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もうひとりのレイ

 いよいよレオンとブリジットの結婚式が執り行われる。


 レイも双子を連れて王宮へやってきた。


「……僕はこれから、どこへ逃げ込めばいいんだろうか」


 レイは少し落ち込み気味。


「逃げ込むなよ」


「俺はいつでも姐さんを歓迎します」



「エリオットから衝撃なこと聞いたから、もう兄様達の寝台に行かない。……兄離れって突然やってくるんだね」


 十歳の頃のおねしょ事件。


 あれはレイを大人しくさせるために仕組んだと聞かされた。ずっと騙さていたわけだ。


 兄三人の悪企み。たぶん発案者はレオン。


 レイを夜中に抜け出させないために、毎夜お化けや幽霊話で散々怖がらせ、最後の仕上げにおねしょを仕込んだ。


 レイは大人になった今でも怪談類は大の苦手。お化けが怖い。


 王城バルコニーに、久々に王家が全員お出ましになると聞いて、王宮前広場周辺は、早朝から入場規制をかけるほどだった。


「壮観だな。国民にこれだけ愛される王家はなかなかいないだろう」


「クロークはこれの半分くらいだな」


 ハリーの声が上ずる。


「王子人気が凄まじい」


「それ、うちには人気がないってことか?」


 レイが表に出るようになると、三兄弟を拝みに前列争奪戦が勃発した。


 披露宴会場にはいつも通り、レイのダンス待ち列が出来ていた。


「姐さんの列、長いなー」


「リリア様が婚約して、レイ様と踊るとよい縁に恵まれるジンクスに拍車がかかったんだろう」


「人助けになるなら踊りたいけど、あの人数は捌ききれない。足がつりそうだし、表情筋も死ぬ」


 今夜もグレース特製衣装に身を包んだレイが、もう逃げ腰だ。


「曲は短めのものを頼んでおいた。途中でもご令嬢を交代させれば、二十人はいけるだろう」


「二十……行ってくる」


 覚悟を決めたレイは、一番のカードを持つ令嬢に微笑みかけた。


「セオ様、私達も踊りましょう」


 モリーナに手を差し出され、ガチガチに固まったセオが隅で踊り始める。


「あいつ肩に力入りすぎ。そういえばモリーナ姫は姐さんと踊ったことないよな」


「俺のダンス特訓の時にあいつ、セオと見本だとか言って踊っていたから、ジンクス通りだよ」


「えっ、その時の姐さんはどっち?」


「令嬢役」


「羨ましい。俺も列に並ぶわ」


「ハリー王子。お待ちになって」


 急遽できたハリー列の令嬢に捕まった。ハリーも男前で人気急上昇中。


 混み合うフロアで、人を避けながら踊っていたレイが、後ろの組とぶつかってしまった。


「申し訳ない。怪我はないだろうか」


「レイモンド様。大丈夫ですわ」


 淡い金髪の令嬢はレイから声をかけられ、はにかんでいる。


「良かった。では続きを楽しんで」


「お待ちください」


 令嬢と踊っていた相手がレイを引き止めた。


「何か用かな?」


「先ほどから、この混雑を作っているのは、あなた様?」


「どうかな」


 レイは曲の途中で、相手を探している男性に令嬢をバトンタッチしていた。


「このご令嬢の趣味は刺繍だ。ハンカチをお願いしてごらん」


「彼は事務次官で、将来有望だよ」


 にわかカップルがどんどん出来上がっていた。


「祝いの日だ。皆と楽しみたいからね」


「楽しみというなら、今夜はヴィオラ様ではないんですね。お誘いできなくて残念だ」


「君は何を言っている?」


「わが兄はカステル王デービッドだ。以後お見知りおきを」


 レイの周りをいつの間にかヴィン、ハリー、セオが囲む。


「何もしないよ。ではまたお目にかかりましょう」


 飲み物でもと、一緒にいた令嬢の手を取り踊りの輪から外れていった。


「すみません。ちょっと私も休憩を……うん?」


 見られている。


 レイの列の令嬢がじっと見ていた。


「仕方がない。先にノルマをこなすか」


 二十番目はイザベルだった。


「こうしてダンスしていただけるなんて、婚約中でもありませんでしたわね」


「そうだっけ。覚えがない」


「そうでしょうね」


