林檎
「……一生分働いたと思わない? 離宮か温泉村で隠居してもいいくらいだよね」
「20代で人生放棄するな」
レイは満身創痍。
もう動けないとばかりに、ヴィンに寄りかかっていた。
「姐さん、担架用意したけど、乗る?」
「嫌だよ。格好悪い」
「なら歩け」
「肩ぐらいかして。セオも無事?」
「ああ、ちょい怪我してる。先に館へ連れて行った」
「あとでお見舞いに行くよ」
「そうしてくれ」
牢に入れられたサンドラは泣き喚き、悪態をつき女王と影が交互に替わる。
尋問はアレス国王に任せることにした。
アガサス兵たちはサンドラが捕まったと知らされた後に武具を取り上げられ、アガサス正規軍に引き渡された。
寄せ集めの私兵団だったと国の関与を認めていないが、謝罪と今後の事を話合いたいと申し入れて来た。
これから問題が山積み。
レイはまた六か国を集めなくてはならない。
「セオ……」
セオは片目を斬られ、麻酔で痛みを抑えていた。
「主が無事なら、どうってことないよ」
レイが一緒に帰ろうとセオの手を握った。
ハロルドが目を覚ますと、レイが寝台の横に座っていた。
「私は、もう死んでもいい人間なのに、また助けていただいた」
「いいわけないだろ。待っている人がいるんだから」
「レイモンド様……傷だらけだ」
ハロルドが手を伸ばすが、すぐに下ろされた。
「レイでいい。脱出するときに擦ったのが多いけどね」
下ろされた手をレイが握手のように握る。
「僕も助けてもらったから、これであいこだ」
「……私はこれから、どうしたらいいんだろう」
「もう国に縛られることもないし、自由に生きればいい。何がしたい?」
「できることが……ないな」
「一緒に考えてくれる人がいるよ。おいで」
壁際に立っていたセイラが駆け寄る。
「ハロルド様。一緒に帰りましょう」
「何回でもやり直せ。そして僕を訪ねてきてよ」
「ハロルド様。我が家自慢の果樹園で実った果物を食べれば、きっと元気になります」
「林檎はあるかな」
「もちろん。白やピンクの花が咲くと、それは見事ですわ。私も大好きです」
「それは見てみたい」
セイラはいつも側にいて、元気がないとなぜか『ウサギです』と切り込みの入った林檎を出してくれた。
そうだ。あの林檎を見て、婚約者にならないかと言ったんだ。
僕の大好きな皮つきの林檎。
「レイ様。ありがとう」
怒って、もう来るなと言うが、いつだってやり直す機会をくれていた。
今度こそやり直したい。
「お前甘いな。またひっかきまわされても知らんぞ」
「もう僕の嫌がることはしないよ。セイラがさせないだろう」
「そうだな」
セイラはレイに合わせる顔がない、もうハロルドにも会わないと言っていたが、エリオットの説得でバーデットの館に連れてこられた。
セイラにつけていた傭兵はレイの私費で雇った者。そこまでさせて合わせる顔がないというなら、詫びとして、今後はハロルドの見張り役になれと言われ泣き崩れた。
「さぁ雑貨屋に帰るよ。ゆっくり休みたい。えっ、馬車なの? 誰も乗ってないよね?」
ヴィンに何度も確認しながらレイは馬車に乗り込んだ。
「少し待っていろ」と言われ馬車の中で眠い目をこすっていた時、扉が開きヴィンがバスケットを渡す。
「ほら」
「これは、お弁当?」
「今厨房借りて作ってきた。お前、ほとんど食べていないだろう。少し痩せたな」
「あの状況で食べられるほど神経太くないよ。ハロルドが林檎くれたからそれは食べた」
「よくあいつの渡したもの食えたな」
「それもね、不揃いでがたがた。皮に切り込み入れて、ウサギだって渡すんだ」
「ウサギか。子ども扱いだな」
「でも、嫌じゃなかった」
レイが子どもの頃を懐かしむように笑う。
そして、オムレツを無理やり挟んだサンドウィッチを食べた。
レイとハロルド。二人の関係は歪だ。
なぜハロルドに好かれているのかはわからない。
好きか嫌いかと聞かれたら、大嫌い。
面倒事ばかり起こして、レイを激怒させる。
でも心底憎むことはなかった。
旅の一座の件は本当に好意だったのだろう。病が流行らなければきっと僕ら家族も楽しんだはずだ。
結果としてオリビアを失ったが、誰も恨むことはしない。
オリビアだって、僕が人を恨みながら生きていくのは望まないだろう。
うまく人付き合いのできないハロルド。
次こそあの頃に戻って、また友達としてやり直せるかもしれない。




