剣術大会 二日目
レイが目覚めると、ヴィンが腕を組んだまま椅子で眠っていた。
クリフから何かされやしないか心配して、明け方まで見張っていたのだろう。
「大丈夫って言ったのに……」
温暖な国とはいえ朝は肌寒い。毛布をそっとかけてやった。
音を立てないように身支度を済ませ、素振りでもしようかと廊下へ出ると、リアンが向こうからやってくる。そろそろ目覚めたかと迎えに来たという。
外ではハリー、ローガン、アーチーが待っていた。
「次回はチーム戦も作ろうかな。うちなら優勝できそうだ」
朝の澄んだ空気を吸い込み、ひと汗かいた。
お守り付きの参加と言われても、嘘ではないし、嫌ではない。
自慢して回りたいくらいだ。もし彼らを侮辱する者がいたら、叩きのめしてやる。
「腹減った。飯にしようぜ」
アーチーは口に合ったのか、ダレンに来てから、ものすごく食べる。
ローガンはひとり黙々と食べている。
「ローガンは、ここにきて楽しい?」
ローガンの声を最後に聞いたのは、いつだろう。
「楽しいです……」
「どこが、どう楽しいの?」
会話が続かない。何でもいいからしゃべらせたい。
「主、ローガンをいじめないでくださいよ。訛りが恥ずかしいそうで、慣れればもう少し話しますよ」
「訛り? ああ王都挟んで向こう側の端の領かな? 笑うなんてことはないから話してほしいな」
「……お気遣い、ありがとうございますだ」
ローガンとも試合や騎士団のこと。同じ辺境領の田舎あるあるで会話は途切れることはなくなった。
食事をとっていると、クリフの一団が整列して挨拶をしてきた。
昨夜のことを気にしているのだろう。
もういいと言っても謝罪と感謝を並び立てる。しつこいのは国民性なのだろうか。
試合終了後。
レイがクロークの選手に湿布を分けてやったところ、臭いもなく、効き目抜群と聞きつけた他国の選手からも欲しいと言われ、救護室で湿布作りをしていた。
そこへ傷の手当てにやってきたクリフの選手を、居合わせたレイが診ることになった。
傷の手当てをしながら、内臓も悪いのではとつい言ってしまい、調剤して渡すということがあったのだ。
「お礼なんて要らないから、また試合しようよ。来年も出ておいで」
お優しいとクリフ選手たちから、女神扱いされるようになってしまった。
ヴィンはレイが目覚めたことに気づいたが、寝ているふりをしていた。
黙って入り、勝手に見張りをして、嫌がるか、心配性だと呆れるかもしれない。
だがレイは、何も言わず毛布だけ掛けて出ていった。
昨夜は遅くまで湿布を作っていたのに、疲れはなさそうだった。
温かい。もう少し、このままで。
ヴィンは朝寝を決め込んだ。
「随分と朝寝坊したね。試合始まるよ」
ヴィンに寝不足はないようだ。
レイは皆を呼び集め、今日も全員で突破しようと円陣を組んだ。
フェリシティは仲がいいなと羨ましそうに見る国もあり、「うちらもやる?」「 やろうぜ」とあちらこちらで円陣が組まれた。
二回戦目。
ローガンとサイラスが当たった。
静と動。対照的なふたり。
サイラスは力で押すスタイル。ローガンはうまくかわしては、じりじりと追い詰めていく。
殺し合いではないので、力加減が難しそうだ。
サイラスも反撃するがローガンの圧勝だった。
「サイラス。君はもっと色々な相手と鍛錬しなさい。これではまだレイモンド様のお役には立てませんよ」
サイラスがレイの元に残りたいとごねたのは知られていた。
リアンはノアールの選手と当たった。
ノアールの選手はみな所作が美しく、剣も見本のような型だった。
基本を忠実に、何万回と繰り返してきた剣は、鋭く、重い。
