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ある家族の話と疑惑

 政略結婚だったが、王妃になれるなら、多少夫となる者の素行が悪くても我慢した。


 生まれた王子はとても愛らしかったが、夫は興味がないのか一度も抱き上げたことはない。


 それどころか、フェリシティの王子と取り替えたいなどと言う。


 そして息子もその第三王子に夢中になっていた。


 本人は隠しているつもりでも、すべて見張りから報告は上がっていた。


 邪魔者は排除しなければいけない。


 暗殺者を送り込んだがすべて失敗。なら国ごと奪ってやろう。


 騎士団長や大臣たちを呼びつけては、甘い言葉を並べ、愚かな王へ戦争をするよう進言させた。勝利を確信していたのに、まだ少年ともいえる第三王子にことごとく邪魔された。


 使えない王は要らない。


 贔屓にしていた男爵から面白いものがとあると聞き、資金を提供し、毒の花を育てさせた。


 夫が薬に依存していく様を見るのは愉快だったが、誤算は息子に薬を使われた事。


 男爵に目をつけられたのだ。そして隣国へ行った息子は第三王子によって傷つけられ、廃嫡。


 自分の身を守るために王位を返上させ、哀れな元王妃と母を演じ、復讐の機会を伺った。


 媚薬と黒い粉を欲しがっていた従姪にあたるサンドラに始末させようとしたが、今度は息子ハロルドに裏切られる。


 思うようにいかないことばかり。


「それで、僕が憎いというわけか」


「ここで死んでくれたら、あの花くらい、手向けてあげるわ」


「今のハロルドの幸せそうな姿を見ても、満たされないか」


「私は王子の母であって、ちっぽけな農園の婿の母ではないわ」


「なら遠慮はなし!」


 行くよとレイも剣を抜いた。


 室内は大混戦だった。狭くて動きづらい。


 だが、レイたちに刃は届かない。


 扉の前にハロルドが唖然と立っていた。


「母を助けてちょうだい! すべてあなたのためよ」


「違う。すべて、ご自身のためでしょう」


 自力で抜け出してきたハロルドは左手に血で汚れたナイフを持っていた。


 母の話を聞いてしまったのだろう。


 ……どこか哀しげだ。


 自慢の王子だと人前ではいうが、廊下に出れば背を向ける。高熱を出そうが母を求めたことはない。


 母が子ども部屋を一度でも訪れることはなかったのだから。


「ハロルド! この悪魔を切り捨てなさい! ……ぐっ」


 その先の言葉はなかった。


 人形のように黙って座っていた元国王が、ゆっくりと立ち上がり妻の首を絞めていた。


 ヴィンとハリーが元国王の手をつかむが、ものすごい力で離さない。


「離せ、すでに死んでいるぞ! 離せ」


「父上。もうおやめください」


 ハロルドが父の手に触れた。


 もしかしたら、生まれて初めて触れたかもしれない。


「……あなたの手は温かかったんですね。知りませんでした。母上もそうだったのかな」


 父は手を離し、息子の顔を見た。初めて会った知らない者を見るようだった。


 そして何も言わず、また人形のようになってしまった。


 父と会うのは月に一度の、言葉ひとつ交わさない食事会。席に着くのは王子としての義務だった。


 一度でいい。笑いかけて欲しかった。


 望みはそれだけだったのに。


「さぁこれを飲んで。楽になるよ」


 ポケットから薬の入った瓶を取り出し、液体を父の口へ流し込んだ。体を強張らせ、眠るように息絶えた。


 ハロルドは「最初で最後の親孝行ができました」とレイに頭を下げた。


 あの側近は元王妃の甘い言葉に騙されたうちのひとりだろう。王妃のためにレイをここまでおびき寄せたのだった。


 離宮の一室で劇物の作り方が書き記された紙が見つかったが、元王妃が作らせていたかははっきりしない。


 まだわからないことだらけだ。



「責任とるとか、またわけのわからないことは言わないでよ」


 レイはハロルドを送り届ける馬車の中で、林檎をかじっていた。


「君も食べなよ」


 ハロルドは首を横にふる。


「ウサギにすれば食べる? なら奥さんに任せるしかないね」


 下を向くハロルドの手に、林檎を押し付けた。


「私は怖い。私には家族などいなかった。そんな私が、親になれるのだろうか」


 唐突にレイがカバンから紙とペンを取り出し、ハロルドに渡す。


「兄上の戴冠式に使う打ち上げ花火。どんな形で、どんな色がいいと思う?」


 少し悩んで、思いつくままにさらさらと描いていく。


「もしかして女の子が欲しいの?」


 ハロルドはやっと顔をレイに向ける。


「なぜ、それを?」


「だって、ピンクとか水色とか女の子が好きそうな色ばかり選んでるよ」


「セイラに似た子がいいなと思っていた」


「大丈夫。君はあの両親とは、違う生き方ができてるよ」


 まだ顔は眉間にしわを寄せ、不安げだ。


「そんな顔しない。赤ちゃんが怖がるよ。顔あげて笑って」


 面白い話をしてあげる。


「誕生日会で双子がね……」


 心配で馬車のすぐ横で様子を窺っていたヴィンとハリーの耳に、ふたりの笑い声が聞こえた。



 王都の屋敷に戻ったレイは元王妃の言葉を紙に書き出していた。


 幼少の頃、ハロルドに出会った後くらいから刺客が増えた理由が分かった。


 戦争の仕掛け人がわかったが、昔から争いはあったので、特に思うことはない。


 毒の花の栽培に資金提供者がいるとは考えていた。いくら贈答用の花を高価で取引していたとしても、男爵家があれだけの土地と世話する者を雇えない。


 夫に媚薬を盛るなんてよほど嫌っていたのだろう。それも別にいい。自分には関係ない。


 息子が可愛いならもっと見張っておけとは言いたいが、ハロルドも今は幸せだからまぁいいか。子が生まれたら何を贈ろう。


 サンドラに媚薬と劇薬の黒い粉を渡した時期だけが、どうもしっくりこない。


 アガサス国王夫妻と王太子が暗殺されたのは、それよりも、もっと前のはずだ。


 暗殺したのはサンドラではない? 違う人物? サンドラは他の者からも提供を受けていた?


「どう思う?」


 ヴィンとハリーにも紙を広げて見せた。


「気になるのは、あの離宮で見つかった製造方法を記した紙だな」


「どう気になる?」


 ハリーは確証ないが、あの紙はノルフロイドで作られたものではないかと言う。


 ざらざらと粗く、黄みがかった紙。


「調べてみよう。頼めるかな」


 了解とハリーは返事した。すぐに割り出せそうだ。


「そういえばイーデンが、またどこかに消えたらしい」


 アグネスをバーデット家に預け、安心してまた旅に出たのだろう。


「お袋からの手紙だと、随分とお嬢様らしくなったらしいぞ。身なりさえ整えれば見た目はいいからな」


「良かった。もう森には行かないで、家でじっとしていて欲しい」


 あの蛇の抜け殻、レイは腰を抜かしそうなほど驚いた。


「それが暇さえあれば馬を追いかけているみたいだ。怖いもの知らずで、たくましい義妹だよ」


「あいつさ、焼き栗の爆ぜる、パンっていう音だけは怖がってたぞ。切り込み入れろって何回言ったかな。すぐ忘れるんだ」


「気をつけるよう、お袋に言っておく」


 ヴィンにそうしてくれと言い残し、鳩を飛ばしにハリーは出て行った。

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