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探し物

 翌日には熱も下がり、レイはブリジットと赤子に会いに行った。


「レイ、具合はどう? 無理させてごめんなさいね」


「もう大丈夫、心配かけてごめんね。ブリジットこそ体調は大丈夫?」


 レイは「正常だね」とブリジットの手首を離した。


「大丈夫よ。ありがとう」


「なぜ立ち合い経験のない僕を呼んだの?」


「もしもがあったら、お腹を切ってもらおうと思って」


「そんなこと僕にさせないでよ。念のためフローレンスを呼んでおいたけどね」


 まだ開腹は一般的ではない。どおりで医師を呼ばせないわけだ。


 フローレンスは麻酔や傷の縫合もできるが、もしもがなくて本当に良かった。


「レイはそこらの医師より、知識も腕も確かだわ。手ほどきしたのは私の父だしね」


 ブリジットの父は高名な医師だった。王家の主治医でもある。


「おやおや、レイちゃんも来ていたのかい?」


 産婆のルイーゼが母子の様子を見に来た。


 レイ達三兄弟も取り上げた大ベテラン。


 取り上げた子どもはみんな孫扱いだ。


「ルイーゼお婆ちゃんも元気そうだね。まだ現役とは驚いたよ」


「まだまだ動けるよ。おや、レイちゃんは顔色が悪いね」


「ただの寝不足。寝れば治るよ」


「一緒にいた娘は連れていないのかい?」


 ルイーゼは赤子の体重を計っていた。


「フローレンスはアナベルの護衛なので、いつも一緒ではないんだ」


「あの娘に産婆の経験をさせたいんだよ。見どころがある」


「うーん、本人にも聞いてみてからだけど。いいよ。お願いします」


「いずれアナにだって必要よ。私も賛成。いいと思うわ」


「ブリジット、やめて。僕、今泣きそうだよ」


 アナは大変ねと、皆が笑う。



 事務仕事を片付けたレオンと少し話し、レイは雑貨屋に戻った。


「今日は何から作ろうかな」


 レイが乾燥させた薬草を机に並べた。


「もう少し休め。また倒れるぞ」


「今年こそ冬までに完成させたい薬があるから、今は休めない」


「どうしても?」


「絶対に完成させる」


 こうなったらエリオットが来ても、言うことを聞かないだろう。


「もうひとり、誰か薬草士を置けないのか」


「これは、僕がやりたいことだから」


 レイとヴィン。お互いが譲らずに睨み合う中、エヴァが手紙ですとそっと封筒をヴィンに渡す。


「差出人はセイラだが中身はハロルドが書いている。読むか?」


「貸して」


 レイが手紙を読み始めると、興奮した様子で椅子から立ち上がる。


「すぐに隣国に行くよ」


「今から?」


「手がかりになりそうなものをハロルドが見つけて、知らせてくれたんだ。急ごう」


 すぐといっても国境を越えるとなると、それなりに準備が必要。館に戻った。


「ちょっと、いいかな」


 ハリーがレイの執務室に顔を出す。


「何? 今忙しいんだけど。君も出かける準備して」


「俺さ。あの幽霊屋敷が取り壊される前に、ちょっと探索してきた」


 聞きもしないのにハリーは話し始める。


「で、白い影の正体はわかったの?」


 幽霊と聞いてすぐにレイはヴィンの背中に隠れた。昼間でも怖い。


「これ見つけた」


 ハリーの手に大きな籠。


 中には白い生き物がいた。


「猫ではないよね。これはなに?」


「フェレット。迷い込んでたんだろうな」


 ハリーが聞いた悲鳴は鳴き声だったのだろう。


 正体がわかり、レイはヴィンの背から顔を出した。


