花火師の村からベネノンへ
レイは花火師の村を訪ねていた。
長兄アルバートの戴冠式まで半年もない。お祝いの打ち上げ花火の打ち合わせのため、最近通っている。
長年国のために休みなく働いてくれた父王にも、もちろん喜んでもらいたい。
「父上は母上の瞳の色がお好きだから、この色も入れて」
自身の瞳を指す。母ゆずりの青紫を父はいつも褒めてくれる。
夜空では見つけにくいでしょうとさりげなく却下された。職人たちは王族の頼みでも、仕事に妥協はしない
「見えないのなら仕方がない。兄上はそうだな。華やかで、希望を感じさせる感じで」
こういう注文が一番困る。赤やオレンジに黄で、とにかくド派手にしよう。菊花のように広がり、柳のように流れ、最後は滝のように流すか?
花火師の腕がなる。予算はたんまりとあるが、足らなければいくらでも出してくれそうだ。
火薬を買い足そうと考えながら、そういえば相談したいことがあった、と職人がレイに話始めた。
ベネノンから最近、火薬を買ってくれと商人風の男が来るんですが、安価なので使い物になるのか。持ち込む量も多くて違法なものじゃないかと来るたびに追い返しても、また懲りずにやって来て困っている。
もしや出所不明だった劇物につながるのだろうか。
――空気に触れると爆発する黒い粉。
ハロルドに聞いたがサンドラが持っていたものを使っただけで、ベネノンで製造していたとは知らなかった。
アレス国の調べても、製造所の跡しか見つからず、その後の進展がなかった。
「次にその男が来たら足止めしておいて。セオを置いて行くから、すぐに知らせて欲しい」
セオも了解とうなずく。当分酒は飲めないが主の命なら我慢もできる。レイも王都に戻らず領で報告を待った。
ほどなくしてセオから怪しい男を捕えたと連絡が入り、レイたちは村へ向かった。
村の警備小屋に拘束されていた男に見覚えがある。ベネノン国王の側近だった男だ。
金に困って、騎士団の倉庫から勝手に火薬を持ち出し、換金したかったと供述している。
嘘はないだろうか。ベネノンには何度も苦い思いをさせられている。こんなに簡単に捕まるようなことをするだろうか。
「何を笑っている?」
男がレイの顔を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「お綺麗な顔が火傷で酷いことになるかと思うとね。笑いもしますよ」
「出るぞ」とヴィンがレイを小屋から連れ出すが、すでに外はきな臭く、職人たちが慌ただしく走り回っていた。
「大変だ! 火事だ!!」
ハリーが今すぐ避難してくれと、レイを連れ出しに来た。
「待って、職人たちを先に……」
ヴィンが無言で、懐に忍ばせていた睡眠薬をレイに嗅がせた。いざという時のために持っていたが、今がその時だ。
レイをおびき寄せるための罠だった。
戴冠式に向けてレイが花火を準備していることは誰でも知り得たし、兄のために自ら動くことも簡単に予想できた。
「やられたな」
村の様子を見に行ったヴィンが戻って来た。ハリーも村への被害は少なかったと確認してきた。
「やってくれたね」
レイはベネノンの男だけでなく、ヴィンとハリーにも怒っていた。
「消火活動はうまくいったし、火薬倉庫はお前の指示で、周りには燃え移るようなものは何ひとつ置いていなかった。草木一本だってないんだ。火の粉ひとつ寄せ付けなかったぞ」
だからいいだろうと言われても、レイは納得できない。もし負傷者が出たら……。石造りの倉庫だって絶対ではない。
ヴィンとハリーにしたらレイを失うわけにはいかない。
それこそフェリシティ国とベネノン国の……いまだ前国王に加担する者との間で戦争になる。
レイに肩入れする国も多い。加勢に出てくれば火事どころでは済まない。
レイが飛び出さないように抑え込んでいたセオがやっと手を離したかと思うと、レイの頬を打った。
「目を覚ましてくれ。主が怒ろうがヴィンたちは何も間違っちゃいない。怒るなら元凶を根絶やしにしてくれよ」
「……すまない。怪我人がいたらここに連れてきて欲しい」
レイも頭ではわかってはいる。感情が追いつかないだけ。八つ当たりだ。
怪我人といっても擦り傷程度で大火傷を負った者はなく、職人からも直接倉庫が無事だったと聞いて、レイもやっと冷静になった。
もう一度取り調べをしようとしたが、騒ぎに紛れ、男は逃げ出した後。火をつけた者は複数、それも相当な数がいたと思われる。
ベネノンの元国王のところに行くしかなさそうだ
レイは同行するかどうかハロルドの元を訪ねた。
もしかすると生きて会えるのは最後かもしれない。ことと場合によっては……。
「始末をつけるなら私が。レイモンド様の手は汚したくない」
ベネノン国の離宮に元国王夫妻は、身の回りの世話をする数人と静かに暮らしていた。
元国王は媚薬の使い過ぎで話をしてもかみ合わない。花火師の村を襲うように指示できたとは思えなかった。
元王妃は久しぶりに会えた息子に、今の生活はどうかと聞いている。
「もうすぐ子が生まれますよ」
それはレイにとっても初耳だ。これで本当にハロルドは立ち直るだろう。
「そう。次代の国王になるといいわね」
「母上、それは誰も望まないし、私も望みません」
「なぜ? あなたが継げないなら、その子どもが継ぐべきではなくて」
レイは違和感を覚えた。
たしか国王の退位は王妃からの言ではなかったか。
「あなたがそこにいる悪魔に心さえ奪われなかったら、こんなことにはならなかったの。私の生んだあなたこそが、王にふさわしかったのに。とても残念」
突然、剣を持った兵が入ってきた。
ヴィンとハリーはレイを背にして剣を抜く。
「説明が欲しいな」
「私からしよう」
最後に入って来たのは、村に現れた元国王の側近。
「王妃様は随分と前から憂えていたよ。貴様こそが諸悪の根源だとね」
「違う! レイモンド様は何もしていない。私が勝手に!」
ハロルドは口を塞がれ、連れて行かれた。
「ベネノンも、アガサスまで奪われたわ。償いなさい」
元王妃の母は、アガサス王家の出だった。




