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誓い

「少し遠回りだけど離宮に寄る。馬車に乗り換えるよ」


 久々にアリアンに跨ったレイは嬉しそうだ。


 領地を出て三日。

 ヴィンはうなじに嫌な気配を感じた。


「つけられてるぞ」


「うーん。しつこいな」


 レイ、ヴィン、エリオットの他に護衛が三名。


 森を抜ければ離宮というところで襲撃を受けた。


 レイを護衛が守り、エリオットの矢で落馬した敵をヴィンが斬り伏せた。


 何人か逃げたが深追いはしない。


「懲りずにアリアンを狙うのは誰でしょうね」


 離宮は湖に近く、白い壁と花の庭が美しい。


 隠れ家のような場所だった。


 ヴィンがメイドに案内され食堂に行くと、食事は二人分しかなかった。


「あいつは?」


「先に休んでいる。明日は早朝に出るぞ。お前も早く休め」


 翌朝、貴族服のレイが馬車に乗り込み、昼前には王都に着いた。


 王宮に入る前ヴィンは別行動をとりたいとレイに告げた。


「三日後に舞踏会です。それまでには戻るように」


 にこりと笑ったレイが言う。


「わかった」


 ヴィンは馬で走り去った。


「手出しは不要。上手くいけば人手がいるでしょう」


 レイがつぶやくと、護衛たちはヴィンを追った。


「さて。父上母上、兄上たちにご挨拶しなくてはね」


 父王は親しみやすそうに見えるが、なかなかの食わせ者だ。


 母王妃はこの国のファッションリーダーであり、自ら興したドレスショップでデザインも手掛ける。淡い金髪に青紫の瞳。


 レイは特に母親似だ。


 王太子である長兄は幼少の頃から身体が弱く、かなりの引っ込みじあん。


 次兄はとにかく本の虫だ。


 第三王子であるレイは外へ行け行けと剣術を習わされ、いかんなく才能を伸ばした。


「レイちゃん、こちらに来てよく顔見せて」


「母上、私を小さな子のように扱うのはおやめください」


「だって私にはまだまだ小さな末っ子なのよ。やんちゃだから怪我でもしてたらと思うと心配で。無事なあなたをみて安心したいの」


 少し困ったように笑って、腕を伸ばす母にレイは抱きしめられた。


「エリオットが無茶はさせまいよ。最近変わった者を側に置いているそうだな」


 父王に隠し事はできない。


「辺境伯バーデットの末子と聞いております。腕は確かです」


 エリオットが答えた。


「そうか。大事にしなさい」


 レイが「はい」とうなずく。


「少し痩せたかしら。髪も切ったのね。急いで調整しなくちゃ」


 母は侍女を連れて早足に去って行った。


 挨拶もすませ、廊下を歩いていると、思わぬ人物に出くわした。


「レイモンド殿下。ご無沙汰しております」


「これは珍しい。辺境伯バーデット殿は王都に何か用事でも?」


「今年も馬を納めに参りました」


「素晴らしい馬ばかりなのでしょうね」


「殿下の所有されている馬には敵いませんが、丹精こめて育てました」


「ご自慢の馬楽しみです。そういえば先日アリアンが連れ去られそうになりました。貴殿の領で被害はない?」


「アリアン?」


 バーデット伯の後ろにいた従者が慌てて主に耳うちする。


「殿下の愛馬ですね、ご無事で何よりです。わが領で馬の窃盗は重罪です。気を付けましょう」


「貴殿の末子を護衛に雇いました。本人は勘当されたと言ってましたが」


「愚息ヴィンセントのことでしょうか。ただの荒くれものです。殿下のお側などふさわしくない」


「私が選びました。縁をきったのなら貴殿に関係ないでしょう。でも私の側におくなら、身分を何か与えなくてはと思うんです」


「畏れ多いことです。我が家門はレイモンド殿下こそ次期国王にふさわしいと思っております。殿下のお眼鏡にかなうなら…いいでしょう。何か手柄でもたてれば勘当はときます。ゆくゆくはこのバーデットが殿下の後ろ盾となりましょう」


