↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
81/119

酒蔵バール

 レイは土産を山ほど馬車に積み込み、出発しようとしていた。


「もうしつこい! うちは新しい騎士の募集はしてない」


 クリフの選手がレイにフェリシティに連れて行ってくれと泣きついていた。


「アドルフ公爵をひとりで帰すの? そんな無責任な者を尚更うちには置けない」


「それが、先にこいつら置いて帰ったってさ」


 ハリーが憐れむように、「うちの姐さんも俺だって、そんな非道なことはしない」と、ちょっと自慢を始めた。


「だったらクロークで引き取ってくれない?」


「えっ」


「姐さん呼び仲間でしょ。僕は認めてないけどね」


「ハリー様の元で修行させてください!!」


「俺はこのまま、姐さんについてフェリシティに行くから。勝手に修業でも何でもしろ」


 いつかレイから呼び出されよう、頑張るそうだ。


「はい、決まり。あとハリー。魚の瓶詰にリボンをかけても売れないよ」


 クロークの馬車には追加で持ってこさせたのに、売れ残った瓶がどっさり積まれている。


 アランから持たされた書類の裏側に、レイが絵を描いた。


「こんな風にラベルを作って、試しに貼りなよ」


 大雑把に書かれてはいたが、クロークの地図の中に魚が跳ねている。


 産地も分かるし、なんの魚か一目でわかる。


 裏側には簡単なレシピも載せるよう言われた。


「姐さん、天才! 凄腕商人だ」


 雑貨屋は儲けようと始めたわけではないから、工夫も何もないが、売りたければレイも何か考える。


「それ貸してください。俺、これでも絵は得意です」


 クリフのひとりが下書きを預かる。


 早速役にたった。


「良かったね。じゃ問題なし。帰ろう」


「ちょい、待ってくれ」


 アーチーがレイを呼び止めた。


「俺はここに残る。酒が旨いんだ。飲み飽きたらまたウィステリアに戻るよ」


「わかった。いつでも戻っておいで。待ってる」


 傭兵は自由だ。居場所は自分で選ぶ。


 リアンは残念そうだが、レイは好きにすればいいとアーチーの肩を抱いて「待ってる」と別れた。


 帰りはゆっくりと馬車を走らせた。


 終わってみれば疲れがどっと出てきて、子どものようにはしゃぎすぎたと、帰ったら怒られそうだ。


 ダレンを抜け、小国バールの王都に近い、小さな村で宿をとった。


「ここは通過したかったけど、仕方がない」


 バールは大陸の酒蔵と呼ばれ、酒好きなら一度は訪れたい国。


 市場に出回らない酒がどうしても欲しいと、兄たちに頼まれていた。


 雨に降られ、予定にはない道を進んだ。


 野営は疲れている時にしたくないし、早く皆を休ませたかった。


「恵みの雨ですな。こんな大勢のお客様は久しぶりです」


 にこにこと笑う宿屋の主人は大急ぎで準備しますと二階へ上がってしまった。


「お茶をどうぞ」


 ガチャン。


 下働きの女がテーブルに音を立てて茶碗を置く。


 ずいぶんと雑だ。顔をしかめたリアンがレイの前に置かれた茶碗が欠けているのに気づき、女を呼んだ。


「取り替えればいいですか」


 ふてぶてしい態度にリアンが珍しく声を荒げた。


「調理場を借りたい。主にこのようなものを飲ませるわけにはいかないからな」


「どうぞ。こちらも手間が省けて助かるわ」


「おい、その態度、客に対するものか」


 ヴィンも見かねて女を睨みつける。


「威張り散らして、本当の騎士か怪しいものだわ」


「僕たちが騎士だろうが商人だろうが、客には変わりはない。何か気に障ることをしたかな」


 黙って見ていたレイだが、女のおかしな態度に訳があるなら聞こうと声をかけた。


 女はそっぽをむいて何も答えない。


 代わりにちょうど客室の準備ができたと呼びに来た主人が頭を下げた。


「この子は私の姪なんですが、先日食事に来た騎士様に乱暴されそうになりまして。失礼な態度をとり申し訳ございません」


「それは怖かったでしょう。怪我はなかった?」


「心配するふりは結構です。夫が守ってくれましたから」


「その夫が重傷なんですがね」


「叔父さん、余計な事を話さなくていいわよ」


