消えたハリー
王都の屋敷に戻ると、アナベル会いたさにリアンが来ていた。
引っ越ししてまだ三月もたっていないというのに。
「騎士団は誰が見てるの?」
「副団長に任せましたよ。セオもいるから大丈夫です。たまには私にも休暇をください」
「そうだな。たまにはゆっくり休むといい」
リアンは手土産としてアリアン、オニキス、オプシデイアンをウィステリアから連れて来た。無下に追い返すわけにもいかない。
「オプ君、また大きくなったね」
ルーカスも久しぶりに愛馬に会えて嬉しそうだ。台に乗って早速ブラシをかける。
ルーカスは動物が好きだ。フェレットの世話も率先して行っている。
「名前は決まったの?」
「シルバーです。洗い立てはキラキラして、シルバーみたいだから」
ヴィンとハリーがじっとレイの髪を見ている。
「そう……いい名前だ。大事にしておやり」
ルーカスはモノつくりも大好きで、レイを驚かせている。
「それは何?」
「ここをね。シルバーが踏むと、お水が出てくるようになってます」
「すごいね。自動で出てくるんだ。誰が作ってくれたの?」
「僕が考えたの。難しいとこはトーマスとミアにも手伝ってもらいました」
貴族は雑事を人に頼むことが多い。自動でという発想はあまりない。
「うちの子たちは優秀だな」
親馬鹿でもなく本当に素晴らしい発明だと思う。
ルーカスにはいずれアガサスの製鉄技術も学ばせたい。
リアンはアナとカフェ巡りをしていた。
可愛いお姫様の喜ぶ顔が最大の癒し。
「アナ様もアイラも王都中のカフェ制覇しそうですね」
「そうね。裏通りのカフェもリアンとフローレンスがいれば入れるし、全部回れるかも」
「全部まわった頃にはまた新作が出るから、また最初からまわらないとね」
太らないよう気をつけなきゃと笑う。
お茶を飲みながら外を眺めていると、スリを捕まえてと、叫ぶ声が聞こえた。
リアンが飛び出し、走ってくるスリを捕えた。
「ありがとうございます。命よりも大事なものが失うところでした。本当に助かりました」
外国から来た女性だった。きょろきょろしているところを狙われたのだろう。
「他にお困りごとはありますか? 私はウィステリア公爵に仕えるリアンと申します」
「ウィステリア公爵といえば、あの白銀の一閃様で間違えないでしょうか?」
「レイモンド様を御存じか。さすが我が主は外国でも有名だ」
「公爵様にお届け物があり参ったのですが、お会いできる伝手もなく、途方にくれておりました」
「とりあえずお屋敷へ案内しよう。まずは側近に話をしてみてください」
「リアン様。偶然とはいえ本当にありがとうございます」
「ヴィン。話は何だったんだ」
「それが……」
レイも困惑していた。
アンと名乗る女が持ち込んだのは、アガサスの元女王サンドラのブローチ。〈金緑石〉がはめてあった。
「なぜ僕のところに? これはアガサスの宝物でしょ」
「サンドラ様は亡くなる前にこれを私に託くし、白銀の一閃様に渡すよう最後の命をくださいました」
「これには何か意味があるの?」
「あの者たちに渡すくらいなら、私を止めた褒美に白銀に渡して欲しい、と仰っていました。弟君のアーロ様なら何かご存じかもしれません」
「ハリーすぐに調べてきて欲しい。危ない橋は渡らなくていい」
セオの片目を奪われたのだ。もうこれ以上は何も失えない。
「了解。今回は俺が行ってくるよ。姐さんはここで待ってて」
アンは見張り付きで、王都内の宿に留めた。
「また厄介なものが持ち込まれたな」
「ハリーを待つしかないな」
老人がレイの雑貨屋を訪れた。
「坊主はいるか」
「イーデン、温泉村からここまで来たの?」
イーデンはノルフロイド国の元騎士団長。
クローク国でもう相手の出来る者がいなくなったと武者修行に出たハリーの師匠だ。
今は引退し自由気ままに旅をして歩いている。以前温泉村でばったり出会い、レイとも顔見知り。
「うまい飯でも坊主に奢らせようと思ってな」
