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アナの願い

 ダレンから帰国し、お土産を配り歩いた。


 その後は、たまった仕事を端から処理し続け、レイは連日すごく多忙だった。


 夜更けまでエリオットが手伝い、片付いたときは万歳しそうになった。

 

 こんな時は、ヴィンやハリーより、エリオットだ。


「助かった。王都もウィステリアも任せてエリオットも忙しかったね」


「バールの酒につられたからな。数年後が楽しみだ」


 明日は一日休みにして、双子とのんびり過ごす予定だ。


 ルーカスもアナベルも父と過ごすのを楽しみにしてくれている。


「知ってるか? アナがお前の事なんて言ってるか」


「大好き以外に何があるの? まさか、お嫁さんになりたいとか」


「逆だよ。お父様が旦那様なら大変って言ってたぞ」


 もうすぐ五歳。色々とわかってくる頃だ。特に女の子は幼くても侮れない。


「お父様が一緒のお食事は、お父様の好きなものばかり」


 子どもの前で残すわけにはいかない。


「お父様はとてもお強いけど、本当はすごい怖がり」


 幽霊屋敷のことだ。もう取り壊したから二度と行くことはない。


「すごく甘えん坊さんで、伯父様とヴィンセントを困らせている」


 困らせることはしてると思う。


 でも甘えん坊だなんて、娘に言われるとは思わなかった。


「グレースおばあ様のドレスがとてもお似合いだそうだから、おそろいのドレスが欲しい」


 あまりの衝撃に、レイはお茶を噴出した。


「ヴィオラ姿は見せたことないけど、誰が話したんだろう」


「城中みんな知ってるさ。王妃様が自慢してたからな」


 母グレースに怒鳴りこむわけにはいかない。


 明日は好き嫌いせず残さず食べ、子どもの頃一番怖いと泣いた本を読み聞かせよう。


 父の威厳を示さなくてはいけない。


 甘えん坊と言われても自覚はないので聞かなかったことにする。


 だが、ドレスはどうしたらいい?


  どう? 似合う? って着るか、あれは仕事で変装だとはっきり言うかだ。


 私室に戻るとヴィンが待っていたので、エリオットから聞いた話をした。


「ドレスか。子どもの頃は平気で着てたくせに、今更恥ずかしいもないだろう。オリビア様だったら何て言うだろうな」


 オリビアは喜んでいた。だが娘とおそろいのドレスっていうのは、ちょっと違う。


 朝食の席でレイが固まっていた。


 なぜ、一番嫌いなものをわざわざ出す? 


 目の前には緑のポタージュ。


 エリオットの仕業に違いない。


「お父様、大丈夫? ヴィンセントに食べていただく?」


 ヴィンもちらっとこちらを見ている。


「アナ、父様は残さずにいただくよ」


 手が震えそうになるが、スプーンですくい、口に含んだ。


「……美味しい。これならたまに食べてもいい」


 吐き出すまいと覚悟を決めていたのに、大丈夫だったじゃないか。


 レイは覚えていないが、歯の生え始める前によく食べていたことを、メイドのアメリアが思い出し、料理長に作らせたものだった。


 お嫌いなものなのに偉いわとアナに褒められたが、また気を遣われる。


「お父様。お魚は骨がとってあるそうよ」


「父様は釣りも上手で、魚も骨ごと食べられるんだよ」


「僕もお父様と釣りがやってみたい」


「いいよ。これからでも行くかい?」


「私も行くわ」


 なら早く食事をすませようと、残る緑のポタージュを口に運んだ。


 竿と網をもって、王宮の裏手にある川にやってきた。


 レイが草むらに入りミミズを捕まえて見せると、さすがにアナは悲鳴を上げた。


 ルーは意外と大丈夫で、何匹いるか数えている。


 親子三人が並び、のんびり糸を垂らす。


 何が釣れるか話していると浮きが沈む。


「ほら、かかったみたいだ。ヴィン、網持ってきて」


 ルーもアナも、何が釣れたかわくわく顔で網をのぞく。


 大きな、なまずだった。


「……怪物の赤ちゃんみたい」


 大物なのに子どもたちが喜ばない。


 なまずの口から針を外し逃がしてやった。


 次はウナギ。これも逃がした。食堂の女将なら喜ぶのに。


 双子の期待する魚は小さなマスが二匹。料理長に渡すようにとヴィンに預けた。


「帰ろうか。部屋で怖いお話を読んであげる」


 部屋に戻り、レイは本を膝にのせていたが、なかなか開こうとしない。


「お父様。無理なさらなくていいのよ」


「アナは優しいね。楽しい話にしようかな」


 夕飯にマスが出されたが、お腹にミミズがいたら怖いとアナは食べず、レイとルーが食べた。


 ルーは魚より釣り竿に興味があるようで、作り方を教えてとトーマスに頼んでいた。


 出来上がったら今度はふたりで行ってみようと思った。木登りや火おこし、色々とルーに教えたいし、一緒に遊び倒したい。


 フェレットのシルバーと遊んでいたアナに、ちょっとおいでと衣裳部屋へ連れて行った。


「父様とおそろいのドレスより、お母様とおそろいの方がいいかと思って、王宮から持ってこさせたよ」


 それはレイが子どもの頃に着ていたオリビアとおそろいのドレス。


 ハンガーに数十着かかっていた。


 まだアナには少し大きいが、すぐに着られるようになるだろう。


「すごいわ! ぜんぶお母様とおそろいなの? 嬉しい。すごく嬉しいわ」


 アナが父に抱き着く。


 グレースに連れられて参加したお茶会で、母娘がおそろいのドレスを着ているのを見かけた。


 自分もと願うが母はもういない、なら自慢の父とおそろいにしたいと考えたのだ。


「お母様と一緒にお茶会は出られないけど、大丈夫。ここにいるものね」


 アナは心臓の上に手をあて、ドキドキを確かめる。


「もうひとつ、プレゼントがあるよ」


 レイは懐からメガネをふたつだし、「アナと父様用だよ」とかけて見せた。


「父様もアナとおそろいが欲しくて、同じデザインで作ってみた。どうかな?」


「素敵だわ。お父様ともおそろいね」


「次のお出かけにかけていこう」


 レイはドレスにまつわる母との思い出を話して聞かせた。


 喜ぶアナを見て、レイは嬉しくもあり、寂しくもあった。


 母娘が並んだ姿を想像したら笑みがこぼれてしまう。


 だが、本当は家族四人で並びたかった。


 一緒におしゃれして出かけたら、どんなに楽しかっただろう。


「魚は釣れなかったし、怖い話も苦手な父様にがっかりしたかな」


「いいえ、自慢のお父様よ、大好き。大きくなったらお嫁さんになってあげる」


 レイはアナを抱き上げ、可愛いからお嫁に出したくないと言って、笑った。


「すごい数だったな」


「オルレアンにまだまだあるよ。母上はことあるごとに作っていたからね」


「アナがすごく喜んでいて良かったな」


「オリビアなら何て言うか考えたら、多分娘とおそろいがいいって言うと思って。ヴィンのアドバイスが役に立ったよ」


「そうか。ルーならおそろいでもいいんじゃないか」


「それいいね。母上に頼もう。ヴィンも僕とおそろいで一着作る?」


 もう持っている。騎士服なら騎士団全員おそろいだと笑われた。

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