「医者には診せたの?」


 こんな田舎に医者はおりませんよと主人は首を横にふる。


「なら僕が一度診よう。これでも薬草士だ」


「おい、首突っ込むな」


「ヴィンは黙ってついて来て。怪我人がいるなら放っておけないでしょ」


「今払えるお金がありません」


「お金はいらない、薬草なら沢山持ってきた余りだよ。その代わりに美味しいお茶を頼めるかな」


 女は先ほどとは態度を変えて、欠けのない茶碗にバールのお茶を淹れて来た。


「先ほどはすみませんでした。あなた方が一昨日来た乱暴な騎士様に似ているので、つい変な態度をとってしまったの」


「似ている?」


「ひとりは老婆のような白い髪。ひとりは黒髪で背が高かったわ。もうひとりは金髪で痩せた男」


 レイ、ヴィン、リアンが顔を見合わせた。


 ……まさかな。


「その白髪の人は、どこかの王子で、ダレンの剣術大会で優勝したって威張り散らしてたわ。怖くなって家に帰ろうとしたら、絡まれて、助けてに来てくれた夫が、怪我をして……」


 堰を切ったように女は話し出した、ずっとため込んでいたのだろう。


 まさかが、当たったようだ。


 これは早急にお仕置きが必要だ。


「とにかく容体を診よう。案内して」


 宿から十分も歩くと女の家に着いた。


「まだ腫れが酷い。足は骨折してる。しっかりと添え木をして、このまま安静にしてるしかないな。殴られた痕もあるね。これは痛み止め。煎じて飲ませてあげて」


 痛みで眠れていないのだろう、目の下にクマができていた。

 

 小さな切り傷にも薬を塗り込んだ。


 テキパキと処置を施すレイに、夫婦は何度も頭を下げる。


「その騎士とやらがどこへ行ったか、知っている?」


「国王様に会いに行こうって、話してました」


「話してくれてありがとう」


 ハリーから押しつけられた魚の瓶詰めをお見舞いに置いて行った。


「僕らが乗り込んで、偽物扱いされたら面倒だ。今回はハリー王子がお忍びで訪れたことにしよう」


 レイはヴィオラに、ヴィンとリアンは従者になり王宮へ向かった。


 ローガンは、宿で荷物番といざという時の連絡係。


「ハリー王子。ようこそおいで下さった。剣術大会では大活躍されたとか」


「ダレンまで来たからにはここにも寄らないとね。ところで、こちらにフェリシティ国のレイモンド様ご一行がご滞在とか。お会いしたいのだが取次を頼めるでしょうか」


「あー、いらしてますよ。取次なら今すぐにでも、と言いたいところですが、我が国の酒が気に入ったらしく……まだお休みかと」


 バールの国王は言葉を濁したが、お困りのようだ。


「お目覚めまで待たせていただくよ。実は妻の具合が悪くてね。部屋をお借りしたい」


「もちろんですとも。だが、ハリー王子がご成婚されていたとは知りませんでしたな。心ばかりの席でももうけましょう」


「お気遣いは不要ですわ。お部屋、お借りしますね」


 口元に扇を当てたヴィオラが、ぴしゃりと断った。


「まったく。いつの間にハリー王子はご成婚されたのかな」


「慰労会で姐さんがダンスに誘ってくれたじゃないか。女性から誘うって妻くらいなもんだよ」


「僕は男です。確かめる?」


「ヴィン! 助けて。姐さんが意地悪する」


「勝手にやってろ」


 国王からの心遣いでバールの酒が部屋に差し入れされた。ヴィンとリアンは試飲だといって飲み始めた。


「旨いな。残りは宿で飲みなおそう」


 つまみは魚の瓶詰。辛口の酒と合う。仕事の後の一杯が楽しみだ。


 偽物が目覚めたらしい。メイドに呼ばれ酒臭い部屋に案内された。


「白銀の一閃になにか用か。手土産はそこへ置いておいてくれたまえ。えっ土産はない?」


 威張り腐ったリーダーらしき男の髪は老婆のような白髪でなく、白髪のカツラだ。


「白銀様は有名ですからな。ただ会いたくなるのも無理はない」


 黒髪の背の高い男は、貧相な体で、剣を振れるようには見えない。


「挨拶だけなら、もう出て行け」


 金髪の男。たぶん地は茶だ。染料が落ちて髪がまだらだ。


「酷すぎる。偽物でも、これはあんまりだ。こんな侮辱は初めてだよ」


 レイの偽物は初めてではないが、今回は似ても似つかない。


 バールの国王はなぜ本物と思ったのか? 


