レイは前に出なかった
領主館に戻ると、エリオットが報告書を読んでいた。
「レイがまた無茶をしたな。無事でよかったが、アガサスの動向は気になる」
それと……。
「また厄介なのにとりつかれたな」
隣国に行かされたサイラスが、レイに会いにやってきていた。
エリオットの言葉に、レイはヴィンの背に隠れたまま頷く。
「まったく。人の話を聞かない奴がよく王様やってたよね。来るなっていったのに、脳筋ってやつなのかな」
「レイモンド様にご迷惑はかけません。ベネ……隣国から通います」
やっぱり何も聞いてない。
「ちょっといいか」
ヴィンが口をはさむ。
「今回の件で確信した。自分一人ではこのじゃじゃ馬は抑えられない。もう一人つけたいと思うが、どうだろうか」
ヴィンはエリオットだけに相談する。
「それ僕の事言ってる?」
「お前は黙ってろ。大事な相談してる」
「当事者を抜いて相談っておかしくないか」
「そうだな。行動が読めない。すぐ前に出る。こっちはいつもハラハラして心臓に悪い。あてはあるのか」
「僕のこと無視しないで」
「俺がその役欲しい」
ハリーが手を挙げた。
「お前、王太子じゃなかったか?」
「弟が継げばいい。もともと外で動く方が性に合ってるし、姐さんのためならヴィンともうまくやるよ」
「一度帰国して父王様に許可もらってこい」
「だから、なぜ僕の意見は聞かないの?」
誰も聞いてくれずレイはむくれている。
「もう少し立場を考えて、大人になってくれ。双子のためにも前に出るな。自ら囮役になるなど言語道断だ」
エリオットに強く言われたらレイは折れるしかない。後ろに実兄二人が見え隠れするから、本当に怖い。
「一度クロークに戻る。姐さんお土産は何が欲しい?」
「あのスッキリしたお茶がいい」
「姐さんの口に合ったか。よし早速行ってきます」
ハリーは鼻歌まじりで出て行った。
「あとはこれどうするかな」
「早く帰って、アレス王の役に立ってこい」
サイラスはアレス王の遠縁ということにして、元ベネノン騎士団の隊長になっていたが、権限は団長よりも上。割と自由に動ける。
「今日は帰ります。また来ます」
「話を聞け!」
レイが扉をあけ、サイラスを追い出した。
エリオットが三人になったところで、念押ししようとレイの前に立つ。
「いいか、レイはアガサスに目をつけられている。ヴィンも同様だ。だからもう一人置く。いいな。双子の警護も増やすからな」
「はい。エリオット兄様の言うとおりにします。勝手なことは多分しません」
「多分じゃない」
「もうしません」
レイは王位継承順位三位。上に二人いても守られるべき王族。
たとえ継承権がなくても、エリオットもヴィンもレイが大事だ。
レイが自衛できるとはいえ、ヴィンが足りないと言うのならエリオットに否はない。
ヴィンがレイにかばわれた話を聞いてぞっとした。自分も耐えられないだろう。
双子のためとか、狙われているとか、理由をつけてでも、もう一人レイの側に置きたくなるヴィンの気持ちは痛いほどわかる。
レイは生に執着していない。命をおろそかにもしていないが、危ういと思わせるところがある。
命を落としたとしても、オリビアに会えるくらいにしか、思っていないのかもしれない。
「ヴィンセント。レイ様を頼むよ」
エリオットはそれだけ言って、また書類仕事に戻った。
面白くないのはレイ。
子ども扱いされ、好きに動けなくなった。
陰に隠れて身を守れ? ……誰に言ってるのさ。
絶対に認めさせるから……。
「今日は刺繍工房を視察するよ」
工房につくと、レイはヴィンに先に入れという。
扉をあけた女性がヴィンを見てがっかりしている。
「なんだヴィンさんじゃない。何しに来たの?」
「レイちゃんは……いたいた。こっちに来て」
「レイちゃんの顔見ないとやる気出ないのよね」
扉をあけた瞬間の落胆した空気……。
……やるせない。
「葡萄酒に果実やスパイスを入れたものをお持ちしました。度数が低めで、これなら領主様でもいけるでしょう」
