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レイの魔法

 ハリー自慢のシラカンバの森は幻想的だった。


 以前クロークを訪れたときは、戦争中だったし、ヴィンの行方を捜していて、シラカンバは目に入らなかった。妖精が今にも舞い降りてきそうだ。この森は後世まで守りたい。


 レイは白い樹皮に触れ、樹液はどうやって採取するか聞いている。


「ヴィン、俺今すごく感動してる」

「どうした?」

「シラカンバの森に妖精が現れた。夢じゃないよな」


 ハリーにはレイが妖精にみえるらしい。今日のレイは白い服。木漏れ日の下に立つレイがそう見えてもおかしくはない。魔法を使ったのか、白く輝いている。


 そうだなとヴィンが答えるが、後ろで怪しい行動をしている者がいて、それどころではない。


「ハリー、ここに妖精なんて出ません。お伽話よ」


 護衛についてきたアグネスが身もふたもないもないことを言う、夢見る乙女はいない。そばかすだらけの顔に化粧もせず、ゴワゴワと堅そうな髪はひとつに結ばれ、騎士服にしわはないが、シミはある。グレースがみたら悲鳴を上げそうだ。


「まったく夢のないことを。俺が姐さんを妖精だと言ったら妖精なの」

「白フクロウの次はシラカンバの森の妖精か。白いモノ仲間が増えたな」


 レイももうあきらめて苦笑いするしかない。


「ところでお前は何持ってんの?」


 ハリーが指さすアグネスの手がつかんでいるのは蛇。胴体は腕に巻き付いている。レイでも引いた。レイ以上の野生児。女の子がどうしてこうなった。


「大した毒はないけど、ハリーの事狙ってたから」


 逃がしてくると去った後ろ姿を見ながら、ハリーがあれでは嫁の貰い手がないとため息をついていた。どうもこのアグネスかなりの問題児とみた。


 前にもらった樹液の化粧水があったら少し分けて欲しいと、ハリーにおねだりして城へ帰った。


「セオ、これをアグネスに届けて欲しい。ハリーからだと言えば受け取るはずだ」


 レイが何かを企んでいるが、ハリーには秘密。


 セオを連れて来たのは、クローク国によく出入りしているからと、セオを連れてくれば時間を持て余したモリーナが領主館で手伝いしてくれるから。夫婦ともにとても優秀。


 晩餐は国王夫妻とハリー、マークと数人の貴族のみ。大げさにしてくれるなとレイが言ったため、帰国前夜にだけ舞踏会が開かれることになった。それも断ったのだがハリーがどうしてもと聞き入れてくれなかった。どうせヴィオラ狙いだろう。


 マークはすっかりレイに懐き、あれこれ質問攻めしてくる。子どもは嫌いじゃないレイは丁寧に答えて、そのうちハリーについてウィステリア領に遊びにおいでと約束をした。アナのいる王都へは来させない。


 この席でもさすがと、貴族たちの前でハリー王子を持ち上げておく。


 翌日は魚の瓶詰工場を見学して、新しい商品の試食を頼まれた。


 ペースト状にしたもので塩気をかなり抑えてある。工夫しだいでレシピはいくらでも増やせるし、骨がないので老人にも乳児にも安心して与えられる。兄アルバートの愛娘メイベルの離乳食が始まる頃だ、ちょうどいい、お土産にもらっていこう。


 ハリーがレイの骨が面倒と聞いて作らせたものだが、新しいラベルの評判もよく、すでに予約が入ってきている。


「姐さんのおかげでクロークの認知度がまた上がったな。お礼は何がいい?」

「舞踏会でエスコートをお願い。目いっぱいおしゃれするから楽しみにしていて」


 お礼じゃなくハリーにとってはご褒美。ならお礼にアクセサリーを贈ろう。


「姐さん、お迎えにきたよ」


 レイの部屋へハリーはアクセサリーの箱を届けずみ。自分の見立てたネックレスをつけた姿を楽しみにしていた。自分の瞳の色、青い石は白銀の髪に似合うだろう。


「ちょうど仕上がったよ」


 仕上がった割にレイはシャツを腕まくりしている。期待していたドレスを着ていない。髪もいつのような編みこみはなく、シルクのリボンで結んだだけ。それも少し乱れている。それに贈ったネックレスをつけていない。まさか気に入らなかった?