 イザベルが唇を噛んだ。


「今は友達でしょ。許して」


「もう青紫色のドレスを着てもいいでしょうか」


「君のその赤い髪には似合わない。だからダメ」


「ですよね。諦めます」


「母のドレスショップに君に似合うドレスがあるよ」


「買ってくださるのですか!」


「君さ。僕でどれだけ稼いでいるの? そろそろあれ禁書にしたいんだけど」


「それは困ります」


「ならもう書かないで。迷惑だ。名誉棄損で訴えるよ」


「……わかりました。別のジャンルに挑戦します」


「いい子だ。ご褒美にこの曲が終わるまで踊るよ」


「ふふ。いい思い出ができました」


 控室に逃げて来たレイが、だらしなく足を投げ出す。


「疲れた。もう当分は踊りたくない」


「みんな喜んでいたよ。王子様」


「王子様。僕とも踊って……痛い! ヴィンはいちいち叩くな」


「セオはモリーナと先に帰っていいよ」


「仕事は?」


「モリーナはたぶん靴擦れしてる。婚約者殿との初ダンスで張り切りすぎたかな」


「えっ? あちゃ! これは酷い。モリー、俺の首につかまって」


「レイ様、お気遣いありがとうございます」


「ではお先に」


 横抱きされたモリーナが割り当てられた部屋に戻って行った。


「さすが姐さん。モテ男は違うわ。さっきのデービッドの弟もモテそうだったな」


「よく見なよ」


「どっちだ」


「あれ女性だよ」


「また二重人格? 男装が趣味の人? 流行ってんの?」


「カステルに鳩飛ばして」


「了解」



「レオ兄様、ブリジット、とても良い式だったね」


「レイも披露宴盛り上げてくれてありがとう。花嫁が踊れなくて、場がしぼむところだった」


 懐妊していて、ダンスは控えていた。


「憧れのレイ様と踊れて皆が喜んでいたわ。ありがとう」


「大したことじゃないよ」


「明日は双子と一緒にお茶がしたいわ。伝えておいてね」


「はい。あっ! アル兄様、来賓のお相手お疲れ様でした……」


 兄たちには接触はなさそうだった。


 ということは、また僕か……。


 王都でやることはいくらでもある。


 普段会えない貴族たちとの会食、あいさつ回りと忙しい。


 流行りのカフェめぐりも大事な仕事。


「今日も美味しいお菓子たちにたくさん出会えました」


 アナベルがソフィアやアイラ達へのお土産を選んでいた。


 ルーカスはミアたちと本屋めぐりで、別行動をとっている。


「これも貰おう」


 レイもお茶会用の菓子を包ませていた。


「おや、今日もヴィオラ様ではないのか。残念」


 レイが振り向くとデービッドの妹? 夜会でも一緒にいた令嬢と来店していた。


「先に名乗りなさい」


「私はレイラ・アセルという。このなりだがカステル国アセル伯爵家の長女だ」


「私に用でもあるのかな」


「兄を助けてもらったお礼でもと声をかけたまで。男に興味はない」


「お礼は不要。では、さようなら」


「待ちたまえ。もし手合わせして私が勝ったなら、ヴィオラ様になってもらえるかな」


「ならない。あれは趣味でやってるわけでなく、手段だ。もう声かけないで欲しい」


 険悪な空気にアナは先に店の外へ連れ出された。


「なんだ、女に負けるのが嫌ならそういえば言い。サンドラ様より私は数段強いよ」


「サンドラを知っているのか」


「恋人でもあったし、共に剣術を習った仲だ」


「敵討ちにでも来たのか」


「まさか。私を裏切ったサンドラ様に、お仕置きをしようと思っていたくらいだよ」


「もう行くぞ。こんなわけのわからない奴に構うことはない」


「君が弱腰な主に代わって手合わせしてよ」


「おい、黙れ」


「ヴィン、構うな」


 レイはアナの待つ馬車に乗り王宮に戻った。


「またハロルドがらみか。もう勘弁してほしい。でもこれはサンドラがらみ?」


「どっちでもいい。あれは簡単に諦めそうにないな。女装くらい見せてやれ」


「ヴィオラちゃんはそんな安い女じゃないぞ」


 ハリーがヴィンの頭を叩こうとしたが、避けられた。


「僕が好きであんな恰好しているわけないだろう。あれは母上の趣味だ」


 ノリノリで着てるだろ!