「兄アルバートこそ次期国王にふさわしいと私は考えます。先ほどの言葉。違えないように」


 深々と頭をさげバーデット辺境伯は辞した。


「おい」


「あっ、ヴィンセントだ」


 レイが振り向いた。


「ヴィンセントですね」


 エリオットがにやつく。


「からかうな」


 ヴィンがこめかみに青筋を立てる。


「もう用事は済んだの? 見てないで出てくればいいのに」


「あー、なんだ。いろいろ気をつかわせたみたいだな。悪い」


「手柄をお望みだそうですよ」


「くそくらえだ」


「簡単です。すぐにことは収まります」


「お前は王子全開だったな」


 呆れ顔のヴィンにレイは笑顔を返した。



 レイの私室では、慌ただしく舞踏会の支度が行われていた。


 着飾ったレイがくるりと回る。


「どうです? 母上の新作は」


 後ろに控えた侍女たちも、やり切ったのか非常に満足そうだった。


「お前はお姫さんだっけ」


「母上は姫も欲しかったらしく、諦めきれずに、私は着せ替え人形扱いなんです」


 レイは王妃のドレスショップの広告塔でもある。


 やたらと裾の長い白のコートには宝石が縫い付けられ、銀糸の刺繍と凝ったレース。襟元にもたっぷりのフリル。ヘッドドレスの下で白銀の髪は複雑に編みこまれていた。


 男装の麗人にしか見えない。


「君たちもなかなかのものです。エスコート頼みますね」


 慌てたヴィンが危うく腕は差し出すところだったが、エリオットが止めてくれた。


 黒の上下にエリオットは金の刺繍。

 ヴィンは銀の刺繍。


 三人がともに胸につけているのは<夜明けの空>と呼ばれる、角度によって青にも紫にも色を変える稀少石。


 レイの象徴石だ。


「いつもこうなのか」


 横を歩くエリオットに、顔を前に向けたままヴィンは聞いた。


「王妃様は毎回全力で楽しんでいらっしゃる。王妃様流の愛だな」


 エリオットも視線を動かさず答えた。


 王家が入場するたびに拍手がわく。


 最後にレイがエリオット、ヴィンを伴って入場すると会場がどよめいた。


「レイモンド様が尊とすぎる」

「あれは新作ヘッドドレスね。完売までに予約しなきゃ」

「エリオット様もいつ見ても素敵ですわね」

「あの黒髪の方はどなたかしら?」


 次々とレイのもとにも招待客が挨拶にくる。


「レイモンド殿下にご挨拶申し上げます。初めてのお手紙に感激のあまり枕の下にいれて、一緒に眠っております。今宵はまたなんとお美しい」


 隣国の王子ハロルドが、恭しくレイの手を取り、指先にキスを落とした。


 後ろに控えていたヴィンはギョっとした。


 扱いも姫枠。

 白銀の一閃に焦がれる犠牲者ここにもいたとは。


 エリオットは慣れたもので表情を変えない。


 会場の隅で見ていたイザベルと数名の令嬢が、奇声をあげ倒れた。


「お世辞でも嬉しいです。でも、ご令嬢たちがあなたに見惚れていますよ」


「私はあなた様のとりこです。踊っていただけますか?」


 レイは困った素振りを見せる。


「申し訳ないのだけど、私は踊るのは三人と決めています。それももうくじで順も決まっていて、気まぐれに四人目もあるかもとご令嬢方が並ばれていますが、最後尾につきます?」


