サンドラの遺産
アガサスの地図を手に入れ、鉄鉱山のおよその場所はわかった。
——これが世に出れば、戦になる。
山は突き出すように、カステル、ノルフロイド、クリフに挟まれていた。
王家が隠したがるのも無理はない。
鉄は魅力であり、脅威だ。
イーデンが怪しい人物を探し出した。
「あそこの館だ。元騎士団長の住まいだが、まるで砦だな」
ぐるりと堅牢な石壁で囲まれ、中は窺えない。
「鉄と資金を集めしている奴だ」
「イーサンは知り合いなの?」
「顔くらいしかわからん。戦には出てこない臆病者じゃよ」
「頭脳派なのかな」
「厄介な奴だ」
「罠でも行くしかない」
イーサンがふらりと立ち寄ったことにして、レイとヴィンは従者役となった。
「イーデン殿は我が国に何しに来られた?」
元騎士団長アルクは、急な客にも嫌がらず、丁寧すぎる対応だった。
「ただの物見遊山じゃよ」
「後ろの者は従者か? 随分と鍛えているな。さすがは大陸一の剣の達人についている者は違う」
髪を黒く染めたレイとヴィンが騎士礼で応えた。
「アガサスはどうだ? カステルへの賠償で大変じゃろう」
「新国王は倹約家な上、王家の財産、財宝を売りさばいて、賠償にあてているよ」
「それはまた賢王となられるのか、破産王となるかだな」
「どちらにせよ、騎士団は変わらず国を守るだけだ」
一行に客室が用意され、アガサス滞在中は世話になることにした。
夕食の席では、探りを入れても、気になる話は出なかった。
まだ話足りないイーデンとアルクを食堂に残し、案内された部屋で、レイとヴィンは首をかしげていた。
「随分と歓待されているじゃないか。何かおかしくないか?」
調った部屋に茶だ、菓子だ、風呂だと気を遣われる。
「明日はアルク殿と一緒に王宮へ行くことになったな。国王が何か知っているといいな」
翌日、アルクに連れられ、レイたちは王宮に向かった。
「やっぱりおかしい。挨拶だけのはずが、なぜ僕らまで舞踏会に出ることになっている?」
「それよりもお前にドレスを用意って、完全にばれてるよな」
「僕、すごいショック。女装が普通だと思われている」
着いた早々案内された部屋に入ると、メイドたちが待ち構えていた。
「納得がいかない。誰か話のできる人を連れてきて」
激しく抵抗するレイを、メイドがびくびくしながら、賓客用の応接室へ案内した。
そこには、国王、アルク、イーデン。
――そして。
そこに、ハリーがいた。
「説明して」
椅子にドカっと座り、腕組したレイが、ハリーを睨みつけた。
「アーロから話を聞いて、例の鉄鉱山を探って、黒幕を探していたら、とっ捕まって、王宮に連れてこられた」
ハリーはどこか楽しげだ。
「怪しい者が入国しているとアーロから遣いがきて、捕まえたら、なんとハリー王子。城中が大騒ぎでした」
国王もハリーを捕えたことは認めた。
「で? なぜ僕に鳩を寄越さなかった? どう見ても君、捕まった風には見えないけど」
ハリーはゆったりと椅子にもたれ、お茶を飲んでいた。
「国王とはアレス国で会ってるし、信用できそうだから、ぜんぶ話したんだ」
またレイに睨まれ、ハリーはカップをそっと机に戻した。
「まさか隠し鉱山とは。確かにあの場所では公にはできなかったんでしょうな」
「国王。黙ってて」
「……」
「それで?」
「クロークの王子が、なんで遣いぱっしりしてるのか聞かれてさ、姐さんの偉業とその魅力を語りまくった。でもそんな王族はこの世にはいないって、信じない」
金と権力と戦いしか好まない。どこもそんなものだと思っていた。
「アレスで、僕といろいろ話をしているはずだけど」
「あれは表向きだけで、本心は別にあるのではと、疑っておりました」
「国や民を守る。それだけだ」
王族なんて、公僕だとレイは言いきる。
「わがアガサスに……いませんでした」
「世襲制の良くないところだ。だがもう問題はないはずだ」
「はい。二度と特定の一族が治めることはありません」
「それで、なぜハリーを返さない?」
「たったひとりのために、動くなど信じられない。試しにハリー王子に留まって貰いました」
「この石頭は、姐さんが絶対に来てくれるって、いくら言っても、信じないんだ」
ハリーはやれやれと肩をすくめる。
「もう気がすんだだろう。ハリーを連れて帰る」
レイは机に地図とブローチを置いて、立ち上がった。
「お待ちください。それはウィステリア公爵がお持ちください」
「いらない。他国の鉱山なんて面倒なものに、一切関わりたくない」
「いくつかの国が共同で開発するのはどうでしょう」
「それは悪くない話だけど、なぜ僕に?」
「あのサンドラがあなたにならと遺しからですよ。私もあなた様にお任せしたい」
「また召集するのが面倒すぎる」
「そこはアガサスが取り計らいましょう」
「そうして。あといくつか確認したいんだけど」
「なんでしょう」
「これは、どこからこの流れになったの? イーデンは最初から知っていた?」
「アルク殿の屋敷で聞かされた。面白いことになったの」
ふぉっ、ふぉっと笑う。
「アルク殿は、鉱山を欲しがっていなかったか?」
「鉱山ではなく、剣を作るための材料を探していました。バーデットで一本残らず取り上げられ、今は見習いの使う剣しか残っていませんからな」
アルクは剣や防具作りの技術を買われ、団長になった。
砦のような館は、鉄を打つ際の音漏れ防止。近隣への配慮だったが、すごく紛らわしい。
「あと、なぜ舞踏会を開く?」
「それが留まることの交換条件です」
「ハリー」
「すんません。魔が差しました」
「中止にできなくても、僕が出なくても構わないよね」
「ハリー王子とその婚約者様が主賓なので、できればお顔だけでも、ちらっと……」
誰のための舞踏会か、説明できない。
「なおのこと出ない。ハリーもいいね」
「はい、我慢します。罰も受けます」
「ふふ。罰として君がドレス着たらどうかな?」
「えっ!」
「それはいいな、ハリー王女の誕生か」
ヴィンが笑いながら手を叩いた。
「俺が着たら、……ただの変態じゃん」
一瞬、ハリーが身震いした。
「主にすごく心配させたんだ。それくらいいいだろ」
隠れていたセオたちもレイに呼ばれ、大笑い。
「出番のなかった私たちにも、楽しみが欲しいよね」
「主を怒らせたハリーが悪いな」
なるほど……。
国王は羨ましげに、レイを見ていた。
ハリーは別室で、見事に余興と化した。