リアンだってレイの元にとどまるために努力してきた。
主はいつも最前線。最も危険な場所に飛び込んでいくのだから、側につく者にも、相当の覚悟が必要。
今朝はレイと軽く打ち合いができた。明日も明後日も……側にいたい。
そんな思いが通じたのか、リアンは勝ち残った。
レイは早くもアーチーと当たってしまった。
「君と真剣勝負だなんて、すごい楽しみだ。こんな機会ないからね」
「レイ様に勝てる気はしないが、まぁ、みっともない負けにはしないですよ」
レイが公の場で見せたことがない苛烈な、それでも皆が魅せられるほど美しく、舞うように剣を振るう。
「相変わらず速すぎて、ここからじゃ全然わからない。あれ反則」
「まだまだ、こんなものじゃないさ」
ハリーとヴィンも次へ駒をすすめ、レイの試合を見ていた。
アーチーもガンガンに攻め込む。よくあの速さに対応できるものだ。どちらも倒れない。
レイがほんの一瞬――剣を離した。
アーチーは見逃さない。
最後の一撃を入れようとしたとき、右から左へ剣を持ち替えたレイが、先にアーチーの剣を払い落とした。
「負けたー! くそっ! なんだよ、あれは」
「スタミナ切れそうでさ。勝つためには隙をつくしかないからね。それに賭けた」
レイとアーチーは固く握手をして、次を約束をする。
観衆からも選手席からも拍手がおこる。
「いい試合だったな」
「ヴィンには通用しなさそうだ」
ほらと、ヴィンが甘い菓子をレイに渡す。すぐにリアンがお茶を淹れた。
控え室の一角で、優雅なお茶会が始まった。
「ヴィンママ、俺にも」
「私もひとつもらうよ」
皆と馴染んできたローガンもハリーにならって手が伸びる。
仕方がないなと菓子の入った包みを広げた。
アーチーはもう試合がない。酒が欲しいと行ってしまった。
昼食後に三試合目が行われたが、レイたちは通過した。
「なんで試合は終わっているのに、新しい傷が増えてるのかな」
救護室に呼び出されたレイの前に、敗退した選手たちが列を作っていた。
なぜか傷をつけていないはずの、アーチーまで並んでいた。
「飲んでたら、負けて悔しい、動き足りないと言い出し始めて、騎士団の修練場借りて、総当たり戦やってた」
「なるほど。それなら、自分たちで薬ぬっておきなさい」
「それがみんな、女神さまに診てもらいたいって……」
「僕は明日も試合があるの。休みたいんだけど」
「そこをなんとか!」
治療するまで帰してもらえそうにない。
レイはため息をついた。
「ほら、さっさと服脱いで。薬がしみても声出さないように」
「姐さんの言うとおりにしろ」
姐さん?
レイが振り向くと、「お手伝いします」クリフの選手たちが、並んだ選手の服を引きはがし、椅子に座らせていた。
自称〈レイモンド姐さんの親衛隊〉だそうだ。
ヴィンが迎えに来て、やっと解放された。
あくびを噛み殺し、もう寝るとレイが部屋へ入ると、ヴィンもついてきた。
「見張りしなくても大丈夫だよ」
「それが……控室でお前の寝顔を見に行こうかなんて話してる馬鹿どもがいた。試合前にぶっ叩くわけにもいかないし」
「わかった。ヴィンの心配はありがたく受け取ることにしよう」
お許しが出たので椅子に座ろうとしたヴィンを、レイが座らせない。
「ヴィンが風邪をひかないか、僕も心配。一緒に寝よ」
「〇×△!!」
「嫌なら自分の部屋に戻って休んで。僕だって自衛できる。悪さする奴に容赦しないから」
ヴィンがいれば安心して眠れるが、ヴィンとの試合を望んでいるので、しっかり休んで欲しい。
レイが寝つくまでと、約束して、ヴィンは自分の部屋へ戻った。




