レイの弟子たち
幽霊屋敷に戻ると、メイド長アメリアと護衛騎士アズール、園丁ガストンが呼び出されていた。
「レイ様は、もうお忘れでしょうか?」
幼いレイがこれ持っててと、拾った赤い実。
うっかり潰してしまい、ドレスに赤黒い染みを作ってしまった。
レイがどうにかしようと、ついには、ハサミで切り抜こうとしたのが先日のドレス。
「小さな手で一生懸命してくださったのが嬉しくて、とっておいたんです」
「……あの時か。服を台無しにしてごめんね。そうだ今なら新しい服を買ってあげられる」
「すぐに王妃様が代わりのものをくださいましたよ」
「僕もアメリアに贈りたい。あとで選びに行こう」
「こんなに優しくご立派になって。アメリアは嬉しゅうございます」
アメリアはハンカチを目にあてた。
相当手こずったであろう王子が、今でも可愛い。
「花壇には僕は何したかな? 沢山ありすぎて。ごめんね」
次はガストンの番だ。
「入れ替えして耕した柔らかな土の上に、何度もダイブしてましたな」
「あれ楽しかったから。周りも汚してしまったね。仕事を増やして申し訳なかった」
「その後は手伝うと種まきから水やりまで頑張ってくれました。花が咲いたときは王妃様を呼びに行って、やんちゃですが可愛いお子でした」
再現するのに孫まで呼んだそうだ。
ガストンは顔をしわくちゃにして笑う。
最後はアズール、水浸しにした絵画は偽物。
レイを追いかけ何度も池や川、水たまりの中に入った。
いつも大判のタオルを持ち歩き、レイが風邪をひかないように拭いてやった。
「アズールに見つからないように隠れるのが大変だったな」
「レイ様は足が速くて、いい鍛錬になりました」
ヴィンとハリーは今もあまり変わらないとぼやく。
「ほのぼのしたいい話ばっかじゃないか。全員甘すぎ。もっと懲らしめろ」
「ヴィン、僕はいい子だったんだよ」
「天使だ、姫だなんて言われてたが、とんでもない悪童だよな」
「幼い頃に俺ら三人出会ってたら、城中水浸しの泥だらけだったな。大人になってからで良かった」
ハリーも相当やらかしている。ヴィンだって同じようなものだろう。
悲鳴に聞こえたのは隙間風か何かだろう。幽霊じゃない。
「あの白いモノは何だったの?」
「あれは……気にするな」
「……」
新しい館が完成するまでには、まだ時間がかかる。一旦領に戻ることにした。
雑貨屋は大忙しだった。
二号店開店にむけた薬作りと店番選び。
教会から学びに来ている五人の中から選ぶ。
レイも王都に通って、薬草作りとブリジットの手伝いをするつもりだ。
「うちも商品増えたな」
アナたちの手作り人形、クロークの魚の瓶詰、ソフィアの店で出たケーキの切れ端などが所狭しと並ぶ。
最近ではルーカスが王都で選んでくる絵本が大人気になっていた。
レイが最初は薬と貸本だけだったと、懐かしみながら、ひとつひとつ手にとった。
「雑貨屋だからな」
「ケーキの切れ端以外は持っていけそうだね。並べるのが楽しみだよ」
「誰にしたんだ」
「それなんだよね。ポールと誰にしようかな」
「相性もあるからな」
「それと双子は王都に住まわせる」
「それは?」
「第一に教育面。社交もさせたい。あとは危険回避だ」
移動中はもっとも警戒が必要だからだ。
「お前はいいのか」
「本当は片時も離したくはない。僕が領と行き来する」
「ソフィア様は?」
「先に話したらそれでいいと。顔見せに連れてくるさ」
「わかった。館が完成しだい引っ越しだな」
アナには親友のアイラと別れたくないと泣かれたが、アイラの両親は以前から王都の親戚にアイラを預け、色々学ばせたいと考えていたらしい。
王都でも会えると聞いてアナもやっと承諾してくれた。
一番抵抗したのはリアン。
騎士団長を辞めてアナに付いて行くとごねたが、レイの護衛で毎回ではないが連れて行くと約束して、渋々領に残ることになった。
「リアンはアナを特に可愛がっているからな。離れたくないんだろ」
「幼い頃に亡くなった妹を思い出すらしい」
リアンは幼い妹をとても可愛がっていたそうだ。
レイは弟子たちが薬草作りをしているところを見ていた。
年長のポールは控えめだが努力家。他の子の面倒もよく見ている。
気になるのがポールのひとつ下のイーサン。要領がよく、教えたことは一度で覚える。
ただ割り当てられた分が終わると、他を手伝おうとはしない。
空いた時間は自分の勉強にあてたいのだとい言う。
「協力すればみんなが早く終わるよ。少し手伝ってはどうかな」
イーサンがひとり、帰り支度を始めていた。
「自分の分は終わりました。手伝えばその子のためにはならないでしょう。薬草を扱う機会をとるわけにもいかないです」
