収穫祭
「ヴィーン、オムレツ作って」
今朝も子どもらの卵を受け取ったレイがヴィンを呼ぶ。
以前はヴィンに対して一線ひいていたのか、今はめちゃくちゃ甘えてくる。こっちが本当の顔らしい。
エリオットがやっと自分の時間が持てるとほくほくしていた。
かわいい従弟なのだろう、小言を言うわりにレイにすごく甘い。
レイが調剤室にこもるときは店番。
ご近所さんには名前も覚えられ、ヴィンさんと呼ばれるようになった。
飯屋の女将からレイが小食で残すから、必ず食べきるよう見張れと言われた。
息子のように気にかけてるんだな。
そういや王家全員も甘かった。
特に国王。
親父を裁くときは威厳を保っていたのに、もっと顔を見せに来いとしつこくして、嫌がられていた。
王妃様と兄殿下のお茶には喜んでいた。
父親に対して息子は時に反発したくなるし、甘えるなどできない。
人前では国王陛下と呼び、裏では父上と呼ぶ。本当に嫌っているわけではなさそうだ。
自分自身もそうだった。
親父と普段ろくに顔も合わせないし、話もしなかった。
なのに隣国に馬を連れて行くなと責め立てた。
違うやり方があったのかもしれない。
今となっては遅いが。
手紙でも書いてみようか。
そんなことを考えていた。
レイがじっと見ている。
視線に気づき、空になった皿が目に入る。
大丈夫、完食だ。女将に報告しておこう。
「収穫祭はすごく前から準備してたので、思い切り楽しみたい」
「準備って、お前は子どもらと泥団子大量に作ってなかったか?」
「お祭りに絶対必要なんだ。支度して行くよ」
皿を片付ける俺に明るく声をかけてくる。
何か気遣いされたらしい。
会場広場につくと、そこかしこに屋台が出ていた。雑貨屋からも子ども服や薬を出している。
「新商品も出します」
離宮で出されたハーブティーをレイが気に入ったようで詳しく聞いていた。
これなら山で手に入るから、材料費はただ同然。雑貨屋店主は商魂たくましい。
売ってる店主のツルツルもち肌に、美肌効果ありとみた女性たちに受け、即完売した。
店番はいつもの事務官。
彼の名はアランだそうだ。覚えておこう。子爵家の次男、彼女なし。いかにも事務系。馬に跨っているのを見たことがない。いつも徒歩だ。
教会の前で本を読む若い令嬢たちがいた。傍らで木片に字を書いて見せると、子どもたちは目を輝かせている。
あの令嬢方どこかでみたような顔。
「学校を考えたのだけど、子どもたちも働き手で長時間家は空けられないでしょう。司祭やシスターにも休みあげたいし、人雇うとお金がかかる。なら時間に余裕ある近隣の貴族令嬢たちに週一回、青空教室を開いてもらうことにしました」
舞踏会でささやいていたのは甘い言葉でなく、慈善事業の勧誘だった。
結婚相手を見つけるにも好印象を持たれるかもと丸め込んだらしい。踊った三人は偶然ではなく、レイの指示で近隣貴族の令嬢が選ばれた。
憧れの王子様と踊れたのだからいいか。
「収穫祭最後のお楽しみです!」
レイが手を叩いている。
何が始まるんだ?
傭兵たちによって、布に覆われたものが運びこまれた。荷車からはみ出している。
十人がかりでそれを台の上に立たせると、領主代理エリオットが布を引きはがす。
「前領主の像です。領主様から今まで溜まったストレスの発散に、泥団子を思い切り投げてよしとお達しがありました」
歓声が上がった。
「始め!!」
エリオットがものすごい速さで像から離れた。
籠いっぱいの泥団子を、大人も子どもも一斉に投げつける。
前領主の像は、ぐちゃぐちゃのドロドロまみれになっていく。
「そうれ!!」
レイも子どもたちと競争して、泥団子を投げつけている。
「うちの領主様は最高だろ」
いつの間にかヴィンの横にエリオットが立っていた。
「知ってる」
ヴィンもレイに駆け寄り泥団子を手にした。
その後も屋台で串にささった肉が食べたい。
串を振り回すな! 取り上げた。
瓶から直接、葡萄酒が飲みたい。
止めた替わりに木製のコップに注いだら、意外と喜んでいる。
領民と踊り出す。
飯屋の女将の手を恭しくとるのやめろ! 困ってんぞ。
思い切り祭りを楽しんだ。
連れて帰る頃には、眠いから背負えと言い出す。
甘えるのもいい加減にしろと言いたいが、まあ仕方がない。貴族なんて堅苦しいことばかり。ましてや王族だ。たまの息抜きくらい大目に見よう。
収穫祭翌日。
後片付けが大変だったことと、全身が泥だらけになったレイに、王子としての尊厳が…と切れたエリオットに叱られた。
「像を溶かす前にこんな使い方もいいかなって。叔父もついに役に立ちましたね。来年もやります」
全く悪びれない王子だった。




