王城は守られた
アルバートの執務室は、足の踏み場もないほどの散らかりようだった。
各所から次々にあがる報告書をもとに、アルバートと次兄レオンが地図に被害状況ごとに印をつけ、人員と物資の手配を指示していた。
父王は祝いに訪れている王侯貴族の対応に出ずっぱり。
身なりを整えたレイが顔をだした。
「ちょっといいかな」
「無理と言っても、先に聞くべき話だね」
人払いしてイーデンの仕業だと説明し、ノルフロイドの国王に会ってくるとレイは執務室を出た。
ノルフロイドの国王のいる客室が騒がしい。
レイが扉の前に立つ衛兵に聞くと、ノルフロイド国王が今すぐ帰ると騒ぎ立てているのを、父王がなだめているそうだ。
「陛下、私からもお話しさせてください」
城内への被害はないが、消火された今も城外は酷い有様で、国外に出る街道も、救援物資を運ぶ荷馬車が優先だと、丁寧に説明した。
同じことを言われても、城外から来たレイの言葉は説得力が違ったのだろう。やっと落ち着いてくれた。
後は任せてとレイは、父王を部屋の外へ出した。
「あなたは何かにおびえている? 一刻も早く逃げ出したいのかな」
国王が退室すると、レイは先ほどとは言葉遣いを変え、他国の王への気遣いは不要という態度になった。
「何を言っている? もう戴冠式はできないだろう。ここに居る意味がない」
「昨夜遅く、あなたの元へイーデンから手紙が届いたらしいな。見せて」
そんなものはないと言っても、見るまで部屋から出さないつもりだろう。仕方なく懐から手紙を出した。
『黒い粉をまいた、もうどこにも逃げ場はない。剣などなくても一国くらい容易く落とせるところを、死ぬ前に見届けるがいい』
表面が粗くざらざらして、黄みがかった紙。
これはイーデンの字だとハリーが確認した。
「私は実際に爆発するところを見たことがない。もっと早くに見せてくれさえすれば、採用してやったのに」
「どうせ話もろくに聞かなかったんだろう。採用されても困るけどな」
ハリーが吐き捨てるように言った。
ノルフロイドは小国と言っても特別貧しいわけでもなかったはずだ。戦争を仕掛けるから金がないだけ。なぜそんなに領土を増やすことにこだわるのだろう。
富んだ国にはわからないことだ。飢饉のたびに他国に頼るしかなかったのが、口惜しく恥だったと国王は言う。
聞いたハリーは、ノルフロイドの気持ちは痛いほどわかる。かつての自分も同じだったから。
多少の犠牲は出して、富める国にしたい。
騎士団長イーデンがこれ以上騎士の血を流したくないと言っても、個人の意見など聞く気はなかった。
将来のためとか、騎士を守りたいとかいうが、結局は他から奪うことしか考えていない。
フェリシティを巻き込まないでほしい。次の標的は王城だ。好き放題にはさせない。
「命が惜しければ、呼びに来るまでこの部屋から出るな」
それだけ言い残し、レイはまた兄の執務室へ戻った。
城内にいる王侯貴族、城で働く者は隠し通路から城外へ出された。アレス国王一家もノアール国リリア夫婦もいたが、声は掛けずに見送った。
「護衛達から離れないように。おじい様やおばあ様と一緒にいるんだよ」
グレースと手をつないでいた双子の前に膝をつき、レイは後で迎えに行くよと伝えた。
「イーデン様は悪い人ではないのよ」
アナはフローレスに近づかないよう、言われたのだろう。
「なぜそう思うの?」
「結婚はしていないけど、お父様と同じくらいの息子さんがいたそうなの。戦争で死んでしまって、もう若い騎士さんを戦争に行かせないために、頑張っていると前に聞いたわ」
「そうか。さあもう行きなさい」
双子が手を振って隠し通路へ入って行った。
特に若い騎士に目をかけ、戦争に出さないよう国王に直談判に行った理由はわかった。
だが、他国への侵略を止めたわけではない。身内が可愛いだけでは許されない。
