ヴィンの里帰り
「これ、どう思う?」
ヴィンに渡された手紙をレイが読み終えると、領主として意見を述べる。
「君の兄上たちが決めたのなら、国王陛下に采配いただくしかないだろう」
ヴィンはバーデットを継がないと決め、領主に長兄を指名した。
だが父で元バーデット辺境伯が起こした謀反に対し、よくよく考えた兄たちは、レイにバーデットも統治してほしいと、まずヴィンに相談の手紙を寄越した
「この前はすんなり受け入れたのに、急にどうしたのだろうか」
「気になるなら里帰りしてみる?」
「そうだな。一度様子を見てくるのもいいな」
「僕も行くよ。この目で確かめたい」
「手間をかけるが、よろしく頼む」
バーデットにはセオ、トーマス、ミアを同行させた。ミアは実戦経験を積むためだ。
バーデットは深い森を隔てウィステリアの隣領。
朝早くから馬を飛ばし、昼すぎにはバーデットに着いた。
すぐ騎士団の者がきて挨拶を交わすが、お付きの方々にはぜひ懇親会に来て欲しいと、トーマス達は連れて行かれた。
仕方なくヴィンはレイだけを本館に案内する。
「レイモンド様、ご無沙汰しております。ようこそお越しくださいました」
ヴィンの長兄ヘンリーが出迎えたが、夫人の姿は見えない。
「体調が悪く、ご挨拶できず申し訳ございません」
「それはお大事に」
何かヘンリーの様子がおかしい、あの元気なヴィンの母親もいない。
「実は母も具合が悪く……」
「それは心配だな。挨拶はまたにしよう。あまり無理させないでくれよ」
ヴィンも何か変だと感じたようだが、兄に話を合わせた。
「それで申し訳ないのですが、客室の用意がまだ整いません。レイモンド様、もうしばらく居間でお待ちください」
「ヴィンの部屋に一緒に泊まるから支度しなくていいよ」
「な!」
「だって僕たち恋人だから。ね。ダーリン」
「それは!? うわ!」
「早く部屋に連れて行ってよ。二人きりになりたい」
驚くヘンリーを残し、レイはヴィンの腕をつかんだ。
「どういうことだ」
「あれ。何か隠しているよね。トーマス達が引き離された。ここでヴィンと離れるのは得策じゃない」
「そうだな」
「僕は歓迎されていないみたいだしね」
家臣達が頭を下げるが、それはヴィンに対してだけ。
王族であるレイに対し、敬う気も気遣う気もないようだった。
コンコンと窓を叩く音がした。
二階だが不思議にも思わず、ヴィンが窓を開けると、セオが窓枠を乗り越えた。
「部屋聞いておいて正解。探す手間が省けた」
「そっちはどう?」
「表向きはすごい歓迎されてる。監視されてるな」
「セオはどうやって抜け出したの」
「酒吐いて部屋に戻らされた。後はトーマス達がうまくごまかすだろう」
「本館はヘンリーの妻とヴィンの母上がいない」
「あの母が客が来て顔を出さないのはおかしい。連れ出された可能性があるな」
「探ってくる」
そういうとセオはひらりと暗い庭へ姿を消した。
今日は疲れたからと、夕食を断り軽い夜食を運ばせた。
「僕は色々耐性つけているし、君に危害を加える気はないでしょ」
レイが少しかじってみて、やっぱり大丈夫とヴィンにすすめる。
レイは食べる気がないようだ。
少し待ってろと言ったヴィンが、カップを片手に戻ってくる。
「オルレアンの蜂蜜をお湯にたらしてきた。茶葉はわからないから、これで我慢しろ」
「美味しいよ。ありがとう」
ヴィンはずっと難しい顔をしている。
「そんな眉間にしわ寄せないで。明日から調べよう」
さっさと寝支度を終えたレイが先にベッドに入った。
夜着の用意もなく、ヴィンの大きなシャツを借りた。
「彼シャツか。イザベルに知れたらまた書かれちゃうね」
一人用にしては幅の広いベッドも、成人男性二人には少し狭い。
サイドテーブルに木彫りの馬を見つけた。
「可愛いね。子どもの頃にこれで遊んだの?」
「レイモンド様は明日、領に戻って欲しい」
「やっと口開いたと思ったら、それ? 帰らないよ」
「これはバーデットの問題だ」
「ウィステリアの問題でもある。あの手紙は確かにヘンリーの字だった」
「もし、お前に何かあったら……」
「ないよ。君が守ってくれるんでしょ」
「……」
「じゃお休み。寒いからこっちに寄って」
「一緒はちょっと……。俺は長椅子でいい」
「だめ。恋人でしょ? 暖めて」
