レイの育児講座
兄アルバート夫妻に、待望の第一子が生まれた。
「そろそろ、姪っ子に会いに行こうかな」
レイは双子を連れて王都へ向かう途中、離宮で一休み。
双子が使っていたおもちゃなども、お祝いの品に加えた。
「見て。私の指を握ってくれたわ」
「ほっぺがぷっくりしてる。さわっても大丈夫?」
アナは可愛くて仕方ないようだが、ルーは少しおっかなびっくりだ。
「アル兄様エリザベス義姉様、おめでとうございます」
「いろいろと教えてよ。子育てはレイが先輩だからね」
「そうよ。レイちゃんは双子と聞いて、子育て本を片端から読み漁っていたわね」
王もグレースも毎日赤子の顔を見に来ていた。
「私はグレース様にもいろいろお聞きしたいですわ」
王妃の役目も果たしながら、三兄弟を育て上げた大先輩。エリザベスにしたら驚きだ。
「もう毎日が戦争だったな。ただ愛おしくて、ずっとそばにいたよ」
レイの口元が緩む。
「お名前は決まったのですか?」
「メイベルよ。可愛くて、ついつけてしまったわ」
愛らしい子――名前通りだ。
「そろそろお乳の時間だ。僕たちは一度外へ出よう」
乳母が要らないほど、エリザベスは乳を与えられた。
「僕たちもあんなに小さかったの?」
「もっと小さかったよ。でもお母様がたくさんお乳を飲ませてくれたから、大きな病気もしないで大きくなれたね」
「私の目は悪いけど、もしお母様のお乳がなかったら見えなかったのかしら」
「それはわからないけど、お乳には病気から守ってくれる不思議な力があるのは本当だよ」
双子は母に思いをはせる。
「また絵の飾ってあるお部屋に行きましょうよ。お母様に会いたい」
「行こう。ご挨拶をしないとね」
「兄様。おむつ替えるのにその冷たい手で触っていたの?」
「今まで、気づかなかった」
「兄様。抱っこの時はちゃんと首支えて。こうだよ」
「まだ慣れないな」
レイの父親でも出来る育児講座が始まった。
「兄様。肌荒れしたらこれ塗ってあげて。エリザベス義姉様も強く吸い付かれて、痛みがあったら塗るといいよ」
渡されたのは馬の油を塗りやすくしたもの。
「本当によく気づくわね。さすがだわ」
「双子だから、世話も倍だよ」
レイが懐かしいと笑う。
「でも爪切りだけは絶対に無理だった。ベテラン乳母に任せたな」
「お前でもか」
「見なよ。こんなに小さい爪を切れる? 手が震えるよ」
「確かに……」
兄夫婦も顔を見合わせ、これは乳母に任せることになった。
「当分はエリザベスと一緒に子育てにあてるよ」
「兄様、それは違うんだ。子育てじゃない。子が親を育てるんだよ」
「何それ。深いわね」
メイベルの体重を計りに来ていたブリジットがメモを取り出した。
「だって僕みたいなお子様な自由人が世話するんだよ。どうしていいかわからない時は子どもが教えてくれる。そうして僕も親になれた……多分、なれてる」
「双子はすごくいい子だよ。レイも立派に果たせている」
レイにお子様な自由人の自覚があったことにアルバートは驚く。レオンにも教えよう。
「兄様に一番大事な、忘れてはいけないことを伝授します」
「改まってなんだ」
「子育てで意見が食い違ったら、母親の意見を尊重する。これ絶対だから」
エリザベスもブリジットも拍手する。
「レイ様、最高!!」
「ところで私も重大発表が」
「ブリジットもかな」
「あたり! さすが先輩母。私も懐妊いたしました」
これはおめでたい。
お祝いをしようとレオンも呼ばれ、お茶会が始まった。
「嬉しいな。もう一回お祝いをしたい」
ヴィンとハリーには葡萄酒を、自分はマロウブルーを手にして乾杯した。
「祝い事はいいが、また忙しくなるな」
「何事もなく迎えたいから、アガサスが動き出す前に叩きに行くよ」
「姐さん。その前にカステルが危ない」
ハリーが何か情報を得たようだ。
