ひとりになった王子
アレス城の会議室。
レイがグレイソンの話を皆に聞かせた。
「ハリー王子は何かつかんでないのか」
「まだ何も。でも、あいつが狂犬なのは知っていた」
「黙っていたのか」
「外交大臣としても仕事してる奴だよ。それにサイラスの護衛かと思っていた」
「違う、俺は見張られていただけだ」
「こうなるとわかっていたの?」
「いずれは攻め込まれると思っていた。だからこの話し合い中に、内密で兵を借りようとやってきたんだが」
「扉に挟んだ警告文は君が?」
「そうだ。あいつは白銀の一閃と黒いのを狙っていたからな」
「グレイソンはハロルドともつながっていたようだけど」
「毒薬狙いで近づき、逆に籠絡されたんだろう」
「媚薬効果か……」
「ハリー王子、情報が欲しい。頼めるかな」
「もう鳩を飛ばしてる」
「鳩? それになんでそんなに情報通なわけ」
ダレン国王太子ジョージが首を傾げる。
「鳩っていうのはうちの諜報員。弱小国は情報をいざという時の切り札にするしかない」
「怖いな」
「ダレン国だって各国に諜報員を置いているでしょう。クロークの集める情報は正確で早いんだよね」
「姐さんのためなら、いつでも飛ばすよ」
「おい、脱線してる」
サイラスが口をはさんだ。
「グレイソンが目覚めたら尋問だ。アレス王にお願いできますか」
「お安い御用だとも」
この御仁、穏やかな顔をして、いつの間にかすべてをしゃべらせてしまう。ただし息子娘に対しては口下手。
二日後、ハリーの鳩が帰って来た。
「グレイソンの話通り、カステルはもうアガサスに白旗をあげていた。すでに内部に入り込んでいたんだろう。無血で開城したらしいぞ」
「そうか。犠牲者は出なかったか」
ずっとうなだれていたサイラスが安堵の息を吐いた。
「サイラス国王、もう国王じゃないか。サイラスはどうしたい?」
「残してきた姉たちが心配だが、アガサスがうまく統治してくれるなら俺は戻らなくていいと思っている。俺には腕力しかないからな。姉の夫になるものへ王位を継承しようと考えていたくらいだ」
「アガサスがこのまま大人しくなればいいですが……」
アルバートがこれで終わりではないと言いたげだった。
「その時は六か国が相手になりましょう」
意外にもリリアから声が上がった。
「待ってくれ」
話し合いが終わり客室に戻ろうとしたレイを引き留める声がした。
また呼ばれたかとレイが振り向く。
「なに?」
「先日の……優男などといって申し訳なかった」
サイラスが腰を折って頭を下げた。
「いいよ。本当の事だから」
「いや、あの剣をみたら噂以上だ。それどころかレイモンド様は本当にお強いのだな。俺にはグレイソンがのろまだったとは思えなかった」
「僕、のろまだなんて言ってないけど」
「とにかくもう今は国王じゃない。ただのサイラスだ。必ず役に立つ、側に置いてくれ……置いてください」
「要らない。鬱陶しい」
レイが嫌だとヴィンセントの後ろに隠れた。
「あなた、何人の王子に口説かれているの? ハロルド、ハリー、ケントに次はサイラス。ヴィンセント様も大変ね」
リリアは呆れ顔だ。
「勝手に来るのは、もうやめて欲しい。そうだ、サイラスは隣国でアレス王をお助けしなよ。うん、いい考えだ」
「あなた隣国って、絶対に国名言わないわね」
「口にするのも嫌だから」
隣国。レイがあえて呼ぶことはしないがベネノン国という。
「そうだぞ。姐さんには俺たちがいるから、サイラスなんて要りません」
ハリーがサイラスに来るなと、しっしっと手で追い払う。
「レイ、いい考えだと思うよ。サイラス殿にはベネノンで騎士団にでも入ってもらおう」
アルバートも後押しした。
「はい、決まり。じゃ僕たちはこれで失礼するよ。いいかサイラス、絶対にウィステリアには来るな」
レイが早く温泉に行こうとヴィンを急かしていた。
後のことはアルバートに任せ、先にアレスから帰国した。
「やっと息がつけるな」
レイは足湯に浸りながら、肩まで浸かれる大きな浴場を作ろうかと、場所の選定を頭に描いていた。