「すみません。ハリーは所用で幾日か留守にしています。僕が代わりに御馳走しますよ」
「公爵なら旨いものを知っているだろう。期待してるぞ」
「ええ、カフェなら行きつけもあるし、うちの料理人もいい腕をしていますよ」
「甘いものは好きだ。早速行こう」
カフェと聞いてアナもリアンを伴い同行した。
「可愛いお姫さんだな、お前さんに似ておる」
「娘ですよ。双子でもうひとり男の子がいます」
「白銀は妻子もちだったか。うちの孫娘をもらってほしいと思っておったのに残念じゃ」
「ハリーは?」
「あれはダメだ。孫娘とは喧嘩ばかりしおる」
「ハリーも素直じゃないからな」
「イーデン様。お父様がご一緒できないときは私が一緒にカフェをご案内します。お父様いいでしょ?」
「リアンも王都に詳しいので案内させましょう」
リアン勝手に休暇から仕事にして、休暇は別にもらうことにした。
十日が過ぎても、ハリーからの連絡はなかった。
レイはサンドラのブローチを手に、シルバーと遊ぶ双子を眺めていた。
「待って、シルバー!」
「あっ」
シルバーが光るブローチに飛びついた。
「こら、返しなさい」
「シルバーそれは大事なものだよ……」
カチ、と小さな音がした。
「お父様、ごめんなさい。ブローチの台がずれてしまったみたい」
「貸して」
ルーカスからブローチを受け取ると、少し台がずれている。
「お父様、ここに小さな出っ張りがあるよ」
ルーカスが細い指で押してみると、石は台から完全に外れ、薄い紙が出てきた。
レイはルーカスとシルバーにお手柄だとわしゃわしゃなでて、ヴィンを呼んだ。
「こんなものが挟まっていた」
レイがそっと破かないように広げてみる。
「アガサスのどこかだろうけど、さっぱりわからない」
「ハリーからの連絡も来ないし、きな臭いな」
ヴィンにもどこの地図かわからない。
「こうなったら、僕らも行こう」
「もう少し様子がわからないと、お前を行かせられない」
「ならあと三日。連絡なくても三日後には発つよ」
「わかった。リアンも連れて行く。いいな」
「いいよ。人選は任せる」
三日後。
レイはヴィン、リアン、トーマス、セオを連れてアガサスへ向かった。
面白そうだとイーデンまでついてきたが、アガサスとは行き来があったと聞き、道案内を頼んだ。
「セオ。無理しなくていいけど、それ本当に付けていくの?」
「モリーがどうしてもって言うから。主も慣れて」
セオの片目をハートが覆っている。随分と目立つ眼帯だ。
「どんな強い敵がきてもハートに目がいくから、その隙に逃げるか倒すかできるわ。聞き込みだってみんな警戒しないだろうし。……むしろモテたらどうしよ。可愛いは正義です」
大事な夫のために作った品。モリーナらしい。
「先にアーロの所に行こう。ハリーが訪ねているはずだ」
アガサス王都から遠く離れた領地にアーロはいた。誰にも知られず、幽閉といってもいい。
「こんなところへお客様が続けてくるとはね。今日は僕のためにおめかししてくれなかったの?」
レイは旅装の黒いマントに身を包んでいた。
アーロの視線から遮るようにヴィンがレイの前に立つ。
「僕の質問だけに答えろ。ハリーがここを訪れたはずだが、まだいるのか?」
「冷たい視線も好みだよ、ヴィオラ。ハリー王子なら来てすぐに帰った。まだ帰らないの? どこかで浮気でもしてるのかな」
「何を話した?」
「姉上のブローチが君の手元にあるんだって? 私に遺してくれないなんて、随分と嫌われていたらしい」
「何が隠されている?」
「君ならもう見つけたんでしょ? あれは王家だけが知る鉄鉱山への地図。まだ未開発だけどね」
「王家以外には知られていないのか……」
「嗅ぎつけたやつが、捕らえたんじゃないの」
「未開発の鉱山なら喉から手が出るほど欲しいだろう。なぜ秘密にする?」
「それは私にもわからない。姉上にとって、私は邪魔者だったからね」
ハリーの行方は、わからなかった。