「とにかく、必要もないのにドレスは着ないし、僕は手合わせしない」


「なら、どうするつもりだ」


「僕は前に出てはいけないだったよね。ヴィンかハリーが相手して」


 レイ達もそろそろ領地に戻ろうと馬車に荷を積みこんでいた。


「逃げるのか。だから男は嫌いなんだ。相手が女と知ると剣を抜かない」


「僕は君の嫌いな男だよ。二度と話かけるな」


「ヴィオラ様は別。もう一度お会いしたい」


「意味不明だ。服を変えても性別は変わらないのに」


 ヴィンもハリーもレイに倣い、相手にするつもりはないが気にはなる。


「デービッドでなくサイラスの妹じゃないか?」


「デービッドも大変だな。妹と義弟があれだぞ」


「それなら、ローラも同じだろ」


「カステル、終わったな」


「何をごちゃごちゃ言っている。勝負しろ」


「わかった。ただし十日後だ。ウィステリア領で試合しよう。命のやりとりはなし。こちらはハリーを出す」


 レイがハリーの背を押し出した。


「俺?」


「君です」


「わかった。荷物にドレスも積んでおくんだな」


「荷物は少ないにかぎる。不要なものは載せない」


「なら、私好みのものをプレゼントするよ。楽しみにしていてほしい」



 領に戻るとレイはハリーを森に連れ出した。


「特訓するよ」


「姐さんが相手してくれるわけ……」


「ないよ。落ちてくる葉を斬って」


「葉っぱ?」


「相手の力量がわからないからって、それはないだろう」


 ヴィンもレイの意図がわからない。


「グレイソンがなぜ騎士団に入らなかったかわかる?」


「性格が悪いから?」


「君たち見ていなかったの? グレイソンの剣術は騎士仕込みじゃなく独学だ」


「なるほど。苦戦の理由は鉄の鎧だけじゃなかったか」


「グレイソンの弟子だったサンドラも同じように決まった型がなかった。ならレイラにも同じことが言えるだろう」


「葉っぱには何の意味が?」


「ものは試し。やってみて」


 ハリーが葉を狙うが意外と斬れない。


 葉はすぐに向きが変わり、かすりもしない。


「ね。人にはできない動きでしょ」


「なぜ、今回はハリーなんだ?」


「だってハリーも独学に近いものを感じるし、僕も同じようなものだけど、僕がやりづらいって思うのはハリーだから」


 レイも基礎だけはしっかり叩き込まれてた。


 ハリーは好き勝手にやっていたのが、ばれていた。


「姐さん…の期待に……応える」


 試合までみっちりしごかれた。


 ウィステリア騎士団の修練場にレイラが現れた。


 今日も男装。


「ハリー王子、手加減は不要だ。レイモンド様も着替えの準備をしておいてほしい」


「こちらこそ加減できなくてごめんよ。ヴィオラちゃんは俺の婚約者だから、誰彼構わず見せるわけにはいかない」


「ハリー様、素敵! ヴィオラのために頑張ってくださいねー」


「ヴィオラちゃん!?」


 ハリーが振り向くと、レイは真顔に戻っていた。


「馬鹿、逆効果だぞ」


「そんなことないさ。さあ応援しよう」


 愛するお姫様のためならと猛然と挑むハリーに、レイラも本気だ。


 だがいつもはどんな相手でもかわせていたのに、上手くいかない。


 焦る気持ちがレイラの動きを鈍らせた。


「そりゃーー!!」


 ハリーは大声と共に一太刀。


 レイラが倒れた。


「そんな……馬鹿な」


 レイラは信じられないものでもみるように、レイに顔を向けた。


「百戦練磨なんてものはおとぎ話。誰だって苦手な相手はいるものだ」


「負けは認めよう。だが諦めきれないんだ」


「理由を聞いてもいいかな」


 騎士団長室に移動し、レイとレイラは向かい合って座った。


 ハリーは婚約者を守ったのだからと、レイの隣を陣取ってご満悦だ。


「金のすみれ姫に会いたくて」


「オリビアに?」


「一度だけオルレアンに行ったことがある。その時に会ったんだ」


 レイもまさかここで、オリビアの名が出るとは思わなかった。


「あの頃はまだ私も少女の服を着ていたが、嫌で仕方がなかった。背が高く色黒で男おんなと呼ばれ、いっそ男に生まれたかったと悩んでいた時期だった」


 父の視察に同行しオルレアンに行った時のこと。


 ひとり散歩をしていると、可愛らしい少女に声をかけられた。


 話すうちに、いつの間にか打ち解けていて、つい自分の悩みを話していた。