本当に寒いのだろう。猫のように丸くなってレイは寝てしまったが、ヴィンは寝るのを諦めた。
ヴィンの母アガサは、ヘンリーの妻エイダと共に、貴族の屋敷に捕らわれていた。
食事も十分与えられ、広い部屋の中なら自由に過ごせるが、外には出してはもらえない。
「何回言えば納得するのかしら。夫アーサーが隣国と手を組んで戦争を起こそうとしたから罰を受けたの。バーデットがまだ辺境伯として残っているのはレイモンド様のおかげです」
「アーサー様に間違いはない。奥様こそレイモンドに騙されている、ヴィンセント様を丸め込んで、ヘンリー様まで脅したに違いない。このバーデットを手中に収めようとしているではないか」
「本当に話を聞かない人達ね」
「それは奥様ですよ。憎きレイモンドを罰し、必ずやアーサー様の敵を打ちます」
「まだ死んでないわよ。元気に塩掘ってるわ」
「おいたわしいことだ。とにかく計画を知られたからには、当分お屋敷には返せません」
アーサー・バーデットは家臣に慕われていた。
強い馬を育て続け、辺境の地で隣国から国を守り、騎士たちと寝食を共にするなど、謀反などという馬鹿なことさえしなければ優秀な領主であった。
バーデットは残ってはいるが、もう中央に居場所はない。
詳細を聞かされていない家臣から不満や不信感がでるのは当たり前のこと。
ヴィンセントは名前だけ当主、実際は長兄ヘンリーが治めていたが、まだアーサー派に認められてはいなかった。
臣下達の訴えに、異を唱えたアガサは連れ出されてしまった。
レイはさわやかな顔で朝食をとっていたが、ヴィンは寝不足で欠伸をしている。
「昨夜は寝かせてあげられなくてごめんね」
「〇×△!!」
「ヴィンセント、後で説明してほしい」
「兄上これには深い深いわけが……」
「頭が痛い。食べ終わったら執務室に来てくれ」
ヘンリーは食べずに出ていった。
レイとヴィンが執務室に入るとヘンリーが人払いして三人だけになったが、念をいれ筆談を交わす。
無言では怪しまれるので、レイがヴィンとの惚気話をしながら。
(母上はどこに?)
(わからない)
妻と母が買い物にでかけたまま、行方がわからないという。
家臣に探させても見つからず、もう五日も眠れない日を過ごしていた。
次兄のジェームスは国境警備で不在。誰にも相談できず困っていたという。
五日前だと、ヘンリーから手紙を受け取った後に行方知れずか。
(統治のことを誰かに話した?)
レイが関係あるのかもと言い出した。
(父の側近だった男に知られたかもしれません)
常に見張られていると言う。
アーサー派の者が冤罪だと王都に手紙を幾度も送りつけていた。
(アーサー派なら見つからないよ)
(俺らが探る。兄貴はここで待っていてくれ)
廊下に出るとレイがヴィンに甘えだした。
「お兄様に認めていただけて良かった。ヴィン、バーデット領を案内して」
「そうだな。騎士団や厩舎、街にも案内しよう」
ヴィンが棒読みだったが、気にしない。
「レイモンド様、もう勘弁してやってください」
執務室に入る前からずっと指をからめたままで、ヴィンがもう茹たこになっていた。
アーサー派の目をごまかすためとはいえ、ヴィンには赤面ものだ。
騎士団に着くと、トーマスとミアに合流できた。
首を横に振っている。ここには不審なものは見つからなかったようだ。
次に厩舎、出荷前の馬が並ぶ。
「壮観だね。僕も一頭欲しいくらいだよ」
アリアンに騎乗することはなくなったが、その後特定の馬を決めていない。
レイにとってアリアン以上の馬は存在しない。
「こちらを騎乗されますか? この中で一番たくましく足が速い」
「おい、どういうつもりだ」
ヴィンが声を荒げる。
「我が国最強の騎士のレイモンド様だ。何も問題ないでしょう。まさか気後れなさいますか」
厩舎を案内している騎士が薄笑いを浮かべ、厩務員たちも見世物でもみるかのような態度だ。
「ご令嬢のように細い身体だ。無理なさらずとも、誰も何も言いません」
「問題ないよ。騎乗しよう」
レイの前に連れて来られたのは裸馬。
危なげなく、ひょいと手綱を持ち、自身の体を引っ張り上げる。
「いい子だね。少し歩こうか」
騎士がふんと鼻を鳴らし、これくらいできて当たり前と面白くなさそうだ。
