自由を愛する男
六か国が集まるのはひと月先。
それまでは体を休めながら、通常の仕事もこなさなくてはいけない。
「全部片づけたのに、また山ができてる」
レイは深く息をついた。
「私も色々と忙しかったんだよ。この後はまた王都へ行く」
エリオットがレイの前に急ぎの書類を並べた。
「セオの具合はどうだ?」
「専門医に診てもらったが、回復は難しいって」
「そうか。でも手元に置き続けるんだろう?」
「本人の意思次第だけど、側にいて欲しい」
執務室の扉がノックもなく開いた。
「レイモンド様! セオ様に会わせてくださいませ」
「モリーナ、いきなりどうしたんだ」
「父からセオ様が大怪我されたと聞いて、飛んで参りましたの!」
「ちょっと待って。落ち着いて聞いてほしい。まずは座ろうか」
事情を聞いたモリーナはわっと泣き出したが、「買い物してきます」とすぐに出て行った。
「お見舞いを買いにかな? あとで一緒にセオの所に行ってくるよ」
「そうしてくれ。あれはすぐに帰りそうにないな。宿の手配をしておくよ」
「さすがエリオット。頼むよ」
レイはモリーナと共にセオの療養している病院へ向かった。
「随分と時間がかかったね。いいものは見つかった?」
レイが聞いてもモリーナはずっと黙っていた。
いつもの「可愛い」がなければ気品あふれるお姫様だ。
「セオ、入るよ」
レイが扉を開けると、静かに寝ている……わけがない。
「おい、またイカサマしただろう」
「してないよ。病人がそんなことするわけないだろ」
「お前ならやりかねないって言ってんだ」
寝台に胡坐をかいたセオとトーマスがカードで遊んでいた。
「元気だな。モリーナ姫がわざわざお見舞いに来てくれたよ」
途端に正座になる二人。
「セオ様ご無沙汰しております。こちらお見舞いの品です」
「……ありがとうございます」
包みを開けると、眼帯が入っていた。黒や白、柄ものまでたくさんある。
「先ほど布を買って作ってきました。まだまだお作りしますわ」
「作った? モリーナが縫ったの?」
「はい、針仕事は得意ですの」
「そうなんだ。セオ、良かったな。これなんて海賊みたいで格好いいよ」
「レイモンド様、セオ様は賊ではありません」
「ごめん」
「あの、お見舞いありがとうございます」
「お役に立てることがあれば、何なりとおっしゃってください。毎日参ります」
「毎日? なぜですか?」
セオが困惑していたが、面白い展開になってきたとレイとトーマスは口を挟まない。
「なぜって、私がセオ様をお慕いしているからです」
(言ったな)
(言った)
レイとトーマスはうなずき合った。
「主、俺を今すぐ辺境にでも飛ばしてください」
「命令です。ここでしばらく安静にしていなさい」
「逃げるな」
窓に足をかけようとしたセオをトーマスが寝台に引き戻す。
「まあ、二人にしようか」
レイとトーマスは二人を残したまま部屋を出て行った。
「……」
「果物でもいかがですか」
用意は侍女に任せた。
「あーんしてください」
「できません」
いくら侍女に睨みつけられても、できないものはできない。
「私がお嫌いですか」
「そんなことは……ないです」
「なら、あーんしてください」
仕方なく、口をあけた。
「可愛いですわ」
最高の笑顔でモリーナは世話を焼き始めた。
「お前、斬られた日よりも病人みたいな顔してるぞ」
「精神的攻撃が、俺を斬りつけてくるんすよ」
「諦めろ。あれ本気だぞ」
「無理でしょ。俺平民で、七人兄弟のど真ん中。容姿は地味、特技は噂集めとおばちゃん受けするところ。それ以外なし」
「十分だよ。いつも助けられてる」
「だからって売り飛ばさないで」
「売ってなんかないよ」
レイが腹を抱えて笑った。
モリーナは毎日セオの元に通った。
枕の位置を直し、食事の介助、着替え……は侍女に任せた。
まだ距離感がつかめないセオも、助かるは助かるが、どうにも居心地が悪すぎた。
「もう帰国されては。……そうだ! 温泉村にでも遊びに行かれたらどうですか?」
「セオ様が行きたいならお供しますが、まだ安静にしていなくてはでしょう? 我慢しましょうね」
「完全に病人扱い、子ども扱い、主、お願いだ。助けてくれ」
「モリーナ、その辺で勘弁してやって。休みたくても緊張して休めないらしいぞ」
「それは気づかずに申し訳ございません。また来ますね」
素直に宿へ帰って行った。
それからはセオが寝ている時を見計らって、そっと空気を入れ替え、洗濯物を置いていくなど献身的に尽くした。
「どうする? 本気の本気だ」
「どうもしないですよ。主から帰国するよう言ってくださいよ」
「自分の口から言いなよ。馬に蹴られたくない」
「モリーナ姫、話があります。俺は平民で主の側にいることも、本当は畏れ多いことなんだ。でも今の仕事が好きだ。ここから離れることは考えていません」
「わかりました」
「わかってくれて助かります。では明日にでも帰国……」
「レイモンド様、セオ様は十分な働きをされていますよね」
「さっ……されています」
レイがモリーナの勢いに負けた。さすがあのアレス王の娘。
「なら褒賞として、伯爵位くらいいただけますわね」
「はくしゃく!?」
「前からセオに爵位をつけたいと言ってるのに、断られているんだ」
「セオ様、降嫁するにはどうしても必要なものです。いただいてください」
「そんなの勝手に決めるな。俺は自由を愛する男だ」
「私がお嫌いですか?」
「いい子だとは思うけど、何かの間違いだ。よく考えて冷静になりなよ」
「なら問題ないです。帰国して父に許しをもらってきます。では失礼します」
呆然とするレイとセオを置いてモリーナは出て行った。
「あんな娘だっけ? 可愛いしか言わないお花畑さんかと思ってた」
「セオ、結婚は勢いも大切だ。腹括れ」
モリーナは父王が泣きついても、「セオ様しかいない」とケントを味方に許しを勝ちとった。
「セオ様って大家族だったのよ。これからは兄弟も増えるわ。姉妹が欲しかったの。嬉しい」
ケントもウィステリアに行く機会が増えたと大喜びだった。
「リリアちゃんにも手紙出さなきゃ」
「姉上、それは辞めた方が……」
「いいのよ。結婚したいなら、なりふり構わず突き進めって言ってあげるの」
モリーナはリリアの悔しがる顔を思い浮かべながら、手紙をしたためた。
「まさかな。三人のうち一番結婚に遠いと思っていたセオがね」
「お前も手元に残るなら、何も問題ないと思ってるんだろう」
「そんなことないよ。守る者ができたなら今よりももっと強くなる。と、僕は思うよ」
「そうか。でもなハリーがへこんでるぞ。慰めの言葉は?」
「なぜ落ち込む? モリーナは無理って言ったのハリーだよね」
「それとこれとは別らしい」
「慰めは不要です。俺も自由と姐さんをアイスル男になりました」
「なら大丈夫だね。結婚祝いくらいはしてあげなよ」
「俺も一国の王子だ。一度はいいなと思った姫だし、丸太小屋のひとつくらい建ててあげるよ」
その後、温泉村に二人のための丸太小屋が建てられた。