「それはそうなんだけど」
「今日レイモンド様に教えていただいたことを復習したいので、帰ります」
「気を付けてお帰り。また明日ね」
真面目は真面目。ひとりで店を持つなら問題ないだろうが、ここには仲間がいる。
見送った小さな背中に、頼ることも、頼られることも、覚えて欲しいとレイは願った。
小さな女の子を抱いた母親が雑貨屋を訪れた。
昨日風邪薬をもらったがどうしても娘が飲まなくて困っているという。
イーサンが飲まないと酷くなるよと女の子の口に無理やり流しこもうとして、母親も困り顔だ。
「代るわ。これならどうかな。甘くて美味しいよ」
弟子唯一の女子エヴァが水飴に風邪薬を混ぜ込み、スプーンを差し出した。
「苦くない。これなら好き」
女の子はもっと欲しいとねだる。母親もこれで一安心とお礼を言って帰っていった。
「薬は水か白湯で飲ませるべきじゃないか?」
「飲まないよりは飲んだほうがいいし、水飴くらいで効能はかわりません」
「でも……」
「イーサン、大人なら苦かろうが飲むよ。でも子どもはそうはいかない。僕もお年寄りには粉を喉に詰らせないように、とろみのついたものと混ぜたりするよ」
「レイ様はいいのです。僕たちはまだ正式な薬草士ではないのです」
「僕は君たちを認めて店を任せている。自信をもって。もし迷うことがあれば遠慮なく聞いてほしい」
「……わかりました」
ある日、背中に大火傷を負ったパン職人が運び込まれた。
焼き窯に過って背が当たって重傷だった。
レイは今いない。弟子たちだけで何とかしなくてはならない。
「まずは冷やすよ」
ポールが服を切り裂き、エヴァも治療の準備に動き出す。
経験の浅いトミー、ジェイクも自ら水を汲みに行った。
しかし、イーサンは動かなかった。
「次はどうするんだっけ」
「レイ様はこれを使っていたよね」
「そうだ。患部を保護するよ。みんな、もう一度手を洗ってきて」
「レイ様に聞いてから処置した方がいいよ」
壁際に立ったまま、イーサンが口をはさんだ。
「イーサン、今レイ様はいない。帰るまで待つの? 患者は痛がってるよ」
「でも……」
「ポール、続けて。イーサンも手を洗ってきなさい」
知らせを聞いて急ぎ戻ったレイが後ろから声をかけた。
だがイーサンは手を洗っても、手伝おうとはしない。
応急処置をした職人は診療所に移され、戦場のようだった雑貨屋も静かになった。
「イーサンはなぜ手伝わなかったの?」
「両親は火事が原因で亡くなりました。処置が悪かったのか、ばい菌が広がってしまって……」
「そうか。間違えがあったら、また亡くしてしまうと思ったんだね」
「僕は怖いです。教えてもらった以外のことはできない」
「ポール達もご両親を診た者も、患者を前に出きる事をしよう。間違って後悔するくらいならやめよう、なんて考えが頭になかったとのだと思うよ」
「もし死なせてしまったら、僕は一生後悔する……」
「僕らは神様じゃない」
レイはおいでとイーサンを抱き寄せ、優しく背中をなぜる。
「これは心の治療。大火傷を見て、ご両親を思い出しただろうに。君は目を背けなかった。頑張ったね」
イーサンがレイに身を預け、泣いていた。
「間違いは誰だって怖い。でもみんなで知恵を出し合えばできることも多いよ」
イーサンは、小さくうなづいた。
それからイーサンは皆の手伝いもするようになり、習ったことを皆で復習するようになった。
聞き漏れもなくなり、新しい発見もあり、五人はさらに腕を上げる。
「王都の店は、ポールとエヴァに任かせたい」
ポールは「はい」としっかり答え、エヴァはまさかと驚いている。
イーサンは残念そうだ。
「イーサンにはここを任せる。トミーとジェイクのことも。どちらの店にも僕は顔を出すがずっとはいられない。よろしく頼むよ」
イーサンはお任せくださいと笑顔で答えた。
「お前がたまに大人に見える」
「なにそれ。僕は大人です」
ゴリゴリと薬草をつぶしていたレイが、疲れたと甘い菓子をヴィンから受け取っていた。
菓子より飯を食えと言われるが、手を出せばいつでも好きな菓子が出てくる。
「教会の子だけじゃなく、領内で薬草士になりたい子がいたらまた受け入れたいな」
「そうだな。まだまだ足りない」
それを隣で聞いていたアナがそれなら私も習いたいと言い出した。
「私のような目の悪い子や困っている人をお父様のように助けたいの。まだ難しいことはわからないけど、薬草を分けたり、干すお手伝いならできるわ」
「アナがそんなこと考えていたなんて。父様はとても嬉しいよ」
「仕分けは一緒にいたしましょうね」
フローレンスも嬉しそうだ。
レイは足取りも軽く、また薬作りに戻って行った。




