兄たちは遊びたい
兄離れ宣言をしてから、レイの行動は早かった。
王都滞在の時は王宮の、子どもの頃からの私室を使っていたが、双子も大きくなった。
何よりハリーはあれでも王子だ。
来るたびに客室を用意しなければならなかった。
「俺のために、新居を用意してもらって感激だな」
「馬鹿は放っておこう」
「そうだな。商談も来客も、いちいち応接室を借りなくていいな。手続きが面倒だった」
エリオットが全て手配していたが、今はヴィンにほぼ引き継がれている。
手間が減るのは大歓迎だ。
いくらでも部屋を用意すると兄たちに言われたが、そう甘えてもいられない。
今後も双子を預けたい時用にレイの私室は残してある。
新しく王都に購入した屋敷には、子どもの頃から仕えてくれているメイドと園丁、走り回るレイを追いかけていた騎士、ウィステリアの傭兵が雇われた。
「警備も万全、居心地最高、もう俺だけ離れた客室に追いやられなくて済む!!」
「さすがに王族のプライベートエリアに他国の王子を泊められない。今までお客様扱いで悪かったね。ここでは思う存分働いてもらうよ」
「……ほどほどがいいです」
ハリーは早速、周辺の情報集めに行かせられた。
「ちょっと古いけど趣がある。修繕すれば大丈夫だろう。王宮にも近いし、広さもちょうどいい」
壁にかかる風景画を眺めながら、レイもこの館が気に入ったようだ。
「厩舎がでかいんだ。いいだろ」
「ヴィンの物件選びはそこ重視か」
「いや、エリオットたちが選んでくれた中の一件だ」
「エリオットたち?」
「殿下方も選んだそうだ。良かったな」
「また子ども扱い。そろそろ弟離れをして欲しい」
「お前にも、殿下たちにも、絶対に無理だよ」
外から帰ったハリーの報告を、レイが真顔で聞いていた。
「出るって。……何が? やっぱり言わなくていい」
「どうせ古い館にあるあるの、ゆうれ……ぐぐぐ」
ヴィンがハリーの口を塞いだ。
「何も聞いていない、もう僕は大人だ。信じない」
「見回りは終わっている。不審なものは何もなかったから安心しろ」
「ヴィン」
「わかった。寝るまでな」
その夜からレイは寝るまでヴィンに側にいるよう、約束させた。
翌朝、メイド長のアメリアが赤黒い染みのついた、それも切り刻まれた女性の古いドレスを持ってきた。
「レイ様、朝掃除をしていたら階下の部屋にこんなものが……」
レイが固まった。
「あれだ。ネズミでも出たんだろう。気にするな」
ヴィンが明るく、処分していいとアメリアに頼んだ。
「地下室って、僕はまだ見てないんだけど。……何があるの?」
「食糧庫と洗濯場だな。ネズミが巣でも作ってんだろう」
「そうだよね。前の家人が忘れていったドレスをネズミがかじったに違いない」
二日目は裏庭で、花壇が荒らされていた。
「人が這ったような跡が……」
「あれだ。犬だ。野犬がいたら危ないな。すぐに捜索させよう」
「ヴィン、犬は這わない。まさか大蛇でもいるのかな」
「どちらでもいい。園丁に探させる」
「……」
三日目は壁の絵画が水浸し。
「雨漏りでは……ないよね」
「それと夜中に、どこからか悲鳴が……がが」
ヴィンがハリーの口を塞ぐ。
「僕には何も聞こえていない。とにかく原因を調べて」
「気にするな。隙間風と、配管でも壊れているんだろう。すぐに修繕させよう」
「ヴィン」
「今日はハリーと片時も離れない」
「そうして」
夜、仕事を終え廊下に出たレイの目の前を白い何かが横切った。
声も出せないレイを、どうにかひっぱり寝室へ連れて行く。
「……絶対に……何かいる」
「幽霊なんていない。お前を恨んでる奴はいても化けて出ないさ」
「でもおかしなことが起きているじゃないか」