 後で問いたださなくてはいけない。


 白髪頭が酒の入ったグラスをおいて、まじまじとヴィオラを見つめていた。


「うわっ、めっちゃ可愛い。国王が寄越したのか。気が利くな。ここに座って酌をしなさい」


 長いすの空いたところをぽんぽんと叩く。


 クロークの王子一行が来たと伝えているのに、挨拶もなく、酌までさせようとする。


 ここは場末の酒場じゃない。


 ハリーは限界なのか、今にも剣を抜きそうだ。


 ハリーの手を押さえながら、ヴィオラが口を開く。


「白銀の一閃は薬草士だとお聞きしております。ぜひ酔い醒ましのお薬をちょうだいしたいのですが」


「薬? あとでメイドに持ってこさせよう」


 偽物はレイ達の噂を聞いただけなのか、試合だけ見て真似たのか、レイが何者であるか知らないらしい。


「リアン、窓開けて。同じ空気を吸うのも嫌」


「同意しますよ。いっそ息をしないようにするのがいいかと」


「生かしておく価値ないでしょ」


 リアンもハリーも物騒な話をしている。


「ここは僕の国じゃない。勝手をしてはいけないよ」


「多少、痛めつけてもいいだろう」


 今度はヴィンが剣を抜かないよう、レイは必死で抑え込んだ。


「なんだ? お嬢ちゃんは男みたいな言葉遣いだな。どれ私が直々に、女らしさというのを教えてあげよう」


「男どもは部屋を出ろ」


「楽しむなら、酒の追加頼むか」


 ホントにただの酔っ払いだ。相手をするのも馬鹿馬鹿しい。


 後は警備兵に任せる事にした。


 部屋を出ようとすると黒髪男が立ち上がりレイの腕をつかもうとするが、レイが振り向いたと同時にバタンと音を立て男が倒れる。


 レイの指輪から、針が飛び出していた。


「目覚める頃には酔いは醒めてるよ。君らにも酔い醒ましのお薬をあげようか?」


「なっ! 仲間に何をした! 俺は白銀の一閃様だぞ! 相手になってやる」


「酔い覚ましは必要ないみたい。みんなもう我慢しなくていい。僕は先に国王の所へ戻る」


 レイが廊下にでて扉を閉めると、中からグラスの割れる音と、悲鳴が聞こえた。


「私は本物のレイモンド様とお会いしたことがない。もし本物だったら嬉しいなと……」


 国王はやはり違ったかと、しょげている。


 剣術大会の帰りにレイ達が寄らないかと期待していたら、「白銀の一閃」と名乗る者が現れ一応、留めたという。


「見てわかるでしょ。どうみても違う。怪しい」


 たちの悪い酔っ払いは、少し酒を飲ませて追い出しているそうだ。


 どこかの店で暴れて無銭飲食されるよりはまし。国を出る前に街の清掃と、むち打ちの罰を与える。


「風呂とお着替えを用意いたしましょう。今夜はこちらにぜひお泊りいただきたい」


 秘蔵の酒を出してくれるというので、ヴィン達が喜ぶだろう。


 宿に残してきたローガンには、何か届けさせればいい。


「お言葉に甘えますね。あの者たちはどうなりますか」


「レイモンド様に不快な思いをさせた罪は重い。しばらくは地下牢に入れて、二度と馬鹿な真似をしないよう躾てから出しますよ」


 国王の含んだ笑みがちょっと怖い。アレスの国王と同じタイプのようだ。


 レイは赤葡萄酒を入れた酒風呂というのに初めて入った。


 さすが大陸一の酒蔵の国。酒尽くしのおもてなしに驚くばかりだ。赤い湯は珍しく面白い。体は温まり、疲れがとれていく。


「いいな、これ。麦酒入れても効果があるってさ。色々と試してみたい」


「……ああ」


「ヴィン聞いてる? 温泉村にひとつ作ろうかな」


 浴室の外にいるヴィンに話かけたが、今度は返事がない。


「ヴィン?」


 レイが湯から上がると、壁にもたれかかりヴィンは寝ていた。


 暴れて、酔いが回ったのだろう。


「困った男だね。また僕が寝台に運ぶのか」


 よいしょと大きな体を持ち上げ、引きずるように寝台に連れていく。


「ほら、靴を脱がすよ。シャツのボタン、ひとつ外すからね」


 ヴィンが腕を伸ばしてきた。


「何? 水が欲しいの?」


 レイが近づくと、がばっとヴィンに抱き込まれた。


「くるじい、離して」


 逞しい腕がレイの肩と腰に巻き付き、ぜんぜん動かせない。


「あとでハリーに怒れても、知らないからね」


 少しだけ抱き枕になってあげた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。