「サイラスの姉姫が囚われている。婚約者はいたが引き離された。今はアガサスの第二王子が婚約者で、婚姻後は王になる腹積もりらしい。カステルはアガサスの属国になる」
「人質か。サイラスにはまだ知らせていないね」
「あいつが知ったら殴り込みに行くよ」
「それは何があっても阻止しよう。すべての計画が無になる」
「政略結婚自体は珍しくもないが、カステルを守るには先に姫を取り戻さないとな」
「結婚式には呼ばれるだろう。カステルに入り込むならその時だ」
「わかった。僕が行けるよう兄様達に頼んでおくよ」
「アルバート様は姫の誕生に戴冠式準備。レオン様は結婚式の準備とブリジット様のご懐妊。代理の理由は問題なしだな」
「だけど行ったら僕は確実に狙われるよね。策を練らなきゃ」
エリザベスとブリジットからアナに渡したいものがあると言われた。
城を出る前に、もう一度メイベルの顔も見ようと部屋を訪れると、隣の部屋からピアノの音色が聞こえる。
「兄様あれは?」
「ゆったりとした曲を聞かせるとぐっすり寝てくれるんだよ。それに早くから音に慣れさせて、レイみたいに楽器を投げ出さないようにしないとな」
「何それ酷いな。基礎までは頑張ったでしょ」
「えっ?」
「ヴィンセントはレイの機嫌を直せたようだね」
レイの後ろにいたヴィンに、アルバートが声をかけた。
「ご心配おかけして申し訳ありませんでした。アルバート様、レイモンド様が楽器を投げ出されたとは」
「ピアノもヴァイオリンもすべて逃げ出した。聴くのは嫌いじゃないみたいだけど」
「そうでしたか」
前に雑貨屋で聴かせてくれたヴァイオリンはどういうことだ。
「アナちゃんに、これを」
エリザベスとブリジットから渡されたのは、ドールハウスのようなメガネ専用の飾り棚。
「ステキ! 沢山飾れるのね」
「そうよ。度数が合わなくなったものを思い出に飾れるし、ドレスに合わせてメガネをかけかえたりもするでしょう? せっかくだからアナちゃんにもっとメガネでおしゃれして欲しい」
ブリジットが銀縁の眼鏡をかけた。
「これどうかしら?」
「ブリジット様も目を悪くしたの?」
「違うのよ。グレース様に相談して、度のないおしゃれメガネを作っていただいたの。今では王都の女性に大人気なのよ」
「へえ、それはいいな。変装にも使える」
「レイったら。でもメガネの普及にはなるわね」
アナはもうメガネを気にしていない。お父様に早速可愛いのをおねだりしよう。
領に帰ってからひと月ほどして、カステルからの結婚式招待状が届いた。
どこからか聞きつけたサイラスは、連れていけないと何度言ってもレイを訪ねて来た。
必ず姉を救うと約束し、なんとかとどめた。
来たら本当にもう姉には会えないと脅して。
「王宮に双子を預けに行く間、僕は離宮に隠れる。リアンも遠目ならまだ大丈夫だろう」
「お任せください。今度は上手く化けますよ」
「ミアもよろしく頼むよ」
「承知しました」
王宮にはレイに変装したリアンが行く。
双子を城に預けた後、『レイ』はカステルへ向かうが途中事故に遭い、やむを得ず引き返す。
お祝いの品は代理のヴィンがアガサスへ届ける。途中でクローク国の馬車と合流。
「俺、心臓飛び出しそうなんだけど」
「ふふ」
ハリーの隣にはクローク国第一王子婚約者のヴィオラがいた。
「可愛いです。綺麗です。いい匂いします。今すぐ結婚してください」
「お前やりすぎだ」
「だってやるなら徹底的にって、母上が送りつけて来たから」
首元まで隠した品の良いドレスを着こんだレイが笑う。
髪色は金髪に変え、声は仕方がないからなるべく話さない。貴婦人の笑顔と小声と首をかしげるだけの話法でしのぐ。
扇も武器として使えるよう細工ずみ。
ミアはレイの侍女役。こちらも全く男とは悟られそうにないほど完璧な仕上がり。
「ハリー様。不束者ですがよろしくお願いしますね」
こうしてカステルへ一行は入国した。