あちこちの国を巻き込んで、そんな奴許せるわけがない。とっ捕まえてやる。
どこから入るか、城門を眺めていた。城の周りは騎士や警備隊に囲まれている。
「もしや、イーデン殿ではないか?」
見回りをしていたサイラスがイーデンに声をかけた。
「久しいな。元気だったか」
しばらく立ち話につきあってやった。
「そうか、アグネス嬢のおじい様だったか。なら不審人物ではないな」
イーデンは門をくぐった。
城内に入ると閑散としていたが、二階から上にはまだ騎士たちがいた。「殿下をお守りするぞ」と聞こえたので、第二王子が残っているんだろう。生憎、上には用はない。
メイドがひとり階段を降りていくのが見えた。後を追い下働き用の裏通路に入ると、厨房を探した。
誰もいない、作りかけの鍋の中身はすっかり冷めていた。
厨房奥にある食糧庫を見つけるが、やめておいた。粉に引火したらものすごい爆発が起こる。
以前、粉ひき小屋に火がついて村中大騒ぎになった時、アグネスがものすごく怖がっていたのを思い出す。
あれは優しい子だ、もし爺が粉と一緒に死んだと知ったら悲しむかもしれない。
酒蔵にしよう。
最後に旨い酒を浴びるのもいいだろう。それなら爺らしいと言いそうだ。
薄暗く、ひんやりした酒蔵へ入る。酒瓶の入った木箱が積み上げられていた。城を破壊しただけでも十分効果はある。
黒い粉の入った瓶を取り出した。
「待てよ。爺さん」
声と同時にハリーはイーデンの目の前に剣を突き付けていた。
「遅いぞ」
木箱の後ろに隠れていたレイもヴィンを伴い近づいてくる。
「お前さんほど賢く、お優しい王がいたら俺は今でも騎士団にいたことだろうよ」
「断る。殺人鬼はいらない」
そうだな。よその国まで来て、大勢傷つけ、殺した。部下を守るだけのはずが、もう戻れないところまで来てしまっていた。
「ノルフロイドの国王なら引き渡してやってもいい。自国のことは自分たちでどうにかしろ。他国を巻き込むな」
「お前たちに恨みはないが、一緒に焼け死んでくれ」
イーデンが瓶を高く持ち上げて見せた。
「爺ちゃんやめてよ。一緒に家に帰ろう!」
酒蔵の入口にメイド服を着たアグネスが立っていた。
「アグネス、逃げろ!」
イーデンは瓶をもったまま叫ぶ。
何かを括りつけた矢が何本も飛んでくる。
ヒュンヒュンと風を切る音がする。
天井からは大量の水が落とされた。
いくつもの袋を投げつけられた。
酒蔵は足首まで水が溜まっていた。その場にいた全員が頭からびしょ濡れ、雫がしたたり落ちる。
粉が空気に触れる前に水がかけられ、爆発には至らなかった。
「エリオット、さすがだね」
矢を放ったのはエリオット。矢は瓶を狙い、レイが括りつけられた水の入った袋を斬った。天井裏に潜ませたセオと鳩たちは水の入ったバケツをひっくり返し、あとは皆で水の入った袋を投げつけた。
「イーデンならひとりで来ると思ったよ。複数人だったら本当に皆で爆死だった」
イーデンがどちらの部屋に入るかは賭けだったが、当たりを引いた。
「小麦粉は全て配給してしまったし、酒はすべて移動させたよ」
小麦粉の袋の中身は水に浸した木綿の生地。酒瓶の中身は全て水に入れ替えられていた。
すべてお見通し、最短で地下に来るように誘導されていた。
後日の談。
最初に聞いたときはそんな子ども騙しみたいな作戦、やめとけと思った。
姐さん、実はやけくそかと思ったらマジで天才だったな。
白い魔女は水の魔法も使えるんだね。
酒を全部捨てろと言われたが、ベネノン騎士が総出で守り抜きました! 一番高くて旨い酒を褒美にください!
気休めに燃えづらい生地の服を皆に着せたし、生け捕りにする方法が他に思いつかなかったとレイは言ったが、疑惑の目を向けられる。
半分面白がっていただろうと言われ、全力で否定した。




