魔女と呼ばないで
「なんか、あったよね」
ハリーが真顔でヴィンに問いただす。
「別に。普段と変わらないが」
「姐さんは細かいことまでよく気づく。それでいて気にかけない大物だよ。その姐さんが目を合わせない。絶対におかしい」
厄介な奴。言いがかりだ。
「なら本人に聞く」
ハリーは部屋中に響く大声を上げた。
「ヴィンにチューでもされた? 代わりに殴っておこうか?」
何を言われたかわからず、きょとんとしていたレイの顔が――赤くなった。
「えっ、マジか。おい、ヴィンどうすんだよ。姐さんが困ってんじゃん」
「ちが……違う、あれはシルバーだ! 俺じゃないぞ」
全力で否定してみた。
あれはあいつが悪い、俺は悪くない。
「そうなのか。シルバーなら仕方ない。そうか、シルバーだったか」
いたずらっ子はお仕置きだ、こっちにおいでとレイがシルバーを抱き上げる。
「ふーん、そういうことにして欲しいのか」
ハリーはヴィンにだけ聞こえるように声を落とした。
ヴィンの奴、抜け駆けして純情可憐な姐さんになんてことしてくれたんだ。
本気でヴィオラと結婚したいと思っているわけじゃない。できるわけもない。
鬼強くて、腹黒計略家、容赦しないくせに情に厚い。レイモンドのような者を他に知らない。
その上、美人で案外初心な可愛らしさも持ち合わせているとくれば、ついて行きたくもなる。
もちろんヴィオラやモリーナのような可愛い女の子がいれば、すぐにお付き合いしたい。
レイがいまだにオリビアを一途に愛し続けているのが、すごく羨ましい。
そんな恋がしてみたい。
見合いの話ならいくらでもくるが、ぜんぶ断った。
そういえば、父王にまた呼び出されているのだった。……面倒だな。
ハリーはレイに、一緒にクロークへ行って欲しいと願い出た。
「ヴィオラちゃんと一緒に帰ったら、数年は結婚しなくて済みそうな気がする」
「嫌だよ。着いて早々に式を挙げられそう。まさか準備してないだろうね」
準備はしてないが鋭い。あの父王ならやりかねない。
「でも一度、国王陛下にご挨拶はしたいと思っていたから、行くのは構わないよ」
「クソ親父に挨拶? 要らないよ。うちの弟とならぜひ一度会ってほしいけどさ」
「双子は連れて行かないからね」
クローク国からアナベルを第二王子の許嫁にと話があったが断っている。
レイも会ったことはないがハリー曰く、素直で賢く、兄思いの王子らしい。
温泉村から戻ると、事務官アランの目の下の隈は見なかったことにして、書類の束を馬車にのせ、クローク国へ向かった。
エリオットが定期的に処理してるのに、書類の山が減らないのは、領をさらに発展させるために、仕事を増やしているから。
やりたいことが山ほどある。
「姐さん、どうぞ」
ハリーがレイの好きな菓子やら軽食を差し出す。レイが手を出すと、ダメと言って口に入れた。
こんな真似、ヴィンにはできないだろう。あとで自慢しようとハリーはほくそ笑む。
「ほんと、あの白フクロウそっくり」
仕事を手伝うからと、ハリーは馬車に同乗していた。
「僕は動物を飼ったことはないよ。森に行けばいるし、皆に面倒をかけたくないからね」
幼い王子が飼いたいと言えば、世話は使用人に任せることになってしまう。
幼い頃、生まれたばかりの子猫を拾ってきた。
当時の担当侍女たちに少し困った顔をされた。彼女たちからしたら、預かった子猫に何かあればと責任が重く圧し掛かる。
自分で世話すると言っても、微妙な顔をされた。
虫を箱の中に隠して、こっそり飼っていたが、それも見つかって大騒ぎになった。
愛馬アリアンの世話だけは自分にも手伝えたのですごく嬉しかった。
「姐さんは芋虫でも蛇でも平気だからな。それは女性には酷すぎる」
「幼い頃はそんなこと、わからないよ。芋虫を成虫にさせることしか考えてないんだから」
蛹が蝶になるのが不思議で、絵本で読んだ変身魔法みたいだと、わくわくしながら見ていた。
「オリビア様は、そんな姐さんのことを好きだったんだ。まるで聖女だな」
「オルレアンは養蜂業と養蚕業が主な産業だからね。虫くらいで怖がらないよ」
レイを見て、蚕みたいと笑うし、一緒に桑の葉を食べるのを見に行って、可愛いと言っていた。
蛇だって近寄らなければ、騒ぐことはなかった。
聞けば聞くほど羨ましい。自分も理解のある嫁が欲しい。
魚を手づかみできるような子とか?