 レイに婚約者がいないこと。見目麗しく騎士としての名声もあり、踊りたい令嬢が毎回列をなす。踊った後には良い縁談が来るとのジンクスまである。


 なぜご令嬢達が青紫で書かれた番号札を持ち、行儀よく並んでいるのか不思議だったがそういうことか。


 金の番号札(たぶんエリオット列)を持つ列の横に、急遽列ができ、黒い番号札が配られていく。


 ヴィンは見なかったことにした。

 ダンスには縁がない。


「ではまたの機会に」


 なおも手を離さないハロルドから、レイはそっと手を引き抜く。


「ハロルド王子。あなたのご自慢の愛馬を後ほど紹介してくださいね」


 ハロルドが下がる。


 その後、宣言通りに令嬢と踊ったレイは正しく王子だった。


 ターンするたび長い裾が広がりきらめく。

 完璧なエスコートに、ご令嬢は夢うつつだった。


 何かレイが耳元でささやいているようで、ご令嬢は顔を真っ赤にしてうなづいていた。


 ホールから人気のないバルコニーに移動したレイは、エリオットから果実水を受け取った。


「殿下お疲れさまでした。ハロルド様から園庭にお越し下さるようにと伝言です」


「役者がそろいました。行きますよ」


 レイは手袋を脱ぎ捨て、儀礼用の剣から愛剣にかえ庭園へと降りた。



 庭園でハロルドが愛馬をともない、笑みを浮かべていた。


「いかがですか? この漆黒の毛並み申し分ないでしょう。レイモンド様の愛馬と番にさせたいと思うのです。レイモンド様の代わりと思って大事にいたしますから、お譲りいただけませんか」


 ハロルドを無視してレイがヴィンに尋ねる。


「どこで生育されたものだと思う?」


「……」


 ヴィンは答えない。


「美しい漆黒の馬はバーデット領でよく見かけますね。それにほら家紋が焼き印されている」


「どこまで知っている?」


「三年前の戦で何頭か目にしました。おかしいですね。わが国で馬の輸出は禁じているのに」


 ヴィンは目を伏せる。


「貴国から我が国への献上品だと聞いておりますが」


「そんな目録があれば、見せていただきたいですね」


 ハロルドが目を泳がせたまま、黙る。


「レイモンド殿下から呼び出しをいただいたが、これはどうしたことですか」


 バーデット辺境伯が現れた。


「こちらが聞きたいよ」


 レイがバーデット辺境伯を睨みつけた。


「俺から説明する」


「黙れ、殿下の前で不敬だぞ」


「貴殿こそ口を閉じて」


「もう数年前からバーデットの馬を隣国に流している。それを知った俺は親父にやめてくれと頼んだが聞き入れられず、隣国へ連れ出される前に馬を放した。それで怒った親父が俺を勘当した」


「アリアンを狙ったのはなぜ?」


「大方口封じの賄賂だろ。ハロルド王子は随分とレイモンド殿下にご執心みたいだからな。アリアンを連れ出そうとした者も、襲撃犯も、親父の子飼いだった。捕らえて警備団に引き渡してきた。助っ人助かった」


「レイモンド殿下! 愚息の話など信じるに値しませんぞ。ヴィンセント嘘を吐くな」


「噓なものか、逃げた者の靴跡をみればバーデットの者とわかる。お粗末だな」


 バーデット辺境伯の顔が醜くゆがむ。


「裏切者が余計なことを言うな。こうなったら……」


 バーデット辺境伯がヴィンに剣を向けたが、レイの剣がそれを弾く。


「バーデット領で馬の窃盗は重罪でしたね。わが領では死罪です」


 ヴィンが父の顔面を殴りつけ捕縛した。


 王の前に、縄で縛られたバーデット辺境伯が連れてこられた。


「アーサー。他領の馬と区別し、自慢としていたのになぜだ」


 王の冷たい声にアーサーが答える。


「戦があってこそ馬が徴用される。和平など結ばれればわが領が困る。なら戦になるよう仕掛けたまで」


「愚策だな。平和の時でさえ馬は必要だろう。話にならん。レイモンドに処遇は任せる」


「バーデット辺境伯には退いていただきましょう。領主として資質なしです。逆賊として流刑。大好きな馬の好物の岩塩でも掘らせましょうか」


 父王そっくりの冷たい声でレイが告げる。


「ヴィンセントはあなたの望み通り、この度手柄たてましたから勘当をといて構いませんね。愚かなあなたに代わり領を治めてくれるでしょう」


「馬鹿な! ヴィンセントになど後継はつとまらん!」


「人を見る目がないですね。そうそう王都で好き勝手派手にふるまうわりに、税収がないとうそぶく叔父と、ここ数年バーデット領から納める馬の数がわずかながら減少していることで密売に気づいたのも、全て王太子アルバートですよ。次期国王にまさにふさわしいでしょう」


 うなだれる元辺境伯は地下牢へ連れて行かれた。


「さすがレイモンド様。先ほどの裁定も剣裁きも見事。目の前で拝めるとは僥倖でした。危うく貴国との和平が決裂するところだった。悪党も捕まりましたし、私どもはこれで御前を失礼いたします」


