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カステル国奪還へ

 結婚式を控えた花嫁は泣いていた。


 父は失墜し自害してしまった。弟はアレス国に行ったまま行方知れず。


 自分は婚約者と引き離され、逃げだせば彼の命が危ない。


 数日後に会ったこともない王子と結婚をさせられ、カステルが乗っ取られてしまう。


「ローラ姫。目元を冷やしましょう。腫れた目ではアーロ様にご挨拶もできませんよ」


 アガサスから来た侍女が、冷たいタオルをローラに渡した。


「ひとりにしてちょうだい」


「部屋の前におります。何かあればお呼びください」


 扉が閉まり、鍵がかけられた。


 ひとりになると、またローラは泣き崩れた。



 レイたちは着いてすぐに客室へ通された。二間続きの大きな部屋。侍女たちの控室もある。


「ヴィオラ、ずっと一緒だよ」


 (寝ている間も隣でお守りします)


「皆の前で恥ずかしいです」


 ハリーの書いた文字の上には、大きなバツ印。


 ヴィンが音もなくハリーの頭を叩く。


「フェリシティ国に割り当てられた部屋はこの近くか」


 (やきもち焼くなよ)


「はい、同じ階です。何かあればお呼びください」


 (すぐに飛んでくるからな)


「お二人は大変仲がよろしいのね」


 (騒ぐな。ばれるぞ)


 壁に耳あり。今日も筆談交じりだ。


「明日はお披露目の夜会ですね」


「ヴィンセント様はおひとりですの?」


「はい。レイモンド様がお怪我なさって途中で引き返しましたから」


「お会いできなくて残念ですわ」


「準備は大丈夫ですか。心配なことがあればメイドを呼びますが」


 (セオも呼ぶか?)


「ハリー様が贈ってくださったドレスは完璧な状態ですわ」


 (準備万端。セオにはヴィンから話してやって)


「ヴィオラの明日のドレス。すごく楽しみだよ」


 (マジで結婚したい)


 バツ!


「申し訳ございません。明日の昼食は支度がありますので、ご一緒できませんわ」


 (中を探るよ)


「気にしないでヴィオラ。僕はいつまででも待つよ」


 (それなら俺らはどこを探る?)


「ヴィンセント様とお庭でも散策なさってはいいかがですか。カステル城の庭園はとても美しいそうです。帰る前に私も連れて行ってくださいね」


 (いざって時の逃走経路の確認、よろしく)


「ヴィオラがそうまで言うなら。ヴィンセント殿、一緒に行こう」


「ヴィオラ様は侍女殿がいれば大丈夫ですね。ハリー様のお供させていただきます」


 (ミア、絶対に離れるなよ)


「はい、ヴィオラ様はお任せください」


 (絶対に離れません)


