疑惑は晴れないが大繁盛
リリアの結婚式が執り行われた。
光沢のある黒いウェディングドレスがとても似合っていた。新郎のボビーも馬子にも衣裳……堂々として立派だった。
レイも友人として参列し、大いに祝った。
披露宴ではまた目立ちすぎと、リリアに着替えてこいと言われたが、「華やかでいいでしょ」と席を立たなかった。
「ボビーが睨むから僕はさっさと帰るよ」
「ヴィンセント様はまだゆっくりされていていいのよ」
「いえ、レイモンド様と帰ります」
こんな押し問答もあったが、レイはセオ夫妻と帰国した。
セオとモリーナもアレスで式を挙げたばかりの新婚ほやほや。
セオの支度はすべてレイが引き受け、男親とはこんなに大変なのかと驚かせた。
「双子の時の予行練習になったな」
「アナの花嫁姿は見たいけど、絶対相手を切り刻みたくなる」
「やめとけ。アナに嫌われるだけだ」
「それよりも姐さんは再婚しないの?」
「しないね。僕にはオリビアだけだから」
「ヴィンに相手が切り刻まれても困るしな」
「するかよ」
ヴィンはしかめ面だった。
一行は温泉村に向かっていた。
ボビーが一度温泉に入りたいと言い出し、数日間のハネムーン滞在が決まっていた。
モリーナが誘ったアレス国王夫妻とケント王子も滞在予定。双子もいる。
温泉村は数日レイが貸し切った。
観光客の代わりに村人たちが昼間から温泉を楽しんでいた。
開業前から働きづめだった彼らにも、たまには思う存分温泉を楽しんで欲しい。
「好きな足湯に入っていいよ。肩まで浸れる深い温泉は男女を時間で区切ってる」
足湯も外にある誰でも入れる無料のもの、仕切りをして大きさや内装を変えたものと増やしてきた。
「ルー、シルバーが湯に入らないようミアに預けておいで」
レイたちはいつもの領主専用足湯に向かう。
「お父様の指先が前よりきれいになったみたい」
「最近はポールやイーサン達に調剤を任せているからね」
今は新薬認可の手順整備に忙しい。当分雑貨屋にも出られそうにない。
「温泉村に雑貨屋は作らないの?」
アナは店の手伝いが大好き。
「ここにまで来てお仕事したくないよ。ルーやアナと過ごす時間が減っちゃう」
のんびりと休まるために来ているのだ。仕事は忘れたい。
――そこへ。
「アレス国王が腰痛らしい。湿布が欲しいってさ」
「温泉に入れば治るって、言ってきて」
「……後でな」
膝まで浸かるヴィンは動きそうにない。
「セオの目薬を忘れたって、モリーナが騒いでたぞ」
「それは……作って届ける」
ハリーもあくびをしていた。
みんな、お疲れ気味。
「お父様、ここ見て。プツンってなんかできてる」
「ルー、掻いてはダメ。あとでお薬を塗ろうね」
「お父様、私も赤いプツプツができてる」
アナの顔や腕に赤い発疹が出ていた。
「ちょっとよく見せて。――出よう」
レイはアナを抱き上げ、丸太小屋へ急いだ。
「熱が出なかったから気づかなかった。子どものよくかかる病気だね、三日くらいでプツプツは消えるから大人しくしているんだよ」
フローレンスもあれですね、と寝台を整えアナを寝かせた。
たぶんルーも感染しているだろう。
妊婦に感染しないよう気をつければいい。
村に一軒しかない薬草店の調剤室を借りに行く。
可愛い子どものためなら仕事ではない、薬などいくらでも作れる。
目薬と、ついでに湿布も。
なぜか、薬草店に来た客の分まで作っていた。
双子の元に戻ろうとしたが、ヴィンが呼びに来た。
「リリア様からもう着くと先ぶれがあったが、どうする?」
「双子と接しなければ大丈夫だろう」
「わかった。伝えておく」
途中、村長につかまり、長々と話を聞く羽目になった。
双子が待っている、と話を途中で切り上げ急ぐ。
今度はハリーに呼び止められた。
「ボビーからリリアには内密で話があると言ってきた。断ろうか?」
面倒ごとに違いない。
「もう着いたのか。急ぐの?」
「それが姐さんと大至急話がしたいと。足湯に入りながらって、指定までしてきた」
「なにそれ、怖いよ。ヴィンもハリーも来て」
足湯に行くとふたりだけで話したいとボビーが護衛たちを入れなかった。
いつもより窮屈に感じる湯に浸かりながら、用件を尋ねた。
「……」
ボビーがもじもじとして何も話してくれない。早く双子の側に行きたいのに、イライラしてきた。
「話がないなら戻るよ」
「ふ……双子可愛いですね」
「どちらもノアールにはあげないよ」
「……」
また沈黙。
「こ…」
「聞こえない」
「子作りを教えてください!!」
「はっ? 君は教育受けてないの? そんなことないよね」
「リリアたんが可愛すぎて、見てるだけで、もう胸がいっぱいで、どうしたらいいか」
リリアたん?
