矜持
王宮内にあるレイの私室の長椅子で、また三人が並んで寝ていた。
エリオットがレイをゆり起こした。
「準備してくれ。もうじき始まるぞ」
華やかな戴冠式はできないが、王太子アルバートが、新たな王となった。
黒い粉の犠牲になった者への追悼から始まり、残った王侯貴族が見守る中、王冠がアルバートに渡された。
レイはすぐそばで兄をずっと見ていた。
幼い頃から物知りで、慎重で、虚勢も張らない。人の機微に聡く、聡明。
これほどできた人がいるだろうか。生涯支えたい、力になれるなら何も惜しまないと誓う。
レイの隣に座る次兄レオンも同じ気持ちなのだろう、ふたりは顔を見合わせ微笑んだ。
「僕は打ち上げ花火が見たいだけなのに、なぜ邪魔が入るんだろう」
せっかく時間をかけて準備したのに残念だったとレイがこぼす。
せっかくだから活用して欲しいと、アレス国に土産代わりに渡すと、人手はいくらあってもいいだろうと、大工や職人を寄越してくれた。
隠し通路から出るとすぐに帰国したリリア夫婦からは、干し肉が。皆のお腹を満たしてくれた。
他国からも支援やお見舞いと称して次々と物資が届いた。
「これはレイが国と国をつないでくれた証だ。ありがとう」
新王アルバートに言われてとても誇らしい。
良いことばかりではない。
ノルフロイド国からイーデンを引き渡せと騎士団がやって来た。父とも慕う元騎士団長を捕えるのは嫌なのだろう、皆表情は暗い。
「アグネス、イーデンはやりすぎた。わかるね」
引き渡せば即始末されるだろう。それはフェリシティ国でも同じこと。ただ遺骨が遺族の手に渡るか、渡らずに捨てられるかの違いはある。
「僕は白い魔女だ。君に白い粉をあげる」
イーデンは引き渡されず、フェリシティー国で罰を受けた。
アグネスは小さな壺を抱きしめて泣いた。
爺と過ごした家の裏庭にある、名もない墓に一緒に埋めたいと、ノルフロイドへ発った。
「行かせて良いの?」
「お袋が必ず戻るよう言い聞かせていたから、帰ってくるだろう」
義理といっても妹は可愛いなとヴィンが言う。
「そのうちしびれを切らしたサイラスが、迎えに行くんじゃないかな」
話を聞いたサイラスは、骨壺に向かって俺がアグネス嬢を守ると誓っていた。
「さて、仕事が山積みだ。とりかかろう」
レイは救護所の患者を診て回った。経過はいい、仮設の家ができればすぐに移せる。いつまでも屋敷の提供はできない。
街の復興は兄たちが采配している。さすが仕事が早い。今まで以上に住みやすい街になりそうだ。
父と母は引退してのんびりと過ごすはずが、兄たちが忙しすぎて回らない通常業務に駆り出されていた。終わったら温泉村に連れて行こう。できるときに親孝行しなければ。
「俺たちの慰労温泉旅行は?」
「今、してるでしょ」
ハリーの足は木桶に入っている。
「レイちゃん特製ブレンド精油入りだよ。文句ないよね」
今ここを離れるわけにはいかない。木桶足湯で我慢。
「ところで、なんで彼女がいるの?」
レイの執務室の隅で存在感を消せない、真っ赤な髪のイザベル嬢が何やら書かされていた。
「うちだって数代前は貧しい国だったんだ。今富める国なんて言われているけど、苦労してやっとここまでになった」
「だから?」
「大人気作家のイザベル嬢に歴史ものを書いてもらってる。本にしたらノルフロイドでも販売だ。あの馬鹿王も読むがいいさ」
ハリー王子にはサイン本差し上げますと、イザベルが勝手に約束をしている。
フェリシティ国の領土もそう広くはない。大飢饉だってあった。
他国の王侯貴族が訪れると最初に驚かれるのはまず王城。他国と比べたら小さく、煌びやかでもない。
見栄に金を遣わず、冷害や害虫に強い作物の品種改良や治水に金をかけた。そうやってフェリシティ国は生き残った。
レイの治めるウィステリア領が後回しになったが、今では観光や特産品を生み出し、路上で寒い思いをする者はいない。
ドラマチックに、事実を交え、真似したくなるくらいに書き上げるよう、イザベルに依頼した。
「レイ、少しいいかしら」
ブリジットに呼ばれ救護所に行くと、屋敷に被害のなかった貴族たちが、避難民の受け入れをしたいと集まっていた。
レオン様やレイモンド様だけに押し付けるわけにはいかない。貴族として役割を果たしたいと準備を整え、避難民を迎えに来たという。
普段はレイの行動に眉を顰める貴族もいたが、民を思う気持ちは同じだ。受け入れ先で今よりは暖かな部屋と食事の量も増えるだろう。
診療の必要な者以外すべて移動し、屋敷はがらんとしてしまった。
「うちの者たちも、やっと休ませることができるな」
あの朝から屋敷中の者が働き通しだった。不満も漏らさず、耐え抜いてくれたことへの感謝の気持ちしかない。
「それはあなたもよ」
「ブリジットもね」
久々に双子の部屋へ行こう。
「ルー、アナ今夜は一緒に休もう」
レイは子供部屋にお菓子の箱を広げた。疲れた時は双子の笑顔と甘いものが一番。
「お父様。お食事も済んでいるのに、寝る前のお菓子はいけません」
ルーに言われてしょげる父。
「アナもいらない?」
「いりません」と言ったきり、顔を向けてくれない。
「アナ、こっちを見て欲しいな」
気にかかることがあるのだろう。予想はつく。
「イーデンの事だね」
「お父様は悪くないの。でもね、私には優しいお爺様だったの」
「アナは王都のカフェに案内してくれたね。イーデンも喜んでいたよ」
レイは双子が幼いからといって、何でも隠したりはしない。もうイーデンには二度と会えないことを伝えてある、メイドたちの噂話も聞いてアナは察したのだろう。
「爆発や火事で家を失くして、怪我をした人もいた。人の手で壊されたんだ。犠牲になった人も大勢いたね」
「火をつけたのは……イーデン様だったのね」
聡い子だ。これから先も味方だと思っていた者が実は敵だったなんてことがある。情に流されず、きっと苦しい決断もできる子になれるだろう。
「父様はね。ふたりが大きくなる頃には戦争なんてない世界にしたいんだ。そのためにはルーやアナに嫌われることだってしなくちゃいけない時がある。それが父様にしかできないことなら喜んでやるよ」
「嫌わないよ。僕も手伝う!」
ルーカスは父のような領主になりたいと言う。
「私もよ。もっと薬草士のお勉強を頑張る」
アナも父やブリジット伯母様のようになりたい。やっと笑顔が戻った。
レイが可愛い笑顔に癒され、菓子に手を付けようとすると、アナに箱を取り上げられた。
「お父様、お菓子は明日にしましょうね」
情に流されない子に、もうなっていた。