 黙って見ていたハロルドが立ち去ろうとした。


「ハロルド王子。知らぬでは済みませんよ」


 レイが引き留めた。


「我が国の馬は全頭こちらに返していただく。あなたがこの国に二度と訪れないようあなたの父王様に伝えます。指先に口づけされて鳥肌が立ちました。手袋がなければ腕を切り落とすところでした。その身をもって受けられなくて残念でしたね。あと一番大事なことを最後に…」


 皆が息をのむ。


「アリアンはどこにも嫁に出しません!」



「死罪にしなかったな」


「高位貴族が身分を剥奪された上に、犯罪者むけの重労働なんて死罪以上でしょう」


「それもそうか」


「君の兄たちは知らなかったようですね。まぁ無罪にはできませんけど」


「俺にも止めきれなかった責任はある。罰してくれ」


「ではヴィンセント・バーデットに申し渡します。領地に戻ることを当面禁止。領地はしばらく監視つきで君の兄に任せましょう」


「それは!」


「殿下からの罰だ。黙って受けとけ」


 エリオットが下をむいて震えるヴィンの肩を叩いた。


 領地へ帰る前にレイたちは王妃のお茶に呼ばれた。


「また行くのね。寂しくなるわ」


「父上が色々と面倒事を押し付けるので」


「アルもレオも同じこと言ってる」


 兄たちが大きくうなづく。


「エリオットとヴィンセント。二人がいれば軽くこなせるわね。レイちゃんの次のドレスを新調するのも近そうだわ」


 王妃から笑みがこぼれる。


「あなたが送ってくれた染物すごくいい色だった。ハンカチもクロスも図案がいいし、刺繍も見事。良いお針子がいるのね」


「当店への御贔屓に感謝します。母上もまた端切れ送ってくださいね」


 王妃のドレスショップは雑貨屋の顧客だった。


「レオ兄様も新作楽しみにしています。〈騎士様わたしをさらってシリーズ〉はすごく評判いいです」


「書き上がったら送るよ」


 レオンが眼鏡のブリッジをくいっと上げて答える。史料編纂や外国語の翻訳の傍ら、執筆活動をしている。


「ブリジットが薬草を書き留めたものをすごく助かってるって言ってたよ」


「また送りますとお伝えください」


 レオンの婚約者ブリジットは医者だ。


「そろそろオルレアンへ行く頃ね」


「もちろん。楽しみにしていますよ」


 オルレアン領は王妃の実家で、祖父母たちが住んでいる。


 帰りも離宮に寄り、木綿の服に着替えてから領に戻った。


「体が軽く感じます」


 アリアンに跨がったレイの白銀の髪が、ふわりと風になびく。


「そういや最後に『アリアンは嫁に出さん』ってあれはしまらなかったよな」


 大口を開けてヴィンが笑った。


「そんなこと言う人には、ご褒美あげません」


 レイがふくれた。『アリアンは特別なんです』つぶやきはヴィンに聞こえなかった。


「アリアンを休ませます」


 レイはヴィンをともない領主館の裏手へと向かった。


 厩舎に近づくとヴィンはまさかと耳を疑った。


 それは勘当されたときに置いてきた愛馬の鳴き声。


 子馬の頃からずっと大事に育てた。

 ずっと気になっていた。


「ハロルドが連れてきたのは君の馬でしょう」


「なぜそれを」


「だって君ずっと辛そうに見ていたじゃない。馬も落ち着きがなかったし。もしやと思ってアーサーに吐かせた」


「あなたという方は……」


 ヴィンの声が震える。


「俺は……私は父を見て、貴族になんて戻りたいとも思わなかった。忠誠心だって持ったことがない。でもあなたを知って側で役に立ちたいと思った。あなたにならこの剣にかけて忠誠を誓う。誓わせてくれ」


 レイの前に跪づき剣を置く。


 そして手をとり、額にあてた。


 レイは満足そうに笑みをこぼす。


「アリアンは嫁に出さないけど、婿なら考えてもいいよ」


 やっぱりしまらなかった。

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― 新着の感想 ―
アリアンが御作のヒロインということですね。レイもこのような扱いでは、性癖がおかしなことになるのも無理ないと思います。一方で、馬泥棒のくだりは見事な展開でした。今回もとても面白かったです。
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