新たな護衛と仔馬
双子が四歳を迎えた。
その日は朝からレイのテンションがあがりまくりで、抑えるのが大変だった。
ルーカスは念願の本物の剣をもらい、まだ重いが、素振りが楽しくて仕方がない。
アナベルはオリビアが使っていた裁縫箱を綺麗に磨き直したもの。
色とりどりの刺繍糸がたくさん入っていた。ハサミや針は都度侍女から受け取る。
「お父様ありがとう。僕も今日から剣士だね」
「大事にずっとずっと使うわ」
双子を抱きしめキスして、レイは心の中でオリビアと喜びを分かち合った。
ソフィア特製の大きなバースデーケーキのローソクを吹き消す。
「そろそろ二人に、専任の護衛を置きたいな」
外出が増え、それぞれ違う場所に行くこともある。
いよいよエリオットが侯爵家を継ぐ日も近づき、新体制に組みなおす必要が出て来た。
今まではヴィンや護衛三人組、腕の立つ侍女たちが担ってきたが、いつまでも兼任というわけにはいかない。
「よし騎士団から選ぼう」
「推薦したい者がいますので、レイ様とお二人に会っていただきたい」
リアンはすでに候補を絞っていた。
リアンはオルレアン侯爵の親戚筋にあたる伯爵家に養子となり、いずれはハーバート伯となる。
騎士団長ともなれば高位な身分があった方が何かと便利だ。レイの代理も務められる。
数日後、騎士団を訪れたレイと双子は広い修練場を眺めていた。
「あの方はすごく体が大きいね」
「怖い方だと嫌だな」
リアンに案内され騎士団長室へ移動すると二名が待っていた。
「紹介します。ミアは男爵家三男で私の従弟です」
「ミアです。初めまして。よろしくお願いしますね」
背はそれほど高くもなく、金髪青目で中性的な顔立ち。
双子がミアを見て、この方は男性? 女性? と混乱している。
騎士服なのだがシャツの色がピンク。そんなもの支給していない。
「個性は大事にしないといけませんから」
「えっと、腕はどうなんだ?」
レイも疑わしげだ。
「そこは保証します。まだ十八歳と若いですが見た目と違って鍛錬は積んでいます。実戦が少し足りないですが、こなしていけるでしょう」
「そのシャツは目立ちすぎないか?」
「私はレイモンド様と違って中身も女の子です。これは譲れません」
「そうは言ってもな」
「諜報も潜入も得意で、機転もききます」
「リアンが言うのなら間違いないだろうね。もう一人は?」
「フローレンス・スミスと申します。父は子爵です」
フローレンスは十七歳。茶髪に薄茶の瞳、目立たないが、優しげで気立てもよさそうだ。だが、とても剣を振るうとは思えない細身。
「得物は?」
「主に針です」
指の間に長さの違う針を幾本も挟んでみせた。毒針で相手を昏倒させるか、二度と目を覚まさないようにもできる。
そして医術の心得もある。
「縫合も大好……得意です。怪我人はお任せください」
いつの間に入団していたのだろう。暗殺を得意とするあのスミス家か。なんとも頼もしい。
「そうか、一日考えさせて」
「承知いたしました」
その日レイはソフィアの屋敷へ帰った。
「二人はどう思ったかな。正直に話して欲しい」
「お二人とも優しそうですし、お強いのでしょう? 私はお願いしたいです」
「僕も面白い人だなって思ったよ。それにリアンもトーマスも一緒なら安心だね」
レイは自衛できるし、ヴィンもいる。
セオは諜報も兼ねているので側に置きたい。
リアンは騎士団をまとめながらも、アナベル様はフローレンスと共に私がお守りすると言っているし、ルーカスはトーマスにすごく懐いている。
トーマスならミアとも上手くやっていけるだろう。
人手が欲しい時はハリーが手を貸してくれる。
双子の護衛は決まった。
***
翌朝レイが雑貨屋へ戻ると、台所に男の子がちょこんと座っていて、ヴィンが食事をとらせていた。
「もう来たの?」
苦笑するレイの腰に抱き着く。
「レイ様に会いたくて来ました!」
先月帰ったばかりのケントだった。
帰国したモリーナから事情を聞いた国王夫妻は泣き崩れた。
小国が生き残るために仕事は山積み。構いたくても時間がなく、末子が眠りについた後に部屋を訪れるのが楽しみだったと。
長兄も可愛い弟に膨大な勉強をさせたくないからと、ひとり必死で頑張っていた。
姉モリーナも『可愛い、これケントに似合いそう……欲しい』だった。
「なんだ、随分愛されてるじゃないか。ならなぜここに?」
「これからは父や兄をお助けしたいので、レイ様の元で学びたいです。王子扱いはしなくて構いません。だからお願いします」
「困ったらおいでとは言ったからね。いいよ、ただし一カ月だけ。ずっとはダメだ」
「なぜですか?」
ケントが首をかしげる。
「なぜって、面倒くさいから」
「面倒!?」
「もう客人とは思わない。必要なことは自分で探しなさい」
「わかりました。必ず何か学び取ります」
ケントはウィステリア領滞在の許可をもらった。
マナーと学問は双子と共に学び、あとは自身で好きに動けと。
「いくら面倒だからってあれはない。嫌なら追い返せばいいだろう。それに一カ月って何でだ?」
ヴィンがレイを窘める。
「屋敷から出ずに過ごすだけならそれでもいい。最初から甘やかす気はないよ。アレス国に恩は売りたいけど、長く留めたら恨み買いそうだから、一カ月」
「そうか、そうだな」
ヴィンは納得顔で、さすが俺の腹黒主と言ってレイに睨まれた。
「なんでまた来てんのさ」
ハリーがケントをみて顔をしかめる。
「ハリー兄上。姉上からの手紙です」
あにうえ? 目を点にしてハリーが固まる。
「結婚式には呼んでくれるよね。お祝いにウィステリア染め物に刺繍したものを贈ろう」
「ハリー王子。良かったですね。クロークはこれで安泰」
レイとヴィンが盛大に冷やかす。
「よくよく考えたら、未来の王妃が可愛いしか言わないとか無理じゃない?」
「姉上は本気です。もしかして姉は遊ばれていたんですか? 宣戦布告します」
「ハリーじゃそんな器用な真似はできない。ヘタレだよ」
レイの言葉に、「ハリー王子は性格が悪い」と伝えることになった。
ハリーはなぜ自分が悪者に?