「イタチの仲間? 匂いはしないね」


「先に獣医にみてもらった。可愛いでしょ。飼ってもいい?」


「可愛いけど、飼えるの?」


「猫みたいなもんだよ」


「双子が怖がらなければだけど……」


 呼ばれた双子は籠から離れない。


「きちんとエサをやって、体を洗って、掃除もする。世話できるかい?」


「きちんとお世話するわ。お願い。飼ってもいいでしょう」


「 飼い方を教えてください」


 もう双子に手放す気はないようだ。


 いつもなら泊りの外出を寂しそうにしてくれるのに、フェレットに夢中な双子は、いってらっしゃいのキスだけだった。


 セイラの実家は果樹園を営む子爵家。


 行儀見習いにひとり娘を城に入れたら、幸運にも王子の目に留まり婚約を結んだ。


 喜びもつかの間、王子は廃嫡され、王も失脚。なのに娘は帰ってこない。


 そして突然、婚約者の元王子を連れて帰って来た。


 次の縁談は難しいだろうと、あきらめた両親だった。


 その子爵夫妻が居間であわあわしていた。


 目の前に、突然訪問してきた隣国フェリシティの王子で公爵の対応に困っていた。


 簡素な服で、優雅にお茶を飲んでいる。


 護衛ふたりの方がよほど高位貴族に見えるのだが。


 ひとりはクローク国の王子に似ていないだろうか。


 深く考えないことにした。


「今ハロルドを呼んでいますので、少々お待ちください」


「このお茶も林檎パイも美味しいね。ハロルドはいいところに婿入りしたんだ」


 ハロルドとセイラは婚姻はしていないが、すでに婿扱い。


 大事にされているようでレイも一安心。


「お待たせしました。支度に手間取り申し訳ございません」


「手紙をありがとう。詳しく聞きたくて突然に来てすまない」


 以前より顔色がよく、日に焼けたハロルドとセイラがそろって居間に現れた。


 子爵夫妻はやっと来たかと、接待を娘に任せ、そそくさと部屋を出ていく。


 夕食と客間の準備を急がせなくては!


「今はこうして果樹園の手伝いをしながら、つつましく生活をしています。やり直す機会を与えてくださって、ありがとうございました」


 セイラの隣で生気の戻ったハロルドが頭を下げる。


「そのようだね。これからまだ人生は長い。ふたりで頑張って」


「はい」


「手紙に書いてあった村はここから近いの?」


「馬車でも二時間くらいです。早速ですが、馬で行きましょう」


 よろしく頼むとレイは立ち上がった。


 ハロルドは片手で器用に馬を乗りこなしていた。


 ここでは馬での移動が便利なのだと笑う。


 村に着くとすれ違う村人が、親しげにハロルドと挨拶を交わしている。


「随分と馴染んでいるね。元の身分は知らないの?」


「知っています。最初は怪訝そうな顔で邪険にされましたが、村の困りごとを聞いているうちに、今では酒も出してくれるようになりました」


 あの父王さえいなければ、ハロルドも優秀な後継者になれただろう。


「あの家です。オリビア様と同じ感染症にかかっても重症化せず、回復した者が住んでいます」


「こんにちは。突然にすみません。話を聞きに来ました」


「ご用はなんでしょうか……っこいい」


 出て来た娘が固まった。


 扉を開けたら王子様級のイケメンが四人も並んでいたのだから、驚くのは無理もない。


「感染症のことで聞きたい。主人はいるだろうか」


 この紫の瞳の方からいい匂いがする……いや正気を保て!


「中へどうぞ。父を呼んでまいります」


 お父ちゃん! 来て !すぐ来て! 早く!


