師弟
日付が変わる頃になって、ようやくレイとブリジットたちは腰を下ろすことができた。
水をがぶ飲みした。
「レイ、行っていいわよ」
ありがとうとブリジットに言うとレイはヴィンの部屋へ急いだ。
部屋にはハリーとフローレス、アグネスがレイを待っていた。
ヴィンの意識はまだ戻らないが、顔色はいい。脈も落ち着いている。
「ふっーー」
極度の緊張から解放され、深く息を吐いた。
レイが報告を聞きたいと椅子に座った。
フローレンスが蜂蜜入りのお湯をレイに渡した。
「アグネス、話して」
アグネスがうなずく。
最初は家の裏庭で小さなパンという音だった。何かなと様子を見に行くと、花壇が壊れ、あたりが焦げたように黒くなっていた。
爺ちゃんがとても嬉しそうに「成功だ」と笑っていた。
それからは、草むらや森の奥で爆発の跡を見かけた。巻き込まれ、倒れた動物も見た。
怖かった。爺ちゃんにどうしてそんなことをするのか聞いても答えてくれない。誰にも言わないように約束させられた。
爺ちゃんがよその国へ行った隙に、ハリーを頼ってクロークへ行ったが、黒い粉の事を話してしまいそうになり、誰とも話さなくなった。もともと話すのは得意ではない。
「お前、それは言えよ」
「ハリーはすぐに怒るから、話したくない」
ハリーが頭を抱える。
「イーデンがなぜ騎士団を辞めたか知っているか?」
「国王と対立したからと聞いている。騎士を使い捨てにすると嘆いていたな」
「アグネス、家に怪しい者が訪ねて来たことは?」
「外国の人。アガサスの人がよく来ていた」
「男か女か?」
「黒いフード付きのマントでわからないけど、たぶん女。いい匂いがしたから」
「サンドラだな」
ハリーの放った諜報員鳩から、黒い粉の製造方法を記した紙はノルフロイドの紙で間違いがないと報告があった。
黒幕はイーデンだろう。
「姐さんはここにいて。イーデンは俺が追う」
「危険すぎる。ヴィンをここまで追い詰めたんだ。君にまで何かあったらと思うと……」
「居場所だけでも探る。引き際はわかるさ」
くれぐれも気を付けてと、ハリーに念押しして見送った。
ハリーは鳩と共にイーデンの足取りを追った。
そう遠くへは行っていないはず。これで終わりだとも思えない。
狙いはどこだ。イーデンは何がしたい?
イーデンは争いを好むような男ではなかったはずだ。若い騎士たちを息子のように可愛がり、異国の騎士団に入り込んだ自分にも厳しく世話を焼いてくれた。
「生き延びるためだ、これくらいこなせ」と叱咤され、クロークへ戻るまでしごかれた。
アグネスのことは可愛がっていたと思う。「女の扱いは慣れているが、女の子はわからない」と言っていた。子がいないので育て方がわからない、野放しだと苦笑いしていた。
レイの屋敷に入ったが、黒い粉を使わなかったのはアグネスがいたからだろう。
誰かに復讐でもしたいのか。
もし復讐を考えているなら、相手がフェリシティ国ともレイとも思えない。
ハリーが追っているに違いない。
王都の焼け残った宿屋の一室にイーデンは身を潜めていた。
どこに隠れようが鳩に見つかる。鳩なんて随分と穏やかな名をつけているが、あれは獰猛な猛禽類だ。情報を拾い集め、確実に狙った獲物を追い詰めてくる。
あれで弱小国とは笑わせる。
頭の悪い者が上にいると困るのは民だ。ハリーが国王になればまだましにはなるだろう。それにあの男がついている。
あれは本当に不思議な男だ。頭が切れるし、剣の腕も確か。
容赦なく人を切捨てるのかと思えば、相手に悟られないように手助けをしている。
自由気ままに動いているかと思えば、いつの間にかあちこちの国が友好国になり、本当にこの先戦などなくなるのではないかと期待させる。
レイモンド・ウィステリア。
隙だらけに見えて、気づくとこちらを見ている。
