13.ヒロイン
グランツ公爵家に行ってから早2週間。
レオンハルトの訪問があれから一切無い、贈り物や手紙も。
いつもの日常に戻っただけのはずなのに、なんだかそわそわと落ち着かない。いや、言いたい事が沢山あるのに急にこちらに顔を出さなくなったもやもやのせいだと思うが。……あれ、私何を言いたかったんだっけ。あまりにも会えないから忘れてしまった。
お医者様に診てもらってお薬があっていたようで元気になったおじい様。レオンハルトが来るからと仕事を代わってしていてくれていたのだが、しばらく手伝わなくて良いから、とことわり、いつものペースで仕事をしている。
なんとなく忙しくしていたかった。
急に訪問が途絶えたら、おじい様とおばあ様は心配するかと思いきや、「会えない時間が愛を育てるのよ」と何やらニヤニヤしている。恋人ってそういうものなのだろうか……いやいや、私たちは恋人の”フリ”をしているだけだから、関係ないんだけど。
「……終わっちゃった」
仕事が終わってしまった。
これから何をしようか。そうだ、レオンハルトと婚約解消した後の金策だ。せめて、おじい様のお医者と今のものとは行かずとも、前のような食生活ではないようにしないと。
でも、一体何をしたら良いだろうか。
私が立ちあがって、部屋の書籍を手当たり次第に抱え始めると、ちょうどお茶のおかわりを持ってきてくれたメイドがおずおずと私に話しかけた。
「セシリア様。差し出がましい提案で恐縮ですが、たまにはお休みになられたらどうでしょうか?」
「休み……?」
「その、ずっとお仕事をされておりますので……」
メイドが気まずそうにそう話した。
レオンハルトが来なくなってから、私はずっと執務机に向かっていた。今までの生活と何ら変わらないし、メイド達が家の事をしてくれる分むしろかなり楽なのだが、公爵家からきたメイドの目から見ればずっと執務机に座りっぱなしであれこれやっている私の姿は少し異様だったのだろう。
メイドから見たら、レオンハルトが来なくなって何かあったとか、気を紛らわせるために仕事をしているようにも見えたのだろうか。
……別にそんなんじゃないんだけど。
まぁでも、たしかに疲れたし、メイドの顔を立てるのにも助言に従うか。
私は抱えていた本を元の場所に戻しながら、メイドに微笑みかける。
「そうね、たまには少し外にでも出てみようかしら」
「お仕度の準備をしますね」
私の言葉にぱぁっと顔を明るくしたメイドはあくせくと服を選び始めた。
マダムベルのオーダードレスはまだ届いていないけど、すぐに着られるような上質なワンピースやデイドレスをプレゼントされているのだ。
ドレスを見ながら、今何しているんだろうなぁアイツ……とぼんやりと考えてしまう。
「こちらなんてどうでしょう?」
「……」
「セシリア様?」
「あ、うん……ごめんなさい。すごく素敵よ、そのドレス。ありがとう」
メイドは嬉しそうに、髪も綺麗にセットしましょうね、と笑った。
レオンハルトと婚約解消したら、このメイドとも別れなければならないのか。寂しいな、と思いながら取り繕った笑顔のまま髪を梳かされた。
***
街に来たは良いものの、特にすることはないのだ。
私は近くに会ったベンチに座りながら、ぼんやりと街の様子を眺める。これからどうしましょうかね、と考え込んでいると、雑踏の中から銀色の髪をさらりとなびかせながら歩いているあの人を見つけた。
思わず、その人物の名前を叫んだ。
「ユリアン!?」
「あ……セシリア様、こんにちは」
ユリアンは私の声で気が付き、こちらに向かって愛想の良い笑顔を浮かべながら、小走りでやってきた。
そして、私の前で立ち止まり、会釈をする。腕には何やらたくさんモノが入った紙袋を抱えていた。
「すごい荷物ですね、どうかされたんですか?」
「カルムに異動してきたんですが、色々と入用で。こちらで必要なものを購入していたら、こんなことに」
「あぁ、もうカルムに来られたんですね。お疲れ様です」
そうか、もうカルムに来たのか。
という事は、もしかして今日がユリアンと街で出会う初めてのあのゲームイベントの日と重なったという事なのだろうか。心の中で私にお出かけを提案してくれたメイドに感謝した。
ユリアンルート最初の一歩をようやく踏み出せる……!
私が内心感動で震えていると、ユリアンは少し申し訳無さそうな顔で私を見て謝る。
「先日はお二人のお時間をお邪魔してすみませんでした。あの後、公爵様は大丈夫でしたか?」
ユリアンにあの男の話題をされ、冷や水を浴びせられたかのようにスッと現実に戻る。
……あぁ、そうだ。あのバカが邪魔してたんだった、忘れてた。
私はユリアンの言葉でレオンハルトの顔を思い出した私は、少しイラっとしながらもヒロインらしい自然な笑顔をユリアンに向ける。
「はい。こちらこそ、不愉快な態度を取っていたでしょう。申し訳ございませんでした」
「愛しい婚約者様とのお時間を邪魔されたのなら、あぁなってしまうのもわかります。クッキーや果物、子ども達もとても喜んでいました。素敵なものをプレゼントしていただき、ありがとうございます」
ユリアンは胸に手を当て、丁寧にお辞儀をする。顔を上げた時の飾り気のない可愛らしい笑顔に心臓を掴まれた。
心なしか背景まであのゲームの様にキラキラとして見える。
私が悶えている中、ユリアンはきょろきょろと辺りを見回した後に、私に尋ねた。
「今日は公爵様はいらっしゃらないのですね」
「あぁ、そうですね……2週間くらいもう会っていなくて」
「え!? まさか、私がお邪魔したから……」
「違います違います! 元々気分屋なので。本当に気にしないでください。むしろ、顔を見なくて良くなって清々しています」
私がそう言うと、ユリアンはくすくすと笑いだした。
ユリアンの近くはやはり落ち着くな。レオンハルトとは大違い。
やっぱり、私はユリアンが良い。
私は意を決して、ユリアンにある提案をしてみた。
「あの、良ければお手伝いしましょうか? 仕事漬けでたまには休んで来いと街に送り出されたものの、暇なんです」
「でも、お休み中なのに……それに、公爵様が良い顔をされないのでは?」
「いいえ、そんな事ありません。私もあまり詳しくはありませんが、ユリアン様よりはこの街の事もわかりますし。いかがでしょう? 私の気分転換に」
「……では、お願いしてもよろしいでしょうか?」
ユリアンは少し考えた様子を見せながら、私の提案を快諾してくれた。
私はこっそりとガッツポーズを取る。
よし、これからユリアンルートへ軌道修正するべく、頑張ろう。
あんな俺様公爵のことなんて、もう知らないんだから。
私は立ち上がって、ゲームの中のヒロイン『セシリア・ヘイスティングス』のように、無邪気な笑顔でユリアンの手を引いて、街へと繰り出した。
読んで頂きましてありがとうございました。
良ければリアクションやブクマ、評価、感想をいただけるととっても嬉しいです!励みになります!




