カステルの継承者
「もう鼻血が出そう……やばい、痛っ!」
「ハリー様。どうなされましたか」
「……どうもしません」
ハリーの足がピンヒールで思い切り踏まれた。
ヴィオラは首に幅の広いチョーカーをつけ、デコルテを強調したドレスを着こんでいた。
「今日は確実にひとり落としますわ」
「あなた、もう性別変えなさいよ」
「リリア姫、お口が悪すぎよ」
ヴィオラが睨みつけるが、リリアには通じない。
「リリアちゃん、こちらのご令嬢を紹介して。すごく可愛い」
「モリー、あなたわからないの?」
なにを、と首をかしげる。
忙しい父に代わりモリーナが来ていた。
「いいわ。とにかく今日はローラを元気づけてあげましょう」
「はい!」
近隣諸国に〈姫会〉というのがあるとアレス国の夜のお茶会で知った。今ではレイもその会員。
次々に招待客が呼ばれ、ヴィオラたちもローラ姫とアガサス第二王子アーロの前に進む。
「おめでとうございます。クローク国第一王子ハリーと婚約者ヴィオラより、心からお祝いを述べさせていただきます」
「ハリー王子も式は近いのかな。お互い良き婚約者に恵まれましたね」
アーロはヴィオラをじっと見つめている。
「後ほど婚約者殿をダンスにお誘いしていいだろうか。どうもローラ姫は体調を崩し、踊れずに残念に思っていたところだった」
アーロの横にいるローラ姫はうつむき、気分が悪いのか扇で顔を隠している。
「明日の結婚式に緊張されているのでしょう。ヴィオラ。せっかくのお誘いだ。踊っておいで」
ハリーが承諾する。
(馬鹿が引っかかった、姐さん気を付けて)
(無類の女好きは情報通りだね。ご機嫌をとってくる)
ミア扮するローラがばれないようにリリアたちが囲む。
ヴィオラがアーロをひきつけ、別室へ連れて行く。
そこへヴィンとハリーが取り押さえる算段だ。
アーロとヴィオラが広間の中央で踊りだした。
「こんなに愛らしい方がいたとは知らなった。ハスキーな声もとても好みだ」
アーロが耳元でささやく。
「……もう、返せない」
「不実な方ね。姫はどうなさるおつもり?」
「あれは政略だ。君なら良かったのに」
「光栄ですわ」
ダンスも三曲目に入る。続けて踊るなど夫婦であってもない。よほどヴィオラを離したくないのだろう。
「私、三曲以上踊ったことがないの。少し休憩したいわ」
「部屋を用意させよう」
ヴィオラがハリーに視線を送った。
アーロはヴィオラの腰に手を回し、片時も離さない。さりげなく腰の下までなでまわす。
休憩室の前でハリーが声をかけた。
「そろそろ私の婚約者を返していただきたい」
「ハリー王子折り入って話がある。人払いしよう。中へどうぞ」
部屋に入るとアーロはヴィオラを横に座らせた。やはり腰は抱いたまま。
「ハリー王子には申し訳ないが、ヴィオラを私に譲って欲しい。彼女も快諾してくれたよ」
「どういうことですか?」
「ごめんなさい……」
ヴィオラが扇を強く握りしめた。
「そういうことだ。今後、彼女は私が可愛がるとしよう」
ヴィオラが肩を震わせている。
「どうしたの? 泣かないで。愛しい人」
アーロがヴィオラの肩を抱き寄せ、キスをしようとした。
「……みんな。ごめん……もう我慢できない!!!」
ヴィオラがアーロの手を鉄扇で払い落とす。
「もう無理!! 絶対に無理!!」
怒り狂うヴィオラにアーロは困惑している。
「姐さんにそれ以上近づくな」
先にアーロを殴ったのはハリー。
続いてヴィンも蹴り飛ばす。
「僕に触るな! お前は女の敵だ! 虫唾が走る!」
「僕?」
「レイモンド・ウィステリアだ。……間抜けめ」
「あの……すみれ姫?」
「姫じゃない! 金輪際お前の顔など見たくない!」
どこをどうみても姫だろう!