漁師の娘ならいけるか。海沿いの貴族に年頃の娘いたかなと、思い巡らしているうちに、城に到着。
いつもより早く着いた気がした。やっぱり姐さんといると楽しい。
「お帰りなさいませ」
大勢の召使が頭を垂れ、ハリー王子を出迎える。
軽く頷き前を通りすぎる。ちゃんと王子様をしていた。いつものバカ騒ぎしている姿からは想像もできない。
すれ違う貴族たちが、ハリーの後ろを歩くレイを見て、小声で「あれが……」と呟くのが聞こえた。
「僕、何かしたかな」
「あれは俺が帰るたびに、姐さんの自慢話をしてるからじゃないかなー」
ちょっと濁した気もしたが、ここで危ない目には合わないだろう。レイもヴィンもそれほど警戒はしていない。だが、いい気分ではなかった。
王城にしては殺風景な廊下を歩いていると、後ろから声がした。
「あなたが兄上を誑かす、魔女だな!」
レイが振り向くと、男の子がいた。
誑かす? 魔女?
年恰好からして、第二王子だろう。
相手が誰であろうが、不躾な者に返事はしない。
ハリーが弟の頭をつかみ、ぐいっと下げさせた。
「失礼なことを言うな。こちらはフェリシティー国ウィステリア公爵だぞ。謝りなさい」
大好きな兄にガツンと言われしょぼくれたが、渋々、謝罪した。
「申し訳ございませんでした。私は第二王子マーク。兄上がいつも公爵のお話ばかりしていて、帰ってこないのは公爵のせいだと……すみません」
「レイモンド・ウィステリアです。兄上にはとてもお世話になっていますよ」
ハリーがもう十分叱っている。これ以上レイが言うことはない。
穏やかな声にマークが顔を上げ、レイをまじまじと見て、惚けた。
「兄上のお話通り、お綺麗な方で驚きました」
「ありがとう。クロークの方と比べたら、私など貧相ではないですか?」
クローク国の者は皆、体格がいい。
寒さに負けず、林業と漁業が主な産業。力仕事ができなければ、この国で生き残ることはできない。
レオンやレイからのアドバイスで、最近やっと赤字を脱し、国力をあげている最中。
恩は感じても王太子の不在は、フェリシティの魔女のせいだと噂されていた。
「姐さんはお疲れなんだ。もう行くぞ」
「ハリー王子、お気遣いなく。先に国王陛下にご挨拶させていただけないだろうか」
どう見ても、王太子が他国の公爵に仕えているようにしか見えない。
これはまずい。
一通りの挨拶を終えた後、レイは国王とふたりきりになった。
「本当に、ウィステリア公爵は男性なんだろうか」
親子そろって随分と不躾だ。さすがのレイも顔を引きつらせた。
国王にしてみれば所作は完璧、容姿も申し分ないレイに、ハリーが嫁候補を連れ帰ったのかと、勘違いもしたくなる。
「私が男性だと証言してくれる妻はもうおりませんが、母に問い合わせていただいても構いませんよ」
大国の王妃にそんなこと、聞けるわけがない。
「ハリーが帰るたびに公爵を「あね」と呼んでいるので、一応確認を」
「いえ、ハリー王子に慕われて嬉しいですよ」
「ところで、あれはどうだろうか」
「クローク国の将来を一番に考える、良い為政者になると。私の元にいても常にクロークの事を考えていますよ」
無法者のような真似ばかりするので心配していたが、やはり後継者はハリーで決定だ。
「三年はお貸しくださるとの約束でしたね。それまでは共に色々と学び、経験を積んでいただきましょう」
では失礼しますとレイが部屋を出ると、国王は深いため息をついた。
息子と同年齢とは思えない、落ち着きと人を惹きつけるオーラ。
自分でさえも、従いたくなる。
まっすぐに相手を見つめる青紫の瞳。
心の奥底まで見透かされそうだった。
身震いしそうになった。
なのに、目をそらすことを許さない。
息子が惚れ込むのも無理はない……。
当分、嫁は無理だと諦めた。
レイはハリーに案内され、騎士団に顔を出した。
元クリフの騎士たちはうまくやっているだろうか。
「姐さん!!」
囲まれて抱き着かれそうになるのを、ヴィンがひと睨みして防いだ。
剣術大会に参加していた騎士が面倒見ているようで、心配はなかった。
離れたところにぽつんとひとり。女性騎士が立っていた。
「アグネス、こっちに来て俺の姐さんに挨拶くらいしろよ」
ハリーのよく知る人物らしい。
「姐さん、これはイーデンの孫娘でアグネス。いつの間にかクロークで騎士見習いやってた」
会えば喧嘩ばかりしているという孫娘。随分と気安い仲に見えた。
「あなたがハリーを誑かす魔女だな。私と勝負しよう」
「ハリー王子、クロークは礼儀を学ばない国なの? それとも僕が軽んじられているだけ?」
「アグネス、謝れ。姐さんに失礼すぎる。俺に恥かかすなよ」
アグネスはぷいと顔を反らした。ハリーは呆れたと、あっちへ行けと追い払った。
レイは騎士団の鍛錬を少し見学して、「さすがハリー王子の騎士団は素晴らしい」とわざと聞こえるように褒めた。
見学について来た貴族も騎士たちも、そうだろうと満足そうだ。
「もうここはいい。シラカンバの森に案内して」
ハリーは幾人か護衛についてこいと命じ、馬車を用意させた。
「姐さん、どいつもこいつも失礼ばかりして申し訳ないです」
「ハリーが謝ることじゃないよ」
ハリーを大事に思うあまりの言動だ。だが、魔女でなく、せめて魔法使いと呼んで欲しい。
アグネスに関しては、少し面白いことになりそうだ。