「落ち着け。今、茶でも持ってくる」
「ねえ、ハリーはどこ? 夕方から姿を見ていない」
「そういえば、いないな。黙っていなくなるなんて。どこに消えたんだ?」
「ヴィン」
「わかった朝までここにいるから。寝れるか」
「無理。宿とるか王宮に戻る」
「わかった」
――王宮へ戻った。
「レイ、青い顔してどうした?」
兄アルバートが優しくレイの肩を抱く。
「何でもありません。館の修繕が済むまでここにいます」
「レイ、何か欲しいものはないか?」
次兄レオンも気遣ってくれる。
やっぱり兄様たちは優しい。僕は世界一の兄たちを持った。
兄たちに甘やかされ、お茶を飲んでいると、エリオットが顔を見せた。
「なんだ、もう根をあげたのか」
「うん?」
エリオットが、含みのある笑みを浮かべた。
「エリオット兄様は、なんで笑っているのかな?」
レイの背に、ぞわりと嫌な予感が走る。
たが、もう何かを勘づいている。
「ごめんレイ。この間、「もう兄様の部屋に行かない」、兄離れ宣言とやらをするから」
アルバートがポンポンとレイの頭を叩く。
「十年以上も! 僕を騙して散々怖がらせてさ! 兄様たちも弟離れしなよ」
「許せ。私たちに黙って館を買おうとするからから、ちょっと遊んであげようかと」
「遊ぶ? あれは遊びとは言いません。本当に怖かった。……まさか、全員グル?」
「みんな嫌々だったが、協力してもらった」
「ヴィンも?」
「殿下たちには逆らえない。……命が惜しい」
「ハリーは?」
「ここにいます。引きつった顔の姐さんも可愛いらしかった」
レイはむくれた。
もう絶対帰りたくないくらいに怖かった。
思い出しただけで鳥肌がたつ。
「レイ、明日一緒に出掛けよう」
「嫌と言っても馬車に乗せるんでしょ」
「そうだね。楽しみにしておいで」
「ヴィン」
「今夜は王宮だが側にいよう」
「ハリー」
「俺も入れてくれるの? 飲む? カードでもする?」
「僕はゆっくり寝るから、二人は部屋の前で、朝まで立っていなさい」
レイは部屋の明かりを消さずに、ベッドに潜った。
翌日もまだ不貞腐れたレイを馬車に乗せ、目的地まで兄たちは何も言わなかった。
「着いた。さあレイ、機嫌なおして」
先に降りたアルバートがレイを手招く。
「……新しい館が二軒」
「ここは私とレイの館。実は手ごろな土地が手に入って、レイに内緒で建てていたんだ」
「レオ兄様!!」
「エリオットにも協力してもらって、双子にも快適に過ごせるようにしてある」
「忙しいって言ってたのは、これか」
「ウィステリアとオルレアンと王都を一週間おきに回ったよ」
「アル兄様、あそこは何?」
二軒の館の間に、小さな建物が2軒並ぶ。
「あそこはレイの雑貨屋二号店になる」
「ブリジットが診療所を欲しいっていうから隣に建てた。レイの民間療法も取り入れたいらしいよ」
レイは薬草士でありながら薬草店としない理由。
お婆ちゃんの知恵袋、民間療法も大事にしていたから。雑貨屋なら薬以外も気軽に置ける。
「嬉しい! もう何て言ったらいいか、わからないよ」
「レイがもう私たちの部屋に来ないなら、私達が訪問するからね」
「また、秘密の会議をしよう」
最初にアルの部屋をノックしたのは、母への誕生日プレゼントの相談。
幼いレイは兄に真っ先に聞きに行った。
レオンも交えて決めたプレゼントの押し花を、母は今も大事にとってくれている。
「もうあの古い館は要らないね。実は購入はしていない。取り壊す前に少し使わせてもらっただけだよ」
「僕はまだまだ兄様達が必要みたいだ。いつから住める? 双子も呼ばなきゃ」
僕には世界一最高に優しい兄が三人いる。
今日は記念日のお茶を淹れよう。




