初恋泥棒
翌朝、ポールとエヴァが店の扉を開けると酒臭い。
窓を全開にして、奥を覗く。
仮眠室で頭が痛いとレイ様が呻いていた。
すぐに水と酔い覚ましを渡す。
キッチンからいい匂いがする。
たぶんヴィンさんだ。
「おはようございます。昨夜は楽しいことでもあったんですか?」
「まぁな。お前たちも食うか?」
鍋にはレイ様のお好きなハーブ入りスープが湯気を立てている。二日酔いにぴったりだ。
オムレツは起きてから作るのだろう。卵が4つ置いてあった。
レイ様は時々ヴィンさんにねだって、ここでオムレツを食べる。
食べるレイ様も、作ったヴィンさんも幸せそうだ。
またケンカして仲直りでもしたんだろう。相変わらず仲がいい。
レイ様が初めて教会に来た日、聖母様がきたとみんなが騒いだ。
見たこともないくらい綺麗で、いい匂いがした。
教会の子どもたち全員、一度はレイ様の膝に乗っている。
本を読んでもらったり、擦りむいた膝に薬を塗ってもらったり、ただ抱いてくれたりもした。
司祭様もシスターも優しかったが、レイ様は特別だった。
親であり、兄であり、先生で、師匠で、友達でたまに弟。
「紙に書かなくても、字は覚えられるよ」
拾ってきた木片に文字を書いて見せて、僕たちには小枝で砂の上に字を書かせた。
初めて字が書けた時はすごく褒めてくれた。
「消すのがもったいないな」と、目を細めて笑ってくれた。
計算が出来たら、どこのお店でも雇ってもらえると言った。
「大きくなったら僕も助けてね」と。
教会を出たらどこかの店で一生下働きか、重労働しかなかった僕らに希望をくれた。
貧乏だった親が職を得て家に戻れた子。青空教室に来ていた貴族の家に引き取られた子もいた。
残った僕たちはお針子や薬草士、剣術など色々な勉強をさせてもらっている。
そんなレイ様が時々寂しそうにしていたが、お子様を引き取られた後は、そんなお顔は見なくなった。
「君たちの新しい兄弟姉妹だよ」と紹介され、ルー様もアナ様も皆に可愛がられた。
「ポールは今何考えてる?」
「たぶんエヴァと同じこと」
起きてきたレイ様が、おいでと腕を広げている。
さすがにもう膝には乗れない僕たちは、どっちが先に抱き着くか競争する。
時々だが、いまだに幼い頃のように甘やかしてくれる。
今日は同着だったから、ふたりいっぺんに抱きしめてもらえた。
ヴィンさんがちらっとこっちを見たが気にしない。だって僕たちもレイ様が大大大好きだから、ヴィンさんにだけ独り占めはさせない。
レイ様はいつだって僕たちの味方だ。
「ポール、何か悩み事?」
薬草を計りながらレイ様がさりげなく聞いてくれるが、ちょっと言い出しにくい。
「言わないなら、当てようか」
バレてる? 顔に出ていたかな。
「フローレンスは優しいよね、僕は好き。ポールも好き?」
プシューと顔から湯気が出た気がする。
レイ様! 誰にも言わないでよ。
フローレンスさんはアナ様の護衛で、医術の心得がある。
扱う薬に関しては秘伝だとかでわからないが、よく雑貨屋の調剤室で作業をしている。
レイ様と同じで、真剣な横顔がすごく格好いい。ポールの二つ上の綺麗なお姉さん。意識しない方がおかしい。
「誰にでも優しいと思います」
「そうだね」
レイ様に背中をポンポンと叩かれた。
頑張れってことかな。
レイ様がいるだけで私たちは安心する。
「エヴァ、また手袋忘れてるよ」
薬草で指先が染まらないように、レイ様はたくさんの手袋をくれた。でもいつも忘れてしまう。
「こんなになったら嫌でしょ」とレイ様の指先を見せてくれる。
「嫌じゃないですよ。レイ様と一緒なら嬉しいです」
「僕が嫌なの。女の子なんだから気を付けて」
薬草士は結構、力のいる仕事だ。薬草を採りに行くのも深い山の中だったり、育てるのも水まきから重い肥料を運んだりもする。すり潰して大鍋で煮だすのも大変。
一度火傷をしたら、レイ様がすぐ冷やしてくれた。「痛いね、代わってあげたい」って言ってくれた後に、不思議と痛みは消えてしまった。
ポールにだけ重たいものを持たせるわけにいかない。そうするとレイ様がひょいと運んでくれる。さりげないのがいい、世の中の男子、全員見習ってほしいわ。
憧れの人。教会の女の子はみんなレイ様が初恋の人。
大好きっていうと、僕もだよって、ほっぺたにチュってしてくれる。
顔を洗いたくないって言うと、シスターは洗わないと嫌われちゃうよって笑う。
お嫁さんになりたいとかじゃないけど、ずっとそばにいたい。
似ている人いないかな。
ハリーさんがやってきた。騒がしいけど楽しい人。
「ヴィン、姐さんを取るな」
「ハリーもここ座って、スープもらいなよ」
「ヴィンママ、俺にも」
ハリーさんが皿を出す。ヴィンさんが焼きたてのオムレツを五等分に分けてくれた。
手を合わせて、いただきますをする。
小さなテーブルを囲み、ぎゅうぎゅうに詰めて座る。でもレイ様の隣は僕たちが座った。
僕たちは可哀そうな孤児じゃない。
とても幸せなウィステリアの子。




