルトの事を考えると、イライラしてアドレナリンが出てきたのか、食欲も出てきた。私は出していただいたお料理を全部平らげ、公爵夫人と少しの談笑をする。
そして、用意していただいた馬車に乗り、帰宅することになった。
レオンハルトはやっぱり帰ってこなかった。
少しもやもやするが、呼ばれていなくても来るなと言っても来るアイツの事だ。どうせ明日にでも会えるのだろう。
つい馬車に乗り込む前に、レオンハルトの部屋を見てしまう。それを見た公爵夫人が、また申し訳なさそうに微笑んだ。
「ごめんなさいね、せっかくお招きしたのにあの子ったら朝から居なくて……」
「いえ、きっとまた近いうちに会えますから」
「ふふ、そうね。これから家族になるものね」
「え? ……えぇ! そうですね」
……あぁ、そうだ。婚約するって事になっているんだった。
ぼんやりしすぎて、嘘をついている事をつい忘れそうだった。
「ごめんなさいね、あの性格だからセシリアちゃんには沢山迷惑をかけているでしょう」
公爵夫人は困ったように笑いながら、私に謝った。
私は本当にその通りなので、どう言おうか悩んだがやんわりと否定する。
「いえ、そんな……」
「遠慮しなくて良いのよ、母親の私が一番分かってるから」
ふふふ、と軽やかに笑う公爵夫人。どうやらお義母様にはすべてお見通しのようだ。
そのまま公爵夫人は話を続ける。
「成人して間もなく、16歳で戦争で夫……いえ、父親を亡くしてから、ああなのよ。多分あの強気な態度も、あぁやって色々な事を隠さないとつけ込んでくる人間が当時沢山いてね。その仮面をつけたまま、10年過ごしている内に素直になれなくなっちゃったと思うの」
「そう、だったんですか」
レオンハルトの父親が亡くなっていたことは知っていたが、細かな事までは知らなかった。
この世界では成人しているとはいっても、16歳なんてまだまだ子どもだ。そんな子どもが公爵家の当主としてやっていったり、戦争に行って指揮をとるのはどれほど大変だったんだろう。
私も14歳の時から領主としての仕事の手伝いをしていて、16歳からはほぼ私一人でやってきたけれど、領主としての仕事だけでも大変だった。それに戦争までなんて、レオンハルトは一体どんな気持ちで過ごしてきたんだろう。
自己中のナルシストで俺様なのは、自分をそうやって盛り立てていかないと、やっていけなかったからなのか……。ここにきて、レオンハルトの解像度が上がってしまった。正直、あまり知りたくなかったかもしれない。
「多分、沢山振り回してるんじゃないかしら。ごめんなさいね」
「いえ、そんな……私こそ慣れていなくて」
「でも、良かったわ。あの子が婚約するって言った相手がセシリアちゃんみたいな子で」
公爵夫人は先ほどまでの少し重そうな面持ちから、嬉しそうな表情に変わった。
「あの子、私が言うのもなんだけど、モテるでしょう? 見た目や爵位を目当てに近づいてくる子が本当に多かったの。でも、セシリアちゃんはそんな子じゃないし。本当に優しくて真面目で、私にまで気を沢山遣ってくれて、感謝しているわ。うちの子の婚約者になってくれて」
目を細めて微笑みながら私を見つめる公爵夫人の瞳が優し過ぎて、嘘をついているのが心苦しくなる。だから、言ったのに。傷つけることになるから嫌だったんだ。こんな良い人を悲しませるなんて、嫌だった。
純粋な公爵夫人の好意に触れて心苦しくなった私は、俯いて小さく抵抗するようにぽつりと呟く。
「……そんな。うちだって、貧乏男爵家の者です。公爵閣下にはとても見合わないし、閣下の御援助に助けられてばかりいて。私が結局、一番爵位やお金目当てに近づいているようなものです」
私がそう言うと、公爵夫人は目を丸くしてから、大笑いして私を見た。
「あはははは! 本当に目当てにしている人はね、そんな風に言わないのよ」
顔を上げると、公爵夫人は笑いすぎて涙が出たようで、指で目じりをそっと拭いながら言葉を続けた。
「セシリアちゃんが真面目で優しくて、人に頼れない不器用な子っていうのは少し一緒に居ただけで分かったわ。大好きよ、セシリアちゃん。あなたが公爵夫人になる日を心待ちにしているわ」
公爵夫人はそう言うと、私をぎゅっと抱きしめる。
お化粧と華やかな香水の香り。昔、お母様に抱きしめられた時の事を思い出した。お母様は香水は使ってなかったけど、おしろいのあの香り。
私は目を閉じて、公爵夫人の背中にそっと手を回した。
体を離すと、公爵夫人は微笑みながら私を馬車へと導く。
またいつでもいらしてね、という言葉に私は小さく会釈をして、馬車が出発した。
馬車に揺られながら、私は大きくため息をつく。
生きた心地がしない1泊2日だった。でも、知っておいた方が良いことも知ることができたと思う。
改めて、レオンハルトと話そう。きっと、明日にでもあの憎たらしい顔を見せに来るに違いないのだから。
そう思っていたのに、この日から2週間経ってもレオンハルトは私の前に姿を見せることがなかった。
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