見た目で判断してはいけない。レイは野生児時代、裸馬も乗りこなしてきた。落馬しそうになって、その後は禁止された。
ここも不審な動きはなさそうだ。
「ヴィン、記念に何か買ってよ」
「母の行きつけの店に入るか」
「きゃー本物よ! 神々しくて、目がつぶれる」
若い女性たちに騒がれた。
「まさか! 嘘だろう」
名ばかりだが当主に甘えるレイに、バーデットの騎士たちは驚きを隠せない。
二人が愛人関係だとの噂は本当だったのか。
レイが来ると聞きつけた、イザベルの愛読者が街を張っていた。
その女性達から話を聞いた騎士たちは半信半疑だったが、目の前の光景に信じるしかなかった。
「せっかくのデートなのに。二人きりになりたいな」
「そうだな。騒がれたら店にも迷惑だ。お前達は店に誰も入らないよう見張っておけ」
レイ達はアガサ達が最後に立ち寄った店に入り、それとなく馬車の走り去った方角を聞き出した。屋敷とは反対方向だった。
郊外の屋敷に店からの遣いだと名乗る女性が訪れる。忘れ物が見つかり届けに来たのだと。
「品物を受け取ろう」
「それは無理ですわ。直接渡すように大旦那様から言われています。それに、あなたが預かれますの?」
「疑わしいな」
中身を見せろと言った騎士が赤面する。
「さっさと渡してこい」
女装したミアがアガサの部屋へ通された。
「奥様こちらを。お忘れ物です」
騎士には下着と言ったが、袋の中にはウィステリア刺繍のハンカチが入っていた。ぱっと見ではわからないだろう。
「ありがとう。お駄賃に何かあげたいけど、クッキーが八枚くらいしか残っていないわ」
「いえ、また店にいらしてくださいませ」
そう言うとミアは屋敷をすぐに立ち去った。
「ビンゴです。見張り役と思われるのは八名」
「あとは救出だけだ」
レイは密かに、ウィステリア騎士をバーデットに連れてきていた。
救出をトーマスとミア、騎士達に任せ、館に戻る。
「兄貴、もう大丈夫だ」
執務室に入るとヘンリーとアーサー派筆頭の古参家臣がいた。
「ヴィンセント様、どうかなされましたか」
「母とエイダ姉さんが見つかったと言ったまでだ」
「それは良かった! 見つけ出した者にヘンリー様から褒美を出していただきましょう」
「嘘臭い演技は要らないよ」
「レイモンド様まで一体何を言っているのか」
「お前も密輸に深く関わっていたな。金が入らず困ったのか? それとも戦争がしたいのか?」
「何を証拠に」
「あるさ。セオ」
大量の書類が渡された。
「アーサーが捕まった後は君が主導していたのか。日付から受け渡し場所まで丁寧に記録してるなんて、後でアーサーに報告するつもりだった?」
「違う。私じゃない」
「この筆跡、照合させようか。どうする?」
もはや逃れようがない。古参家臣が剣を抜くが遅い。ヴィンによって拘束された。
「ヘンリー、ヴィンセント!」
「母さん、無事でよかった」
「あなた!」
ヘンリーは妻エイダを抱きしめた。
「レイモンド様、本当にありがとうございました」
ヘンリーが深々と頭を下げる。
「もう本当に呆れたわ。まだ隣国とつながる者がいたなんて、もう一度全員を検めます」
「母さんも冷静に見張りの数まで伝えてくれて、さすがだな」
「留守がちな旦那様の代わりに色々学びましたからね」
ヴィンは人の話を聞かない母が、よくあの刺繍だけで分かったものだと感心していた。
ヘンリーがレイに願い出る。
「一度は継ぐと決めたのですが、やはりバーデット家はもう必要ない。レイモンド様に統治していただきたい」
「それは国王陛下がお決めになることだ。ヴィンセントと共に王宮へお伺いをたてに行ってはどうだろうか」
「はい、そのように。母さんもそれでいいね」
「私はもう当主夫人ではないわ。あなた方が決めなさい」
「兄貴に継いで欲しかったが従うよ。俺は主の側から離れられないからな」
ヘンリーは堅物だった弟の変わりように驚く。変えたのはあの方だろう。
口数が少なくぶっきらぼうな態度で、馬以外に関心がなかった弟。
それが自分の出した一通の手紙だけで心配して来てくれたばかりか、様子がおかしいと気付き、助けてくれたのだ。
あの方に出会い、忠誠を誓ったと誇らしげに語る弟。
あの方の側でお仕えするなど、自分には到底できそうにないが、心の底から羨ましいと思った。