作戦はうまくいったが、レイがもう嫌だとごね始め、ドレスを脱ぎ捨てた。
着替えが終ると、やっと口を開いた。
「サイラスは呼んだ?」
「もうすぐ着くはずだ」
「ローラ姫とデービッドの様子は?」
「今は落ち着いて、夜会で皆に説明が終わっている頃だ」
「サイラスに承諾してもらって、デービッドに王位継承してもらおう。もう早く帰りたい」
「お疲れさん。ほら蜂蜜入りだ」
「ありがとう」
ヴィンが紅茶を渡した。
レイの機嫌取り用にオルレアンの蜂蜜をいつも荷物に入れている。
「もう寝ろ。今夜はゆっくり休んでくれ」
「ふう。そうする」
夜半、かすかな物音がした。
誰かが侵入した気配がする。
――どすっ、どすっ。
掛け布団に刃物が突き立てられる音がした。
「あれ、手応えがないな」
「姫は別の部屋だよ」
蠟燭を灯したハリーが立っていた。
「婚約者様のほうか。お土産が君でも、主は喜ぶだろう」
「アガサスだな」
今度は後ろから斬りつけられ、ガキンと払いのける。
「怖いな。大剣もちの愛人か。彼? 彼女? もてるね」
「黙れ。主は主だよ」
セオも短剣で斬りつけようと近づく。
「これは不利だな。脅しだけのつもりだったし、今夜は退散するよ」
曲者は窓から飛び降りた。
「ここ三階だぞ。身軽だなあ」
セオが窓枠から半身を乗り出してみるが、曲者は消えていた。
「先に無事か、確認だ」
レイは別室で休んでいて、ミアが側についていた。
「無事か。良かった」
もしかしたらお客が来るかもと、部屋を入れ替えるようにレイから指示された。
ただの勘だというがよく当たる。
「だって、すごくしつこそうな国じゃない。やりかねない」
ローラ姫もデービッドも寝室を移動させ無事だった。
「姉上、よくご無事で。今まで連絡も取れず申し訳ございませんでした」
サイラスが姉ローラに抱きつくが、つぶれそうだ。
「おい、よせ。ローラ姫が苦しそうだ」
「レイモンドざま。本当にありがとうございました」
ずびずびと鼻をすする。
「サイラスも生き延びていて良かった。グレイソン大臣がアレスで投獄されていると聞きました。本当に恐ろしいことだわ」
「これもすべてレイモンドざまのおかげです」
「いい加減に泣きやめ。最初の頃の威勢はどこへいったんだろう」
「こういう方なのです」
デービッドが苦笑いする。
「ではこれを確認して欲しい」
レイが三枚の書類を渡した。
ローラとデービッドの婚姻届け
サイラスの王位退位
デービッドの王位継承
「すぐに署名を。結婚式と戴冠式は落ち着いてから執り行ってほしい」
「俺に異存はない。デービッド義兄様、よろしくお願いします」
「サイラスに義兄と呼ばれるのはまだ慣れないけど、ローラと頑張るよ」
ローラも力強くうなずく。
「弱体化したカステル騎士団にウィステリアの傭兵を派遣するよ。元々どこの国でも働ける優秀な者ばかりだから。賃金はしっかり頼む」
「もちろんです。資金の調達までしていただき、ありがとうございます」
「ノアール国にカステルの牧草地帯を貸す賃貸料の前払いだから、その場しのぎにはなるけど、今が大事だ。アガサスには負けないよ」
レイモンドたちは帰国の途についた。
「なぜリリア達が僕の馬車に乗っているのかな」
「温泉に入りに行くためですわ」
「足湯はおススメです。丸太小屋も可愛いの」
「モリーナまでついてこなくていいのに」
「あら。大きな貸しがあるはずよ」
「おもてなしさせていただきます」
レイが折れた。
馬で帰ろうとしたらヴィンに止められ、馬車に押し込まれた。
そして出発直前にリリアたちが乗ってきたのだ。
二人のたわいない話に相槌をうちながら、レイは昨夜の曲者の事を考えていた。
サイラスによるとグレイソンの腹心で、力はグレイソンに負けず劣らず。手強そうだ。
……相当恨まれているな。
「ねえ聞いてるの?」
「ああ、ごめん。聞いてる」
「もう嘘つきね」
あれこれ二人の会話を聞いているうちに、いつの間にか寝てしまった。
レイは人前でうたたねなどしない。
よほど疲れが溜まっていたのだろう。
「寝顔は可愛いわね。子どもみたい。そういえば私より年下じゃないの!」
「お人形のようだわ。これをかけておきましょうか」
モリーナが椅子の下から、かけ布をだす。
リリアはヴィンに頼まれ温泉村に行くことにした。
主が肉体的にも精神的にも相当疲れているはずなのに、休もうとしない。
「まったく世話が焼けるわ」
「眼福です。いいもの見れました」
そうね。たまにはいいかも。