「ごめんね。一番に味わいたいけど、ヴィンが毒見してからいただくよ」
「そんな、毒なんて」
葡萄酒造りの親方がショックを受けている。
「僕だって一番に味わいたいけど、ヴィンにもエリオットにも身の安全第一って言われてさ」
レイが悲しそうに、不本意だけど仕方ないと言う。
まるでヴィンのほうが悪者だ。
しかしいつ仕込まれるかもしれない。親方には悪いが毒見させた貰う。
毒見担当って、そういえばここ領主館に居ないな。エリオットに後で確認だ。
染物工房でも、どの店でもヴィンが先に入ると落胆された。
レイに差し入れされた菓子も毒見しようとすれば、すごく引かれる。
街にでると何やら騒がしい。
子どもを人質に、立てこもり事件が発生していた。
「様子を見てきて」
レイはヴィンに警備隊の話を聞きに行かせた。
「ベネノンからの流れ者で無銭飲食したあげく、金寄越せと……領主様は? いるけど先にヴィンセント様に説明って、二度手間じゃないか」
警備隊長がすぐレイの指示が欲しいとヴィンをせっつく。
「どうする?」
「金は渡さない。警備隊かヴィンが説得して捕縛。子どもは絶対に助けだして欲しい」
レイはそれだけ言うと、流れ者の居座る店から離れた場所へ移動した。
流れ者自体はすぐに捕縛できたが、子どもが流れ者に持たされた「落としたら爆発する」と言われた瓶を離してくれない。
落としそうで怖くて、どうしても離せないと震えるばかりだ。
母親が来て説得するが離さない。数時間がたち、子どもの精神状態は限界に近い。
そこへレイが顔を出し、子どもの前に膝をつき、そっと話かける。
「僕はここの領主でレイモンド・ウィステリアです。これ、見たことないかな?」
レイが白銀の髪をつまんで見せると、子どもが小さくうなずいた。
「絶対に君を守るから、僕を信じて渡して欲しい」
子どもがもう一度うなずいた。
「最初に僕が瓶の底を持つね。次に君の右手を支えるから左手を離してごらん。今度は左を支えるよ。絶対に落ちない。最後に右手を離して……もう大丈夫」
わっと泣き出した子どもが母親に抱き着く。
警備隊にも安堵の空気が流れた。
「はい、後始末よろしく。中身調べて」
「さすが領主様。後ほど報告いたします」
「……」
「何? また僕が前に出たって怒るの」
「いや、自分たちにはできないことだった」
レイが雑貨屋で弟子達に新しい薬草の説明をしていた時だった。
「レイちゃん、すぐに来て! おばあちゃんが急に倒れて意識がないの!」
「ヴィン、行くよ」
レイが飛び出した。
呼びに来た娘の家は貧しく、医者は呼べない。
着くと女性が寝台に寝かされていて、レイが脈をとりながら倒れる前の様子を聞く。
「昼ごはん食べてたら、急に吐き出したの」
「食材か、なかったら残ってるご飯見せて」
「これです」
娘が食材は全部使いきっていたからと祖母の残したスープを持ってきた。
レイは匂いを嗅ぎ、スプーンで中身をすくい取り、具を確かめて口にした。
「おい!」
ヴィンが止めても、レイは止めない。
「これ毒キノコだね。食用と間違えやすい奴だ。全部吐き出させよう」
レイが女性に水を飲ませ、口中に指を差し入れ吐き出させる。
「あとで薬湯を届けるから飲ませて」
雑貨屋に戻るまでヴィンは口を開かなかった。
「僕は医者ではないけど薬草士として行動した。文句ある?」
「ない」
レイの行動は単純だ。
領民に危険が及んでいれば助けたい。貴族でも、子どもでも、貧しい平民でも、同等に扱う。
顔の見える領主を領民は信頼し慕う。
ヴィンもそれはよくわかっているつもりだった。
「瓶の中身がわかった。ベネノンが隠していた劇物。空気に触れると爆発する」
「またとんでもないものが出てきたね。さきほどの流れ者を取り調べよう。他にもあったら処分したい」
尋問するとウィステリア領内に数名が劇物をもって隠れていた。
隠れ家を聞き出し、捜索に向かう。
「僕は行かないよ。君らだけで対処して」
騎士団とヴィンが派遣された。
レイの側にはクロークから戻ったハリーがいた。
