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バーデット馬祭り

 今年の収穫祭が終わった。


 ふつうに楽しかったし、領民からも観光客からも評判は良かった。


 昨年と違うのは、前領主の金ピカの像の出番がなかったこと。


 泥団子を作ろうとしたらエリオットに禁止され、すでに領民は前領主のことなんかすっかり忘れていた。「いまさら泥団子投げてもねえ」と言われたのでレイも諦めた。


 大道芸人も呼んで、楽しんでもらえたが、レイはちょっと物足りなかった。


 厩舎でバーデットから連れてこられた馬を見ながら、ルーとヴィンの会話をなんとなく聞いていた。


「この中で一番早いのはどの馬なの?」


「そうだな、こいつは早い。何と言ってもオニキスと同じ血統だからな」


「アリアンと同じ馬はいないの?」


「あれは特別。同じ血統でも、あそこまで早いのはいない」


 そうだろう。アリアンは特別なんだとレイはレディと呼ぶ愛馬を思い浮かべた。


「競争したら、オニキスとアリアンどっちが早いの?」


 ヴィンが後ろにいるレイをちらっと見て、アリアンだなと答えた。


「バーデットで競馬をしていたことがある。地面が揺れるくらいの迫力があって、俺も楽しみだったな」


 騎士たちが愛馬に騎乗し競い合った。ここ数年は行われていないバーデットの馬祭り、一番の出し物だった。


「楽しそう! それ採用!」


 レイの目がキランと光った。


 バーデット馬祭りはヴィンの長兄ヘンリーに丸投げした。レイは当日を待つのみ。ヘンリーもお役に立てると喜んでいた。


 とくに古参の騎士たちが大喜びで、率先して手伝ってくれたらしい。


 双子たちもバーデットの端にある街道は使うが、中心部には行ったことがない。


 ルーは馬を見るのも世話をするのも大好きなので、今回の祭りをことのほか楽しみにしていた。


 ただ、乗りたがらない。


 以前、父と一緒に乗った時に落馬した時から、一度も乗っていない。


 あれは恐ろしかった。父が大怪我したのを見たせいもあるが、乗るのだけは怖くて仕方がない。


 レイはルーが自分から乗りたいと言い出すのを待って、決して急かしたりはしなかった。


 馬は背に乗る者の感情に敏感だ。恐れを抱いて乗れば言うことを聞いてはくれない。


 いつかルーが愛馬オプシデイアンに乗れる日がくるといい。


 祭りには、馬にちなんだものが沢山売られていた。馬具はもちろん、蹄鉄型の焼き菓子や馬の刺繍がされた小物が大人気だった。


 領主館のある街を走る、屋根のないエレガントな観光用馬車には、ご婦人がたの列ができ、ポニーに乗れる広場は家族連れが集まっていた。


 馬肉料理も観光客には珍しく、常に満席状態だった。


「思ってた以上に楽しい一日になりそうだ」


 レイは最近気に入っている帽子とメガネで変装し、双子とお菓子を頬張っていた。


「レイモンド様、そろそろ準備をお願いします」


 ヘンリーが呼びに来るまで親子は祭りを楽しんでいたが、領主として挨拶をしなくてはならない。


 着替えてレース場が見渡せる場所へ移動した。


「レイモンド様、それは……」


 レイの手元にあるリボンや花で飾られた華やかな帽子を見て、ヘンリーがもしやと聞いてみた。


「今日のために母に急ぎ作ってもらったよ。似合うかな」


 馬祭りに合わせてポニーテールにしていたレイが、帽子を頭にのせて見せた。


 レースの勝者は好きな女性の帽子をもらえることになっていて、賞金は出ないが騎手は全力で競い合う。


 レイの帽子を誰が欲しがるというのだろう。畏れ多いことだ。


「ヴィンが勝っても、女性に声はかけられないと思ってね」


「とてもお似合いですよ。ヴィンセントも張り切ることでしょう」


 主の気遣いらしいが、なおさら弟は女性に声はかけられないと思う兄だった。


 馬が柵に入り、旗が上がると一斉に走り出す。次々と目の前を駆け抜ける様は爽快だった。