「ヴィン、後で手持ち花火しようよ。打ち上げ花火は途中だったから」
「わかった」
ヴィンは先に上がるといって足湯から出て行った。
領主専用の丸太小屋の前でレイが手持ち花火に火を点ける。
「ねえ、何でずっと怒ってるの? そろそろ教えてよ」
「……」
「何か悩みごと?」
「あの時……」
「いつだよ」
「男爵の館で、お前、俺をかばっただろう」
「何それ」
「しらばっくれるな。扉が完全に閉じないように、お前の夜明けの空、わざと落として挟んだろう」
「あれはトーマス達に居場所を知らせるためだよ」
「それだけじゃないだろう」
花火がパチパチと音をたて、ひとつづつ弾けた。
「そうだよ。君にあの薬を吸わせたくなかった。それが怒っている理由?」
「俺をかばうな。お前、リリア様に言ったことと違うぞ。お前は生き残らなければならないだろう」
花火が燃え落ち、静寂が戻る。
「君を失いたくないから。それではだめ?」
「守り切れない時もきっとある。でも最後まであがくから、もうかばわないでくれ」
「嫌だと言ったら」
「もう側にはいられない」
ヴィンが立ち上がり離れていく。
レイは燃えかすになった手持ち花火をただ見つめていた。
ヴィンは戻って来なかった。
……嫌われたな。
「でも、酷くないか。勝手に体が動いたんだから仕方ないじゃないか」
レイは丸太小屋で独り言を吐いていた。
「レイいる?」
「アル兄様?」
王都を離れたついでに、弟自慢の温泉に立ち寄った兄アルバートがいた。
「何があった? ヴィンセントは?」
「にい…ざま、ヴィンが怒って、でていっだ」
目を赤くしたレイの横にアルバートが座る。
「僕の方が動けるときもあるし、かばうなとか言われても状況見ろよ」
グズグズになったレイがアルバートに愚痴る。
「レイが悪い。護衛としてヴィンセントは仕事したいだけだ」
「そういうのじゃないんだ」
「レイは頭冷やして。仕事だけなら、自分が危険だと判断したらとっくにレイを置いて行ってる。でもヴィンセントの立場ではそう言うしかないんだ。レイは大切にされているよ」
「なら置いていくって酷い。今隣にいて守ってほしい」
アルバートは支離滅裂になってきたレイが寝落ちたのを見届けて外へ出た。
「そこにいるんでしょう。出てきなさい」
アルバートに言われヴィンが物陰から出て来た。
「大事な弟を泣かせたのは懲罰ものだね。でも普段面倒をかけているから許してあげよう」
「俺は主を失いたくない。それだけだ」
「でも君たちの前に立つのが悪知恵を働かせた醜悪な者なら、助け合わなきゃ始末できない時もあるでしょう。ヴィンセントは正しい。でも、レイも自分たちが生き残るために最善を尽くした。そうは思わない?」
「……」
「兄三人にしか本音を言わなかったレイが君を待ってる。必ず顔を見せること。いいね」
エリオットにばれたらただでは済まないよと言い残し、アルバートは足湯に向かった。
「こんなに飲んで。明日、頭痛いぞ」
丸太小屋に入ると葡萄酒の空瓶があった。
「俺は護衛で友人で、友人以上だと勝手に思ってる。だから何があっても守り抜きたい。レイもそう思ってくれているのか」
寝台の横に水を置き、乱れたレイの髪をすくい、後ろへ流す。
「初めてレイって呼んだと思う」
「いつから気づいてた」
「ヴィンの気配はわかるよ」
「そうか」
「君の気持ちはわかった。だからもう喧嘩はお仕舞にしていい?」
少し掠れた甘えた声。
「喧嘩じゃない。危険だとわかったら下がってくれ」
「その声には騙されないぞ」ヴィンも言いたいことは言っておく。
「わかった」
「ならいい」
「水……気持ちが悪い」
「飲みすぎだ馬鹿。ほら、こぼすなよ」
ヴィンは酔い覚ましの薬を探しに行った。
「ありがとう」
扉にむかってレイが小声でささやく。
結局お互いが相手を思う限り、また同じことが起こるだろう。
でも。それでも、レイを危険に晒して失いたくない。
ヴィンは前から考えていたことを実行することにした。




