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レイは立ち合う

 王都の新しい館が完成し、レイたちは荷物を運び入れた。


「棚が埋まるか心配だったけど、いい感じに、小洒落た店になったね」


 二号店ではウィステリア染めの布に刺繍をさした小物がおかれる。


 経験の浅いお針子が刺したもので、王都で購入されれば彼女たちの収入にも、自信につながる。


「お前、ほんとに領も領民も大好きだよな」


「当たり前でしょ。領主なんだし、自分がずっと住みつづけたい場所にしていくよ」


「レイ様、薬の確認お願いします」


 ポールもエヴァも張り切って準備していた。


「王都では風邪や腹痛、胃痛。内科系の薬を多めに準備して」


 騎士団にも守備隊にも薬草士は常駐しているので、傷薬は領ほどには必要ない。


 開店準備をしていると、お腹の大きくなってきたブリジットが顔を出した。


「レイ、あとで診療所に来てちょうだい」


「ブリジット、お世話になるよ。よろしくね」


「この間、授乳中の母親にキャベツの葉をシップ代わりに渡したでしょう。半信半疑だったけど痛みが取れたって喜んでたわ」


「雑貨屋に来ていた母親から聞いたんだよ。その人も改善してよかった」


 女医は少なく、ブリジットを頼る女性は多い。


「妊婦さんにオススメのブレンドティー。飲みすぎないでね」


 レイが紙袋をブリジットに渡した。


「オリビアも飲んでいたお茶ね。ありがとう」


 ブリジットは優しくなでながら、お腹の子に語りかける。


「叔父様からお茶をいただいたわよ。帰ったら飲みましょうね」


「ブリジットも、もうすっかりお母さんだね」


「だって双子がすごく羨ましかったし、メイベルも可愛いし、早く会いたいわ」


「お腹、触らせて」


 手伝いをしていたアナもブリジットのお腹をなでる。


「動いた! ブリジット叔母様! 今、動いた!」


「すごく元気なの。男の子かな? あと少しよ、楽しみだわ」


 またねとブリジットが腰をさすりながら帰って行った。


 開店初日の朝。


 白衣風の制服を身に着けたポールとエヴァが、緊張した様子でカウンターに立っていた。


「いらっしゃいませ、だけでいいのかな」


 カチコチに固まったエヴァが、ポールに小声で確認した。


「ウィステリアと変わらないよ、貴族様がきても第一声は、いらっしゃいませだ」


 やや緊張気味のポールだが、エヴァには気づかれないよう平静を装っている。


「そうよね。がんばりましょう」


 カランカラン。


「いらっしゃい……」


「私が一番ね。お祝いをお持ちしました」


 顔が隠れるほどの大きな赤い花束を持った、赤髪のご令嬢が入ってきた。


「……いらっしゃいませ?」


「これがご愛用の入浴剤かしら。これいただくわ。あとこれも……見つからないうちに……」


 カウンターに次々と商品がおかれ、会計をすませると、そそくさと帰った。


「……ありがとうございました」


「すごく急いでいたけど、見つからないうちにって、誰に?」


「あっ、レイ様、今、貴族のお嬢様からこれをいただきましたよ」


「見ていたよ。花は外の、一番目立たないところに飾っておいて」


 目立たないところって、どこ? 