 勝者は恋人なのか想い人なのかわからないが、馬を降りると目当ての女性の元へ駆け寄り帽子をもらう。その度に大きな拍手が起こる。


 久々の開催で騎手は全員騎士団から選出された。 ヴィンはまだ出てこない。


 ヴィンは警備担当の次兄ジェームズに呼び出されたのだか、とても困っていた。レイに知らせて良いのか、先にハリーに知らせるべきか。


 祭りに乗じて悪さをする者がいないか巡回していたら、不審者を見つけたと警備兵から報告があった。


 何をしていると問いただせば、よくわからないことを話しているという。


「黒いヴィンなんとかが護衛している、白い魔女に会いに来た」


 ヴィンセントの事だろうと兄が不審者をヴィンの前に連れて来たのだが、不憫そうにその女性を見ている。


「アグネス、レイモンド様になんの用だ?」


「白い魔女に会いたい」


「だから、その理由を知りたい」


「会ったら話す」


 レイもハリーも両方呼ぼう。俺では対処できない。


「お前、その格好……どうした?」


 ハリーが指を差し、震えている。


「ハリー。女性に失礼ですよ。アグネス、これで顔の汚れを拭うといい」


 レイが自分のハンカチを差し出した。


 支給されている騎士服でなく、私服のワンピースを着ておしゃれをしているようだが、自分で施したのか化粧が酷かった。


 化粧を汚れと言うレイも大概だったが、これは他に言いようがなかった。


 自分では上手くできないから教えて欲しいと言うが、クロークに親しい女性はいないのだろうか。親はどうしている?


「家族は爺ちゃんしかいない。私は拾われた子だから」


「ハリーは知っていた?」


「知らなかった。すぐイーデンを見つけ出して、ここへ連れてくる」


 アグネスをヘンリーの妻エイダに預け、レイたちはレース場へと戻った。


 ヴィンの出番が近づく。


 アグネスのことは気にかかるが、今日はルーに、格好よく馬に乗り、楽しんでいるところを見せたいのだ。


 それに、勝って帽子も貰わなくてはいけない。


 オニキスではなかったが、ヴィンは見事に勝った。ルーカスへ勝ったぞと手を振ると、ルーカスも拍手で返してくれた。


 馬から降りて、ゆっくりと領主席の前に進む。


 にっこりと微笑むレイの……隣に立つアナにむかって手を差し出した。


「まあ私の帽子を? お父様のではなく?」


「はい。アナベル様の帽子を私にください」


 小さな帽子を両手で渡した小さな淑女は、照れて赤くなっていた。


「ヴィンセント、お前は頭を打ったか?」


 ヘンリーがレイの帽子を見ろと、弟に目配せする。


「領主様の帽子は、最終レースで優勝した者に与えてください」


「楽しみにしているよ」


 領主は満足そうに微笑んだ。


 最終レースも大差をつけてヴィンは優勝した。


 さすがバーデット家の者だと賛辞を受ける。ヴィンの実父で前辺境伯アーサーも出場するたびに優勝していた。


 もちろんレイの帽子は、優勝杯とともにヴィンが手にした。


 渡されるときに頬にキスされ、優勝杯を落としそうになったが、なんとか耐えた。


「やめてくれ、心臓に悪すぎる。俺を殺す気か?」


 すごく格好良かったよとレイと双子にも言われ、頑張った甲斐はあった。


 レース後、レイ達はヴィン自慢のバーデット家の厩舎を見に行った。


 広大な場所にいくつもの厩舎は建っていた。


 毛並みの美しい、黒くたくましい馬たちが並ぶ。


 一頭一頭が大事にされているのがよくわかった。


 ルーが一頭だけ、他と離された馬を見つけた。


「この子はどうしてひとりなの?」


「手放す馬はこうして分けているんですよ。成長も悪く、毛並みもよくない、売れない馬は処分します」


「処分って?」


「ルー、厩務員たちは忙しい。そこまでにしなさい」


「はい、お父様」


 ルーはその馬のことが、どうしてだか頭から離れなかった。

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