 娘に背を押され、連れてこられた父は、訳もわからず立ちつくしたままだ。


「高貴な方々がおそろいで、何を聞きに来たのでしょうか」


「咳と高熱のでる感染症にかかっても重症化しないで回復したと聞きました。どのような経過をたどったのか、教えて欲しい」


「いつもの冬になると皆が罹る、渡り鳥風邪のことですかな」


「渡り鳥風邪?」


「どうも渡り鳥が病を運んでくるらしいので、渡り鳥風邪と昔からこの村では言っております」


「そんな感染経路があるとは知らなかった」


「この村では毎年なので珍しくもないんですよ。体がいつもより寒くて寒くて高熱が出る前に……これを飲むだけです」


 すぐ後ろの棚から出した袋には、乾燥した薄茶の実が入っていた。


「少しもらってもいいだろうか。これ自生? 栽培しているの? その場所にも案内してほしい」


「案内も何も、裏庭にありますよ」


 裏庭に出ると低木に生るその実を手に取る。


 こんなところに、あったとは……。


 あの頃は隣国と友好的でなく、行き来もなかった。


 あの時、これがあれば、どれだけの……。


「ただこの実も元々体の弱い者には強すぎて、与えられないのですよ。誰でも飲めるようになればいいですな」


「そうだね、どんな薬も副作用はあるし、向き不向きはある。それをこれから誰でも飲めるように僕が研究するよ」


 レイが涙をこぼしながら、村人に必ず作ると約束をした。


 子爵邸に戻ったレイはまだ興奮していて実の入った袋を離さない。


 すぐに試したいのだろう。


「今日は移動も長かった。休んでから仕事してくれ」


「そうだぞ。姐さんが倒れるのは、もう見たくない」


 ハリーもレイの体調をずっと気にしていた。


「言うことを聞いて、今日は大人しくしているよ」


「そうしてくれ。ハロルドが話をしたいみたいだ。さっきから待ってるぞ」


「そうだお礼を言わなきゃ。呼んできて」


 今まで大迷惑ばかりかけて、次こそは役に立ちたいとハロルドは常に考えていた。


 別件で訪ねた村で病の話になり、もしやと思い、聞いて回った。


 あの旅の一座も立ち寄っていたことがわかり、同じだと確証を得て、手紙を出したのだ。


「ハロルドの大手柄だよ、本当にありがとう。帰国したらブリジットにも相談して新薬を完成させる」


「もっと早く見つけていれば、助かったかも。……後悔しかありません」


「僕は一度だって旅の一座も、君も恨んだことはない。でも同じ病で苦しむ人が救えるならと、今まで探し続けていた。だから顔を上げて」


 優しく笑いかけるレイを見て、ハロルドはまたうつむいた。


「どうしたの?」


「やっぱり、まだレイモンド様が好きです。その笑顔を見たら、またおかしくなりそうだ」


「君はもう大丈夫なはずだよ。セイラの顔を見たら、僕の顔なんてすぐ忘れるさ」


「そうだぞ。姐さんは俺の婚約者だから、誰にも渡さないし」


「もうそれやめてよ。また本に書かれて、本気にされる」


 きゃんぎゃんと騒いでいると、うるさいとふたりの頭をヴィンがポカポカと叩く。


「お前ら、夕飯前によくそんな食えるな」


「パリパリして美味しいよね。いつもは食え食え、言うくせに」


 レイとハリーは林檎のチップスを先ほどから食べ続けている。


「パリパリが止まらない。林檎酒もお代わりくださーい! シュワシュワしてうまい」


「僕もシュワシュワ欲しい」


「飯は残すなよ」


 ヴィンもシュワシュワをがぶ飲みしていた。


「ヴィンママはうるさいと嫌われるぞ」


 黙れとハリーの頭はバシンと叩かれた。


「お代わりはいかがですか?」


 セイラが山盛りの林檎チップスを持ってきた。


 続くメイドは綺麗にカットされた果物の皿をテーブルに置く。


 林檎のウサギも盛られていた。


 ハロルドがぽかんと三人を見ていた。


 先ほどまで、すごく真面目な話をしていたのに……。


 三人のやり取りが妙におかしい。


 レイが憧れの貴公子の顔でなく、リスのように頬を膨らませてパリパリ食べているのを見ていたら、笑いがこみあげてきた。


「セイラもハロルドの横に座って食べなよ」


「あら、まるで侍女の休憩室みたいですわ」


「大勢で食べた方が美味しいよね。ハロルドも見てないで食べなよ」


「……いただきます」


 ハロルドは林檎のウサギを口に入れた。


 そして輪になって食べて、話して、笑った。

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