「姐さん、我慢できそう?」
「行ったら先に突っ込んじゃうから、行かないよ」
供述どおり隠れ家は見つかった。
近隣住民を避難させた後、騎士団が大きな盾を持ち、建物を囲んだ。
あとは説得し、応じなければ中へ入る。
「リーダーの男が領主連れてこいの一点張りだ」
「ダメだ。レイモンド様を危険にさらせない」
ヴィンがレイに知らせるなと騎士を止める。
「そうだ、リアン団長に代役をしてもらおう」
「もう主も表に出すぎて、無理だと思うけどな」
リアンが渋々服を着替え、フードをかぶり、隠れ家に近づくが、即ばれた。
「ほらな、逆上してるよ。ヴィンが責任とってよ」
遠目なら騙せても、間近でレイの醸し出すオーラまで出せるわけがないとリアンがこぼす。
「仕方がない。お連れしよう」
最終的にレイが呼ばれた。
「状況教えて」
中には武装した十名。劇物の入っている瓶を見せつけるため、安易に近づけないでいた。
「僕が話を聞くふりをして、扉を開けさせるから、これ使って」
差し出されたのは催眠効果のある薬草。
火をつけて投げこめと指示を出した。
「今日はこれね」レイがにっこり笑う。
リアンからフード付きのマントを借り、レイが歩き出した。
「待て、俺が先に行く」
「僕一人じゃないと扉開かないみたいだけど、どうする? 周辺に劇物を撒き散らされたら、結局はみんなやられるよ」
「トーマスと射者を控えさせておく」
「ヴィンも鼻と口を覆って。中に煙が充満したら全員で突撃。僕はすぐに撤退する」
「お前は中には入らないんだな」
「絶対に入らないと約束する」
「わかった」
レイが扉に近づき声をかけ、フードをとり容貌をさらした。
「レイモンド・ウィステリアだ。扉開ける前に聞くよ。うちに何の用で来た? 仕事探しではないよね」
「貴様のおかげで騎士団は滅茶苦茶だ。変な隊長がきて、俺らは辞めざるを得なかった。この国を少しでも痛めつけないと気が済まない」
「あいつか……。あれは言葉が通じないから同情はするが、君らのやり方は許さない。顔を見せろ」
サイラスの奴。一体何をしたんだか。次に来たら説教だ。
「今度は本物のようだな。痛めつけてやる!」
扉が開いた。
フードをひっぱり頭からかぶったレイがかがむと、火のついた薬草が投げ込まれた。
ハリーが駆け寄り、いち早くレイを避難させる。
「突撃!!」
ヴィンが真っ先に飛び込み、騎士団員が続く。
「「「痛っ!!!」」」
目がしみる、涙が止まらない、やられた。
あいつ、わざとだ。
中にいた流れ者も床に転がり、うめき声をあげて痛さに身もだえていた。
「窓開けろ! 目が開けられない!」
騎士団も目を押さえながら、どうにか男たちを縛りあげた。
外に出ると、レイが木桶を用意させていた。
「顔洗いなよ。あまり擦らないようにね」
バシャバシャと騎士団員たちが顔を洗う。
「はい、どうぞ」
レイがヴィンにタオルを渡した。
「ごめんね。催眠と催涙効果の薬草を間違えたかな」
「もう勘弁してくれ。エリオットには俺から話すよ」
「そうして。僕が前に出なかったって、ちゃんと言ってよ」
「約束は守ってくれた。でも……痛い、まだ滲みる」
涙を流すヴィンが面白くて仕方がないとレイが笑う。
「レイは子どもか。悪ふざけにもほどがある」
「僕は兄様達のおかげでとっくに成人しているよ。それに子どもにはあんな薬草取り扱いできない」
「大人は薬草を間違えないだろ」
はあーと、エリオットがため息をつく。
「時と場合によってはレイにも前に立ってもらう。ヴィンも納得したな」
「懲りた。もう止めても無駄だと悟った。領民に嫌われたくないしな」
「でも君たちの言い分もわかった。ハリーもいるし、無謀な真似はしないと誓うよ」
「そうだな。セオは諜報活動があるからあまり表に出したくないし、ハリーがいれば安心感が全く違う」
「姐さんの勝ちだ。俺とヴィンがいれば危ない目には合わせないさ」
「ハリーよろしく頼む」
ヴィンは何か悔しくて、ハリーの背を思いきり叩いてやった。