青紫の瞳ですべてを見透かされそうな、正直敵に回したくない。
「でも悪いな。ここが火の海になれば、もう本当に戦のない世界になる」
ノルフロイドも弱小国。国王は領地を広げることに執着した。広大な土地、資源さえあれば大国にも負けないと信じて疑わない。
次こそは勝利して来いと若い騎士たちを戦場に送り込む。まだ修練も十分でない彼らは使い捨ての駒のように使われた。
若い騎士を戦場に送らなくても勝利できるものはないか……。
遠征先でそれを見つけた。土砂崩れで道を塞いでいた大岩を砕くのを見た時は歓喜した。
帰国後、国王に報告したが反応は冷たかった。岩を砕く程度のもので国が落とせるものか、血を流してでも勝利して来いという。
騎士団を辞め、同志を探した。
まだ王女だったサンドラがおかしな体質だとすぐにわかった。思った通り、黒い粉に興味を示した。悪いことを考えている奴はすぐにわかる。
ベネノンで痛みを感じさせない薬の噂を聞き、秘薬も手に入れた。
製造には金がかかる。取引材料に秘薬を渡し、黒い粉を製造させようとしたが、サンドラは自国では作りたくないと勝手にベネノンの王妃に依頼した。
サンドラは、片端から戦争を仕掛けていたカステルを狙っていた。
共倒れになればいいと思っていたが、レイモンドによってカステルもアガサスも力を削がれ、友好国になった。
もしそのレイモンドのいる国が落ちることになれば、黒い粉を無視できるものはいない。
持っているだけで抑止力になる。恨みはないが、各国の王侯貴族が集まるこの日を利用した。
「もう見つけたか」
鳩が宿屋の入口を見張っていた。
「ヴィン、起きてよ。君がいないと僕は食事もできないよ」
返事はない。
フローレンスは自分が看病をすると言ったが、部屋で休むように言い聞かせた。明け方から働き通しは皆同じ。
疲れたし、寒いし、すごく眠い。ちょっと失礼とレイはヴィンの布団に潜り込んだ。
真っ暗な部屋で目が覚めると、体の上に何かが乗っている。シルバーか。邪魔だぞと退かそうとするが、シルバーにしてはやけに大きい。
――違う、レイだ。
なぜこいつは俺に抱き着いて寝ている?
そうだ。イーデンを追おうとして……と思い出した。
「おい、起きろ」
起きない。髪はぼさぼさ、よく見れば顔も手も服も汚れたまま。
「頑張ったな」
布団からそっと抜け出そうとすると、寒いとレイがヴィンにしがみつく。
「……もう少し」
それだけ言うと、また寝息を立て始めた。
夜が明ける前にハリーが戻って来た。
ヴィンばっかりずるいとハリーも布団に潜り込んだ。
王城が落ち着いて、やっとレイの様子を見にやって来たエリオットが呆れている。
自室にいないレイを探し回り、やつと見つけたと思ったら三人で寝ていた。
「兄殿下たちが見たら泣くな」
「大丈夫。もう兄上たちに卒業宣言してるから」
エリオットは不眠不休で情報を集めている兄たちに、レイに顔を出すよう伝えてくれと頼まれてきた。
何も挟んでいないパンを食べながら、今後の事を話し合った。
三日後にはウィステリア領から食料と薬草が届く。それまでは避難民にもパンと具の少ないスープで辛抱してもらう。
イーデンがまだ王都にいること。
鳩たちが数人のノルフロイドの元騎士を捕えこと。
「イーデンの目的がわからない。ノルフロイドの国王が何か知っているかもしれないな」
「昨夜からセオに見張らせてる」
ハリーは、モリーナと一緒にアレス国王の元にいたセオに声をかけていた。
双子にはミアとトーマスがついている。レイ最大の弱点にイーデンを近寄らせないよう伝えてあるし、ついでにサイラスにもイーデンを見かけたら知らせるように言い付けた。
「君ってすごい優秀だよね。さすがクロークのお世継ぎだ」
「終わったら休暇ほしい。みんなで温泉村行きたい」
「もちろん」
レイもうなずいた。