「では、お休みなさいませ」


 ヴィンは客室へ戻って行った。


 翌日ミアに城の衣装係を連れて来させた。


「カステルで流行りの髪型に結い上げたいの。手伝いをお願いね」


「かしこまりました」


 鏡の前に座るレイが男とも知らず、お嬢様にはこれがお似合いだとか、髪飾りはこれでとか、三人がかりでヴィオラを仕上げていく。


「ありがとう。とても気に入ったわ。お礼にお菓子はいかがかしら。お茶にしましょう」


 ソフィア自慢の焼き菓子をすすめる。


「すごく美味しいです」


 三人は遠慮なく御馳走になった。


「ローラ様のお衣装はどんなかしら。私も婚礼衣装を作らせていて、参考にしたいの」


「それは見事ですよ。ローラ様はその……一年も前からご準備なさっていたので……」


「少しだけですが、ご事情は聞いております。お辛いでしょうね」


 ヴィオラがポロリと一粒涙を落とすと、三人も泣きだし、ローラがどんな状況か話始めた。


 今は自室に鍵をかけられ監視されている。見張っているのはアガサスから来た女が二名。


「それではローラ様は、常におひとりみたいなもの。お寂しいでしょうね」


「そうなんです。それで侍女のマーサ様がお慰めしようと、毎日お花を摘んでお届けしているようです」


 また三人は、おいたわしいと泣きだす。


「それでローラ様はどんな方なの? 髪色は?」


「ローラ様の話なら、いくらでもできます!」


 レイがローラの容貌を聞き出す。ミアも後ろでじっと聞いていた。


「ねえ、ローラ姫に忠実なあなた方にお願いがあるの。聞いてくださるかしら」


 ヴィオラは三人にメモ書きを見せた。


 ハリーとヴィンも庭園をまわりながら偵察を行っていた。


 裏庭へ回ると花束を手にした侍女とすれ違う。


「侍女殿、奥に花畑でもあるのか?」


「いえ、何もございませんよ。これはたまたま散歩中に見つけ摘んだものです」


「そうか。引き留めて悪かった。もう行っていいよ」


 侍女がお辞儀をして立ち去った。


「何かあるな……行こう」


 人気のない、奥まった場所までやって来た。


「おい、あれ」


 石塀で囲まれた寂れた建物があった。


 崩れた壁から様子をうかがうと、物音はしない。見張りはいないようだ。


「ヴィン、ここを頼めるか。中を見てくる」


「了解」


 建物も石造り。強固な造りだ。罪人用だろう。


 換気用の鉄格子を引っ張ると簡単に外れた。


 ハリーがするりと中へ滑り込む。


 薄暗いが問題はない。


 ハリーは音を立てずに歩き出した。


 鍵のかかった部屋の前に立ち、中の様子をうかがう。


 ……誰かいる。


 監視用の小窓からのぞくと男がひとりいた。


 他に人気もないが、見つかったときは即逃げればいい。古い扉に体当りした。


「なんだ、簡単に開いたじゃないか」


 中の男は突然のことに驚いた様子でハリーを見つめていた。


「えっと、迷子になった。あなたはここで何してるの?」


「……君はアガサスの者ではないね」


「もしかして、お姫様の婚約者かな。人質に?」


「そうだ。ローラは無事だろうか」


「会えてはいないけど大丈夫だろう。どうしたい?」


 これを……とハリーが紙切れを見せる。


『味方』


「この悪字はサイラスだ。自分はこの命に代えてもローラを助けたい」


「よし。ここを出よう」


 ハリーはローラの婚約者デービッドを救出。


 デービッドも逃げ出せば、ローラに害をなすと脅されていた。


「綺麗な花ね。ありがとう」


 (レイモンド・ウィステリアだ)


 デービッドは目の前に座る令嬢と、テーブルの上の筆談に戸惑っていた。


「クローク国第一王子の婚約者、ヴィオラ様だ」


 (見つめすぎだぞ)


 ハリーが紙を突き出す。


「まだ城内は不慣れなので、詳しい方に案内を頼みたいですね」


 (特に広間近辺の案内図を頼む)


 デービッドが入口付近、控え室など見取図を書き出した。


「ローラ様には夜会前にご挨拶できるように、お願いしてあります」


 (姫をミアと入れ替える)


「それは良かった。事前に会えるとは思わなかったよ」


 (了解。いつそんな手はずを?)


「ふふ。女友達っていいわね」


 レイは出立前に手紙を出していた。



 支度が整い、衣装係に案内させ城内を歩いていたヴィオラが、向こうからくる美女に声をかけられた。


「あなた何してるの」


「リリア様はいつこちらへ」


「代理で済まそうとしたのに、急に呼び出さないで。先ほど着きました」


「手紙を受け取ってからすぐに出てくれたのね。ありがとう」


「何かお探し物かしら」


「可愛いものを探してるの。リリア様のおすすめはあるかしら」


「あとでローラに会いに行くわ。おすすめを聞いてみましょう。あなたも来る?」


「喜んでお供しますわ」


 手筈どおり夜会前にレイはリリアに連れられて、ローラの控室に入った。


「リリアちゃんは来てくれないと思っていた! その方はリリアちゃんのお知り合いなのかしら」


 来てくれて嬉しいと、ローラはリリアの手を握った。


「悪友とでも言っておくわ。とにかく、もう大丈夫よ」


 見張りの女から見えないように、レイが小さな紙を出す。


『味方』


 ローラの目に輝きが戻った。


「座ってお茶でもいただきましょう」


 三人が席に着くと、すぐにお茶が運ばれた。


「あっ、申し訳ございません!!」


 ミアがわざとお茶をこぼした。


 ローラのドレスに染みが広がる。


「夜会まで時間がないわ。すぐに着替えを持ってきて」


 すぐさまヴィオラの髪を結い上げた衣装係によって、替わりのドレスが持ち込まれた。


「手伝うわ。ヴィオラ様の侍女も手伝いなさい」


「私はここでお待ちしますね。そこのあなたお茶のお代わりをくださいな」


 さすがにレイは着替えを手伝えない。見張り役の足止め係に徹する。


 着替えから戻ったローラはうつむいたままだ。


「ローラ、泣かないで。せっかくのドレスが台無しになって残念だったわね」


 ローラはハンカチを離さず、涙をぬぐっている。


「ここは私がみるから、みんな部屋を出て。ヴィオラ様の侍女も着替えが必要ね。そこの二人は案内してあげて」



「いえ、私たちはローラ姫様の側から離れられません」


 ローラが急に大声で泣き出した


「少し落ち着くまででいいの。二人にして」


「……かしこまりました。ではすぐ戻ります」


 レイは侍女と見張りを連れて客室に戻った。


「ありがとう。朝からあなた達も忙しかったでしょう? 手間をとらせたお詫びをさせて」


「すぐに戻りませんと」


「ほんの少しよ」


 小首をかしげ、可愛らしい仕草だが、有無を言わせない。


 二人は「では少しだけ」と部屋へ入る。


 出されたお茶にもお菓子にも手を出さない。見張りとしてよく教育されていた。


「どうぞと言っても他国のものを口にできないわよね。この中からあなた方が選んだものを私が先に食べるわ。そうしたら安心して食べられるでしょう」


 二人が差し出した菓子を口に入れる。


「美味しいわ」


 レイがにこりと微笑んだ。


 二人は一瞬ためらい、顔を見合わせた。


 やがて、二人も菓子を口にした。


 早朝からの準備で食事もできなかったのだろう、空腹には勝てなかったようだ。


 ――ドサリ。


 二人の体が崩れ落ちる。


 レイはすぐに気付け薬を飲み込んだ。


 菓子にはかなり強い睡眠薬が入っていた。


「信用してくださってありがとうございます」


「あなた様は?」


 ミアと入れ替わったローラに、レイはウィステリア刺繍を見せた。


「これから、どうなるのでしょうか」


「ここであなたの待ち人とお待ちください。私は夜会に行って参ります」


 奥の部屋からセオがデービッドを連れて入ってきた。


 二人は無言でお互いの無事を確かめ合う。


 ローラの侍女マーサも呼ばれた。


 デービッドが石牢にいるだろうとあたりをつけ、毎日様子を探りに行っていたのだと言う。


 ヴィンたちとすれ違うことができて良かったと泣いた。


「後ほどお呼びしますね。では」


 ハリーに腕を預け、レイは夜会会場へ向かった。

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