「誘い方がわからないって事かな?」
「はい。風呂から上がるとリリアたんは先に寝てるし、僕もお腹いっぱいで眠いし」
真っ赤になりながらも必死な様子。
どうでもいい。
のんびり足湯に浸かりながらする話か?
ボビーはここならリリアが来れないと考えたらしい。
「それ、誰にもどうしようもできないよ。昼寝でもさせて夜は起こしておくか、君は食べすぎに注意すればいい。健康のためにもね」
「おふたりもお子がいるレイモンド様に、何か策を聞けないかと」
「ないよ! 聞く相手を間違えている!」
恥ずかしくないのか。恋敵なんて言っていた僕に聞くな。
リリアに感染しても大丈夫だろう。新婚で先に寝てしまうなんて、とんでもない姫君だ。
やっとレイが丸太小屋に戻った時には双子は眠っていた。
酷く疲れたが、双子の顔を見ればすべてが吹き飛ぶ。
久しぶりに双子と一緒の寝台で休むことにした。
温かく気持ちよい。熟睡しそうになるが、アナが寝ている間に搔いていないか確認して、ルーの額に手を当てた。
こんなに愛おしいものを欲しくなるのも無理はない。
ボビー頑張れ!
心の中でそっと応援した。
――朝起きると、レイが高熱を出していた。
まさか子どもの頃に、かかっていなかったとは!
大人がかかると長引く。薬草店から解熱剤をもらって隔離された。
「体は拭いたけど、髪を洗いたい。手伝って」
微熱まで下がると汗のベタつきが気になる。
こんな時に呼ぶのはミア。ハリーやヴィンの太い指でガシガシ洗われたくない。
双子は回復して部屋の中で元気に過ごしていた。
「ミア、お父様をお願いね」
「僕たちは向こうでシルバーと遊んでいるよ」
いい子の双子は余計な手間をかけさせない。レイの子どもの頃とは大違いだ。
丸太小屋にも温泉ではないが浴室はある。
レイが椅子に座ると、眩しくないように目の上にタオルを置かれた。
ミアは細い指で丁寧に、強く弱く、優しくマッサージしながら洗った。
洗髪剤はレイの好きな香り。心まで癒されていく。……天国にいるみたいだった。
「最高に気持ちいいよ。毎日頼みたいくらい」
「ふふ、実家で姉の子の髪を洗ってましたからね」
「……寝そう」
レイがうつらうつらしていた、その時。
ガチャン!
「シルバー、待って!」
シルバーが物を壊したようだ。
「レイ様、すみません。少し覗いてきます」
ミアがなかなか戻らない。ちょっと髪が冷えてきた。
……カタン。
やっと戻って来た。
「ねえ、お湯かけて」
「……」
胸の上に何かを置かれた後、無言でざばっとお湯をかけられる。
あれ? ミアじゃない?
顔に何かが近づく気配がする。
頬をざらっとしたものになめられ、ヒヤッとした何かが唇に触れた。
いまの……何?
レイががばっと起き上がると、そこにはシルバーを抱いたヴィンがいた。
「いま……」
レイの髪から、ポタリと雫が滴り落ちる。
「……シルバーが逃げ出して、追いかけて来た」
「うん」
何が聞きたかったんだっけ。
……頭が回らない。
また熱が上がったかな。
「ここにいた。ルー様を困らせないのよ」
ミアがシルバーを受け取り、大人しくしなさいとルーの元へ連れて行った。
「冷やすなよ」
ヴィンはタオルをレイに投げると、背を向けた。
「レイ様、お待たせしました」
ミアが戻ってきた。
「ヴィンさん、顔真っ赤よ。熱? 感染した? 待って! 熱計らせて」
ヴィンは大丈夫と言いながら、外へ見回りに行ってくると出て行ってしまった。
ノアール国の姫君が新婚旅行で訪れた話に尾ひれがついて、子宝湯があるという噂が流れた。
温泉村の予約が殺到して、村民はまた忙しくなる。
「そんなことはないのに」
でもいいか、と真相を知るレイは黙っている。
ミアの洗髪が大変気に入ったレイが、温泉村に洗髪専門の店を作り、大当たりした。