「ハリー、今日のパートナーだよ」


 衝立の向こうから嫌だ、恥ずかしいと聞き覚えのある声がする。


「観念しなよ。それとも本当に僕がハリーを独り占めにしていいの?」

「嫌です。もうこの魔女どうにかして」


 レイがえいっと腕を引っ張り、衝立の前に姿を現したのは…。可憐な少女が突っ立っていた。手は前に、脚は閉じて、背筋伸ばせとレイが少女の背を叩く。


「えっと、似合わないよね」

「……」

「ハリー王子、何か言ってあげないと。僕の作品はどう?」

「化けたな。これはアグネスだよね」

「素材は良かったんだ。僕も驚くほど可愛く仕上がったよ」


 シラカンバの化粧水とレイおすすめの保湿剤がハリーからだと届けられ、素直なアグネスは数日だが使ってくれた。砂漠だった肌に少し潤いが戻った。若いってだけで効果はすぐ出るのね、羨ましいとメイド達は最後の磨き上げをする。だが短期間でそばかすと日焼けはどうにもならない。惜しいと嘆かれた。


 早朝から訳も分からずレイの部屋に連れてこられ、メイドに体を隅から隅まで洗われ、全身マッサージされ、仕上げの鏡台の前でレイが待ち構えていた。抵抗したが、変わっていく姿に自分が1番驚いた。魔法にかかったみたいだ。


 黒髪は艶がでてふんわりいい匂いする。1度はつけてみたかった可愛い髪留めは、レイからのプレゼント。ドレスはヴィオラのものを丈は詰めたが、サイズ直しがほぼ要らなかったのは本人には内緒。ハリーに見られるのは恥ずかしいと衝立から出てこれなかったのだ。


「そのネックレス…」

「ハリー、それについては謝罪する。でもね、アグネスの黒髪にすごく似合っていると思わない?」

「でも!」

「でもじゃない。さあ2人で行っておいで。僕も支度してすぐ行くよ」


 やり切った、疲れたと言ってレイは椅子に座り込んだ。あれにはハリーも苦労するだろう。


「ヴィン、傷薬とって。アグネスに引っ掻かれた」


 レイの腕には赤い爪痕。ヴィンが塗ってやると袖を下ろした。


「蛹がきれいな蝶に変わったね。魔法使いになって変身させた気分」


 では僕たちも行こうかと、レイはヴィンの腕に手を置き優雅な足取りで会場へ向かった。


 舞踏会の会場は騒然としていた。


 ハリー王子と一緒に入ってきた令嬢が、どこの誰かわからない。フェリシティー国の公爵を同伴するかと思っていたのに、噂の魔女はどこへ行った?