 その日は一日中レイも店に立ち、祝いを持って来た貴族や、通りがかりにのぞきにきた客の対応をした。


「初日にしては売上上々だ。しばらくは僕も店に出るよ。僕がいないときはフローレンスに来てくれるよう言ってあるから心配しないで」


「良かった。貴族様が来ると、すごく緊張します」


「慣れだよ。困った貴族客が来たら顧客名簿に書かせるか、名前を聞いておいてね」


「聞いてどうするんだ?」


 ヴィンは荷物運びに駆り出されていた。


「聞くだけで大方の者は黙ると思うよ。ここ王族経営の店だから」


「さすが姐さん。でも困ったらいつでも言いな、俺も黙らせる方法は知っているから」


 同じく駆り出されたハリーも手を休め、いつでも頼れと親指を立てる。


 雑貨屋の両隣がこの国の二大公爵の住まいだと知らない貴族はいないが、どこにでも困った客はいる。


 やっぱり貴族様は怖いなと思う、ポールとエヴァだった。


 昼から酷い嵐になった。

 雨風が窓を打ち付ける。


 もう客は来ないだろうと、レイが店じまいを始めていると、レオンの屋敷から遣いが来た。


「レイモンド様、ブリジット様が破水されました。すぐに来ていただけないでしょうか」


「産婆はどうしたの? 僕では役に立たないよ。それに少し予定日より早くないか?」


「実は産婆の孫娘がちょうど予定日で一昨日から出かけているのです。遣いを出しましたが、この嵐では明日の朝になるかもしれません」


「とりあえず行こう。ヴィン、フローレンスを連れてきて」


「わかった。先に行ってくれ」


 大雨の中、レイは隣の兄の屋敷に向かった。


「レイ、少し早いけど陣痛が始まっているわ。お産婆さんが来るまで、ここにいてくれると助かる」


「わかった。初産だからすぐにはすすまないよ。到着までに準備をしておこう」


 レイも白衣に着替えた。


「こんなことなら、オリビアの時に立ち会ってもらえば良かったわ」


「僕でも無理だ。たぶん倒れる」


「レイ、私はどうしたらいいのかな?」


「レオ兄様はブリジットの側にいてくれればいいよ」


「わかった。ブリジット、痛いのか? 我が子には会いたいが、これは辛そうだな」


 レオンもどうしていいかわからず、途方にくれていた。


「大丈夫ですよ。腰をちょっと強めに押して……そう楽になるわ」


 レイは脈をとり、陣痛の間隔を計り、清潔なタオルなどを用意させた。


「何か食べられそうなら、口に入れた方がいいよ」


 小さなサンドイッチと水を差し出す。


 陣痛の間隔が狭まるが、まだ大丈夫……。


「まだ着かないのか」


 レオンは焦りが隠せない。時間が経つのが遅い気がする。


「外も明るくなってきたね。雨も小やみになった。もうすぐ着くよ」


 レイも焦っていた。


 このまま産婆が来なければ、妊婦のブリジットに聞きながら、取り上げるしかない。


 男性医師ではどうしても嫌だと、ブリジットが呼ばせなかった。


 なら自分は?


 家族だからいいのだと言う。


 知らない産婆も嫌だと言われたら、どうしようもない。


 朝になり、痛みの間隔がさらに短くなる。


「レイ……もう限界かも……レオン様は部屋を出て」



「フローレンス、入って。消毒薬を僕にかけて欲しい」


「わかりました」


 同じく白衣を着たフローレンスが大きな瓶を抱えて入ってきた。


 入れ替わるようにレオンが出ていく。


 出産経験のある侍女も手伝いに呼ばれた。


「レイ、みんなもお願いね」


 子宮口の開き具合を確認したレイがいよいよだと皆に伝える。


「ブリジットが落ち着いてくれていて助かる。じゃ、ゆっくり呼吸して」


 ぎりぎりまでがまんして、いきむタイミングは出産経験のある侍女が出した。


「ブリジット、もうすぐ会えるよ」


 励ますことしかできない。


 ブリジットが痛みに耐え、大粒の汗を流しながらいきむ。


 荒い息と痛みをこらえた声が、部屋に響く。


「肩が出てくる、もうすぐ……」


 タオルを広げ、赤子を受け取ろうと、レイが待ち構えた。


 その時、ばたんとドアが開き、産婆が入ってきた。


「お婆ちゃん待ってたよ!! あとはよろしく」


「最後までいなさい」


 ベテラン産婆のルイーゼがレイを呼び止めた。


 ブリジットもいてくれと言うので、側で見守ることにした。


 それからは、あっという間だった。


「産まれた……」


 まだへその緒はつながったままだ。


 レイは一言しか出せなかった。


 その後、優しくタオルに包まれた赤子が泣き出した。


「早く顔を見せて」


 涙を流すブリジットは、もう痛みを忘れていた。


「母子共に無事とレオン様に伝えてきておくれ」


 産婆に言われ、レイは白衣も脱がず、ふらふらと廊下へ出た。


「レイ! 泣き声が聞こえたが、どっちだ?」


 レオンがレイの肩をつかんで揺さぶる。


「母子ともに無事、安産だったよ。男の子だ」


 レイはずっと放心状態のままだ。


「もう、入ってもいいですよ」


 にこにこと笑ったフローレンスが呼びに来た。


 レオンが素早く中へ入ると、廊下まで歓喜の声が聞こえた。


「お疲れ、ほら」


 ヴィンが水の入ったコップを差し出すと、一気に飲み干す。


「僕は医者ではないけど、医学書を読んでいて良かった。でも、実際には何も役に立てなかった」


「そんなことないだろ」


「出産って神秘だよね、母子共に初めての経験なのに、ちゃんと産まれてくるんだから」


「産婆が間に合って良かったな」


「……」


「おい、どうした?」


 極度の緊張から解放されたレイの意識が、ぷつんと切れたのだろう。


 そのまま仮眠させて、レイの館に戻った。


 湯あみがしたいというので、メイドに用意をさせた。


 レイはまだふらついていた。


 ヴィンが浴室の前で待っていたが、なかなか出てこない。


  おかしい。

 ――音がしない。


 レイはいつもひとりで入る。

 貴族なら湯あみにも手伝う者をおくが、レイは嫌がる。


「入るぞ」


 返事はないが扉を開けると、レイが湯船にもたれかかかり、気を失っていた。


「おい! 起きろ」


 呼んでも返事がない。


 置いてあったタオルを体に巻き付け寝台に連れていくと、少し熱っぽい。


 雨に濡れたまま一晩付き添った。


 引っ越しや開店準備に追われ、最近はまともに休む時間が、まったく取れていなかった。


 ――倒れるはずだ。


 ヴィンはレイの頬をなでた。


 せっかくここ最近は食べるようなって、少し体重も増えていたのに、また戻っていた。


 いつもは手袋で隠しているが、薬草の煮汁でかぶれたのか、ただれていた。染まった指先にはペンだこ。


「頑張りすぎだ。馬鹿か」


「うん……」


「目覚ましたか」


「あれ、どうしたっけ。たしか湯あみしたくて……」


「風呂で倒れてた」


「うわっ、全裸! もう婿にいけない」


「……行く気なんて、あったのか」


「ないけど」


「とにかく今は寝てくれ。ポールに薬もらってくる」


「もう少し、いてよ」


「わかった」


 目を閉じると、すぐに寝息をたて始めた。


 相当疲れが溜まっていたのだろう。


 自由気ままに動いているように見えて、領主の務めから雑事までこなした上、最近は空いた時間を新しい薬の研究にあてていた。


 俺は敵から守ることしか、考えていなかったかもしれない。


 ……どうしたらいい? 


 エリオットならうまくレイを休ませ、仕事も手伝えるはずだ。

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