不服に思うが、婚約回避できるならと押し黙った。
ケントは最初の十日を双子と過ごした。
年下の可愛い双子に懐かれ世話もやいたが、これは違うと気付く。
今では立派な学校になっている〈青空教室〉にもついて行ったが、平民と机を並べるなんてと、途中で帰ってしまった。
騎士団に行っても相手にされない、見習いは掃除からと言われて腹が立つ。
王族になんてことを……って王子扱いしないでと言ったのは自分。
それでも箒を手にすることができなかった。
たまたま騎士団に用のあったヴィンについて雑貨屋に行ってみる。
カランカラン。
いつもの食堂の女将だ。
「レイちゃんいる? いたいた、良かった。ここ最近風邪が流行りはじめたから、うがい薬ちょうだい」
「そんな季節か。うがい薬と風邪薬も在庫増やさなきゃ。女将、お大事に」
薬草士見習いの子が呼ばれ、必要なものをレイから聞いている。
カランカラン。
農家のおじいさんだ。
「畑にほれ、あの小さい黒虫がついてのー。虫除けをくれんか」
「これ試してみて。葉には直接吹きかけない、収穫一週間前には使用やめるように」
「わかっとるよ。ありがとさん」
農家も対策は取っているが、レイも色々用意して渡している。
色々な客が来るのだなと、ケントは隅に座り、じっと見ていた。平民ばかりだ。
カランカラン。
今度は若い女性客で本を携えている。
「レイちゃん、次の巻入ったかしら」
「どうぞ。また皆に読み聞かせお願いしますね」
「もう読みだしたら止まらないの。あとこれ新柄よ」
「早速母上に送りますね。次またお願いします」
レイが受け取ったのは何かの図案。
「今のは?」
さすがに気になったのかケントが聞いてくる。
「刺繍をお願いしているお針子さんだよ。新しい図案を王都のお得意さんに送るのにここに持ち込んでもらってる」
「本は?」
「お針子工房で、字が読めるものが順番に字が読めないものに読み聞かせる。なぜか作業効率が上がるらしいよ」
識字率向上も大事な領主の役目とレイは説明した。
「なぜレイ様は領主館で、医者や村長から報告を受けないのですか? ここには愛弟子がいるんでしょう?」
「うーん、直接聞いた方が早いことが多いし、僕まで上がらないこともある。流行り出す前に病の予防ができる。もちろん定期的に領主館で報告は聞くよ。でも一番はみんなと話すのが楽しいんだ」
教師の言ったこととレイは違う。
ケントは高位の者は執務室で報告を聞き、指示を出すだけと教わったのだ。
そこへ領主館から使いの者が来て、何やら早口で伝えると急いで去っていった。
「今夜からは領主館に泊まり込むよ!」
いよいよアリアンの出産が近づいた。
アリアンが汗をかきながら歩き回っていた。
レイは双子とケントを連れ領主館に詰める。
双子には出産の経過を先に図解入りで説明していた。お産中に大声で泣かれたらアリアンを刺激してしまう。
夜半に破水したと聞いてレイ達は厩舎に駆け付けた。
ヴィンをはじめ大勢の厩務員が見守る中、アリアンが懸命に産み落とそうとしているが、初産なので時間がかかるかもしれない。
(白いのが出て来た)
(あっ足がみえた!)
レイの服を握りしめた双子は、黙って見ている。
「痛そう! 誰も手を貸さないの?」
ケントが大声で騒ぎ立てた。
レイは双子の手をそっと外し、おもむろにケントの襟首をつかみ、屋外に連れ出した。
「入る前に声をたてるなって言ったよ。守れないなら一人で館に戻りなさい」
普段温和なレイモンドの、大人の大きな手で襟首をつかまれるなんて!