 レイがヴィンと共に会場へ入るとまた騒然となった。


 おかしい、今日はヴィオラじゃないのに。横を見るとヴィンが真っ赤になり下を向いている。


「シャキッとしなよ」

「お前といるだけでも目立つのに、男同士で腕組んで入ったら目立ちまくるよ」


 ヴィオラの方が目立たなかったって事か。次回検討しよう。


 にこやかな顔の国王がレイに近づく。


「あのご令嬢はウィステリア公爵のお付きの者ですか? ぜひハリーの婚約者にいただきたい」

「国王陛下も多分ご存じですよ。ノルフロイドの元騎士団長の孫娘アグネスです」

「あの爺さんのか。孫娘と言うからには女子だな。よし話をすすめよう」


 ハリーが〇〇親父と呼ぶのもわかる気がする。一言多いし、人の話を最後まで聞かない。早く王位は継承した方がいいけど、約束は約束だ。


 ハリーとアグネスは遠くから見ればいい感じだが、全く会話はなかった。それもそうだ、お互いが顔を見れずにいた。


 先に沈黙を破ったのはハリー。


「その、よく似合っているよ。髪から姐さんと同じ香りがする」


 それNG! この王子全然わかってないと周りを囲む臣下達は、突っ込みたいのを我慢した。


「大鍋でぐらぐら茹でられて食べられるかと思ったら、ものすごくいい匂いの洗髪剤と石けんで溶けそうだった。やっぱり魔女は違うわね」

「姐さんは悪食じゃないし、猫舌だから、ぐらぐら煮たものは食べないよ」

「わけがわからず魔女に殴りかかったら、黒いお付きの方に止められました」

「ヴィンセントね。名前くらい覚えておくといい」

「なぜです?」

「俺とヴィンは姐さんに一生お仕えする仲間で、恋敵だから」


 恋敵! 臣下たちがぎょっとしている。やはりあれは人を惑わす魔女だった。諜報員<鳩>からの情報だと、ものすごい美人に化けて王子を骨抜きにしていると言うのは事実らしい。

 対策には負けないくらいの美人が必要だ。どこの令嬢かわからないが頑張っていただきたい。


「ハリーはこの国の王太子でしょう? 今は自由でも戻らなくてはなりません」

「戻らないよ」


 臣下たちは耳を塞ぐ、聞かなかったことにした。


「ハリー王子、おいでちょっと話がある」


 魔女が呼んでいる。


 レイは別室に移動しハリー、アグネス、ヴィンを座らせた。これはなにか重要な話だろう。


「私はクローク国王とひとつ約束を交わしている」


 ハリーが王位継承するまでの間だけ、レイの元に預かっていることを話した。


「そんな話俺は知らない。ならもうここには2度と戻らない」

「ハリー王子、君は誰よりもこの国を愛している。広い世界をみて、感じて、これからこの国のために役立てて欲しい。それは私も望むもの。それまでは共に学び、高め合いたい」

「俺は嫌だ、姐さんの側にいたい。そしてクロークは外から守る。それが俺の望みだ」

「みて、私宛にこんなに手紙が来ているよ」


 数十通はあるだろう、全てクローク国臣下からの手紙。レイへの感謝と後に続くのは……。


帰るたびに器が大きくなっていて先が楽しみだ。早くハリー様にお仕えしたい。立派な君主となって帰ってきて欲しい。それまでここは守り抜きます!


「これ読んでどう思う? 君が王位に就くことを皆が待ち焦がれているよ」

「そうですよ。ハリーは王にふさわしい方です」


 アグネスもハリーを待つ者の1人だ。


「……わかった」


 青紫の瞳が、真っ直ぐにハリーを見つめる。


「君はきっと立派な王様になれる。僕が保証しよう」

「姐さん。ありがとう」


 まぁ、それまではこき使うけどねとレイが笑う。


「アグネス、そういうことでまだハリーは当分帰さない。待てるなら待ってあげて欲しい」


 アグネスが真っ赤になりうなずく。


「姐さんは何を言ってる?」

「だって付き合うでしょ? これ逃したら君、結婚できないよ」

「姐さん! すぐにウィステリアに帰ろう」


 早く立ってと急かされた。


 帰りの馬車ではハリーはレイの隣に座った。片時も離れたくないという意思表示らしい。アグネスとあれから挨拶も交わさず逃げて来たハリーに、レイは呆れている。


「君のヘタレにも困ったもんだ。次会う時は誰かにさらわれた後かもだよ」

「正直、まだ自分が王位に就くことに戸惑いがある。そんな状態では何も話せない」

「あの様子ならあと3年くらい大丈夫だろう。僕も君とすぐ離れたくないしね」


 それを聞いて俺も離れない! ハリーは目を輝かせるが、すぐに曇る。


「でもなー。やっぱりアグネスはないかなー」


 やっぱりヴィオラちゃんがいいとハリーが抱き着こうとして、レイにかわされた。


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