「背が高くて羨ましいなんて言ってごめんなさい。人にはそれぞれ悩みがあるのね。私はご覧の通り痩せていて、背も低いのが悩みなのよ」


 ふふと笑う仕草が女の子らしくて羨ましかった。


「従兄がたまに私とおそろいの可愛らしい服を着るの。叔母様がドレスショップを経営なさっていて沢山作ってくださるのよ」


「男の子がドレスを?」


「でも彼は同年代の男の子達におかしいって笑われても全然気にしないの。似合うんだからいいでしょ。好きにさせてって言い返すの」


「喧嘩にならないの?」


「なるわ。でもとても強いの。ドレスの裾が汚れても気にせずに剣を振り回すのよ」


「かなり、やんちゃだな」


「ドレスを着た私の王子様はすごく可愛いいし、格好いいの。騎士服だってもちろん素敵よ。そして自由に見えるけど芯の強い、意思を曲げない方」


「本当に格好いいな」


「だからレイラさんも周りを気にせず、好きなものを着て、堂々としていたらいいわ」


 レイラは目からうろこ。帰ったら兄のお下がりをもらおう。そしてドレスは焼き捨てると決めた。


「そういえば、私の王子様はレイモンド様。あなたはレイラさん。レイちゃんがふたりね」


「それ以来私はドレスを着ていない。でも女だからと剣は学ばせてもらえず、グレイソンに教わった」


「オリビアらしいな。その従兄は僕だ」


「オリビア様が亡くなられたと聞いて胸が張り裂けそうでした。そんな時に慰めてくれたのが同じ師をもつサンドラ様」


「そうか……」


「あの夜会でアーロと踊っていたあなた様を見て、金のすみれ姫が生き返ったと喜んでいたら、サンドラが命を狙っていた」


 レイラの声が低くなる。


「だからあなたを助けるよう、密かに剣を渡したんだ」


 あの時は淡い金髪に染めていた。余計に似ていたのかも知れない。


「ありがとう。これはレイラとオリビアにも言わなきゃね」


「私はオリビア様に助けていただいたから、お返しです」


「よし、今から王都へ行こう。夜会ならどこかでやってるだろう」


 レイラは馬車に押し込まれ、王都へ連れていかれた。


「ヴィオラ。……今夜も、誰よりもきれいだよ」


 ハリーにエスコートされたヴィオラが微笑む。


「ファーストダンスはレイラ様と踊ります。お許しくださいね」


「二曲目はお願いします」


「仕方ないな。今夜だけだよ」


 ハリーが握り拳を作る。


「ヴィオラ様ありがとう。またオリビア様に会えました」


「オリビアにいい友達がいたんだね。きっとここで君と踊れて喜んでいるよ」


 ヴィオラはオリビアの好きだった青紫のドレスを着ていた。


 胸には〈夜明けの空〉、淡い金髪にはすみれの髪飾り。


「あの方たちはどなたかしら? 殿方は外国の方らしいわ」

「次は誰が誘う? どこの令嬢だろうか」


 男女それぞれでくじ引きが始まった。


「次は婚約者の私です」


 皆が注目する中、ハリーがひざまずき、恭しくヴィオラの手を取る。


「姐さんと踊れるなんて……痛い、足踏まないでよ」


「ヴィオラですわ。婚約者なら呼び間違えないでくださいね」


 いつもより陽気なダンスが始まった。


 ハリーがヴィオラをくるくると回し、高く抱き上げ、笑わせた。


「次は……」


 ヴィオラがヴィンに手を差し出す。


「ラストダンスはあなたと」


「〇×△!!」


「仕方ないな。リードしてあげる」


 ゆっくりとしたワルツ。少し体を寄せるとヴィンが逃げる。


「ヴィンばっかりずるい!!」


「じゃ、四人で踊ろう。レイラもおいで」


 輪になって、ハチャメチャなダンスが始まり、レイラも声をたてて笑っていた。


「最高だったよ。こんなに楽しい夜会は生まれて初めてだ。レイモンド様、ありがとう」


「僕も楽しかった。またウィステリアにおいで。次は双子を紹介するよ」


「ぜひ伺います。では」


 レイラはいつもの令嬢と腕を組み、去って行った。


 今夜は楽しい気分のまま飲み会だ!


 オリビアがいたなら、ふたりを紹介したい。


 君はなんて言うのかな。


 どこかで、オリビアが笑っている気がした。


 眠くなったら三人で雑魚寝すればいい。


 兄の寝台にはもう、行かない。

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