ケントはショックだった。
それよりも自分より小さな双子は約束を守れたのに。
悔しい、情けない。
もう一度行こう。
ケントはお産場所に戻った。
(頭がでてきた)
(あと少し)
仔馬が敷き詰められた藁の上に滑り落ちて来た。まだ立ち上がれない我が子をアリアンがなめる。
厩舎内に張り詰めていた空気がふっと軽くなり、皆が安堵の表情を浮かべた。
ヒョロヒョロの細い足で立ち上がり、乳を探す仔馬に、双子たちは声を出さずに静かに泣いた。
「さぁ館に戻ろう」
レイがそっとケントの背を押した。
外へ出ると大勢の厩務員たちが万歳して、互いの肩をたたき合い、踊りだすものまでいた。
馬の出産など珍しくもないが、なにせアリアンの初産、何かあったらと気が気でなかったのだ。死産なんてことになったら首が飛ぶ。
「レイ様おめでとうございます!」
「安産でしたねー」
厩務員が踊りの輪にケントを誘う。
急なことについ輪に入り、踊っていた。
それを見ていたレイがヴィンに話しかける。
「お父さん。よい仔が産まれて私も頑張った甲斐があったわ」
「誰が父さんだ。お前は見てただけだろう。でも本当に良かったな」
オニキスにも知らせようかと、ヴィンが厩舎に戻って行った。
興奮して疲れた双子を先に休ませ、レイはケントをお茶に誘った。
「出されたのに、よく戻ったね」
「自分が恥ずかしくて。でも諦めたくなくて」
「自分で考えたんだから、すごく頑張ったよ」
少しは認められたかな。
「みんなと踊って、喜びを分かち合ったのはどうだった?」
「最初は戸惑いました。でも僕もいつの間に笑っていた」
「嬉しいも悲しいも身分関係ないし、好きにすればいいよ」
「教師と笑いあったことなんてなかったけど、すごく楽しかった」
「君の国が身分の違う者同士で交わらなくても、それはそれでいいと思うよ。正解はないからね」
だがケントは教師の言いなりだった自分が変わっていくのがわかる。
「明日は〈青空教室〉に行ってみんなと勉強がしてみたい、騎士団で掃除も洗濯もしてみたい。してみたいことが沢山できました」
普段すまし顔のケントがすごくいい顔で笑っていた。
「おい、まだ起きてたのか」
「今夜は眠れそうにない。少し付き合ってよ」
「俺には酒くれよ」
とっておきの葡萄酒をメイドに持ってこさせた。
レイの手には記念日のお茶、マロウブルー。
ティーカップとグラスで乾杯する。
「仔馬可愛かったな。ルーがすごく喜んでいたよ」
「名前をいくつか考えていたな」
レイがカップに口をつける。
会話はいつもより少なかったが、心地よい時間だった。
予定より少し早いがケントは帰国することにした。
「心残りはレイモンド様に剣術も教わりたかったです」
「それなら僕の子どもの頃のやり方を教えよう」
ヴィンがそれは教えちゃいけないやつとレイを止める。
「おかしな奴に思われない方法もあるんだよ」
まず移動しようとレイが馬車を用意させた。ルーカスも連れていく。
着いたのは河川敷。
「まず憂い顔を作る」
「うれい?」
「ちょっと悩み事があって考えごとしてますよ、みたいな顔」
「こうですか」
「ルー、よくできたね」
ケントもヴィンも怪訝な顔だ。
「次に平たい石ころを探す」
「これでいい?」
ルーとケントが拾った石をレイに見せる。
「いいの見つけたね。それをこうする」
レイが川に向かってぺいっと石をなげる。
石は川面を何回か飛び跳ねる。
「すごいです!!」
ルーカスが手を叩く。
「うまくできるようになったら、流れてくる葉っぱや木の枝めがけて投げる。これの繰り返し」
「憂い顔の意味は?」
「そうすると声かけちゃいけないって、供の者が好きにさせてくれるから」
「水切りの意味は?」
「楽しいからと集中力つくかなって。力まないで投げるのがコツ」
「了解。ケント頑張れ」
落ちてくる葉っぱや蜂斬るよりはましか。
「白銀の一閃めざしてがんばります!!」
ケントは目を輝かせ、必ずや習得しますと宣言した。
レイはケントを送る際、しっかり商取引をお土産とした。
「アナがモリーナ姫のドレスの刺繍が可愛いって言ってたから図案送って。ウィステリア染物に刺繍した見本送り返すから、大量購入よろしくって国王陛下にしっかりと伝えて欲しい」
「承知しました! 必ず伝えます」
「もう、しばらくは来なくていいから」
「それは嫌です。また来ます」
「仕方のない子だね。水切り三十回できるようになったら見せにきて」
ケントは元気よくハイといって帰国した。
たぶんまた、すぐに来るだろう。




