領主館
イザベルを撃退した翌日、レイはヴィンとともに街の高台に建つ領主館に呼ばれ、延々と説教を食らった。事務官の報告にレイの側近はカンカンだった。
「従兄のエリオットです。事務方は彼に任せています。昔から彼には逆らえません」
苦笑いしながらレイが紹介した。背が高く、短めの淡い金髪に青目と整った顔が、レイの悪ふざけに今は鬼のような形相だ。
「レイ様聞いてるのか? もしイザベル嬢が口すべらせたら、どれだけ貴方の経歴に傷がつくか。好きにさせろと言うから黙っていたが、側に置くのが素性のわからない傭兵など。護衛なら私がします」
「聞いてる。言いたい者には好きに言わせていいさ。母上が聞いたら倒れるかもだけど。それにヴィンはただの傭兵じゃない。そうでしょ?」
「…」
「辺境伯バーデットの子息に、大剣もちの何人も寄せ付けない強者がいると聞きました。ヴィン、剣と鞘にその家紋が彫ってあるのでは?」
「いつから気づいてた?」
「最初から。これでも国中の家紋くらい頭に入っていますよ」
「さすが王子だな。俺は辺境伯バーデットの末子だった。親父に勘当されて今はただの傭兵だよ」
「理由は聞きません。これで問題ないでしょう。1人暮らしが心配だから誰か置けといったので、彼にしました。ヴィンは卵割るの上手なんですよ」
レイに何か言いかけたが、エリオットは押しだまった。
「ならヴィン、レイ様のことくれぐれも頼みますよ」
「そう言われてもな。こいつ俺より強いし、何考えてるんだかわからないし」
でも口で言いうほど側にいるのは苦じゃない。いつのまにか、いないと落ち着かない。
「レイ様は少々無理を通すことがあって心配なんです。先日も『橋が落ちたー』と執務室にきて三日三晩寝ないで対策とっていました。あと火は使わせないように」
「僕を子ども扱いしないで。最近はオムレツも上手く焼けるようになったんです。ねぇヴィン」
ああ、あれか。朝帰りの爆睡の理由はわかった。
「よく炭になってるがな」
危ない手つきに見かねたヴィンが最近手を出してる。
まるで兄弟げんかのように言い合うレイとエリオットに、ヴィンは自身の兄達を思い出した。2度と会うことはないか…。
2人をみながら、ふと気づいた。白銀の一閃の後ろに必ずいる金髪の弓使い。援護の矢が何本も降りそそぐ中、白銀は後ろを一切振り向かず敵中に突っ込む。エリオットが弓使いか。
店への帰宅途中、レイが独り言のように呟く。
「先の戦いで僕をかばったエリオットは肩に深手を負いました。もう前線に出したくありません」
レイは少し寂しそうだった。
「そういやなんで頭上がんないんだ? 年だってそうかわらないだろう。お前のほうが偉いわけだし」
レイの顔が真っ赤になる。
「おいどうした! 急に熱か!!」
「昔…」
「聞こえない」
「幼い頃、おねしょしたのを自分がしたと言ってくれて…」
「はっ? ガキなんておねしょくらいするだろ」
「10歳の時なんです。2人で寝る前に怖い話を読んで、夜中トイレに行けなくて…その」
「王子様も大変だな。そりゃ逆らえねーわ」
ヴィンはレイの背中をバンバン叩いた。
「次はヴィンの恥ずかしい話聞きますからね!」
むくれたレイに、明日は飛び切り大きなオムレツを焼く約束をさせられた。
***
「ヴィン起きて! 大変です! 早く領主館に行かないと!!」
いつも焦らず冷静なレイが取り乱している。ただ事ではない。ヴィンは手早く身支度し出かける準備を整えた。
「アリアンが誘拐されそうになったと知らせが来ました」
ばれたのをいいことに最近急ぎだとよく事務官が訪れる。それでもいつもは動かないレイが切羽詰まっている。
「アリアンって誰だ?」
「僕が1番大切にしているレディです。今日は店休業です!」
「お前女いるのか、じゃこの前の茶番はなんだよ」
「そんなことどうでもいいです! 早く行きましょう」
どうでもよくない。
いつもは領主館まで歩いていくのに、今日は少し離れた場所に馬車がとめてあった。
「どんな女なんだよ」
「彼女は目がすごく優しいんです。ちょっとお転婆さんで強気なところがまたかわいくて。足は速いし、毛並みもサラサラなんですよ」
今なんか女を表現するのに、こいつおかしなこと言わなかったか? 着けば会えるだろう。
馬車は領主館の門をくぐると、玄関には止まらず、裏庭へすすむ。馬車を降りるとレイは駆け出した。行先は厩舎。
「変わったご令嬢だな」
「何言ってるんですか。ふかふかの藁を敷き詰めた彼女専用ですよ。よく見てください。窓も大きくとって、いつでも新鮮な空気に入れ替えています」
「レイ様、中へどうぞ」
先に来ていたエリオットが手招く。
「明け方、厩務員が目を離したすきに連れ出そうとした者がいた。今追わせている。アリアンが興奮して手がつけられない」
「アリアンに怪我は?」
「ない。だが今は近寄らないで欲しい」
厩務員は落ち着かせようと必死にだった。
暴れるアリアンに近づきすぎないようレイは、エリオットに抑えられている。
ヴィンがアリアンに近づいた。
「ホーホーほら怖くない ホーホーもう大丈夫だ」
静かに声をかけ続けた。しばらくして落ち着きを取り戻したアリアンが、ゆっくりと尾をふりレイにすり寄る。
漆黒のつやつやした毛並みとしっかりとひきしまった馬体。それに賢そうだ。戦場で落馬したらおしまいだ。恐れることなく突き進める馬は相当な訓練をし、ましてや王子を乗せるなど選び抜かれた馬なのだ。
「美人さんな自慢の愛馬です。たてがみから尾までうっとりするくらいきれいでしょう? 彼女とおそろいにしたくて僕も髪をのばして結んでたんですけど、少し前に、オムレツ焼いてたら毛先焦がしちゃって切ったんです。そしたらアリアンが拗ねてしまって、最近は乗せてくれなかったんですよ」
しょんぼりしたかと思えば、激甘メロメロ顔でアリアンに頬ずりして首をなぜる。
「だからもう火は使うな。毛先だけで済んだからよかったものの、私らまで咎められます」
白銀の一閃にこんな逸話があったとは。絹糸のような白銀の髪をなびかせ漆黒の馬とともに颯爽と駆けぬける姿は戦の女神(男だが)ともいわれ皆を奮い立たせた。白銀の一閃に憧れる純情な全騎士たちに謝ってほしい。
「ヴィンは馬の世話に詳しい?」
「実家では自分の馬の世話していた」
「辺境伯領は名馬の産地でしたね」
今となっては自分の愛馬がどうなったかは知らない。いい奴に引き取られているといいが。
「また会いに来ますね」
レイは名残惜しそうにアリアンを厩務員に預け執務室に向かった。
「アリアンを誘拐なんて許しがたいです。必ず盗人は捕まえます」
レイは静かに怒っていた。目が本気だな。
来たついでと大量の書類をさばく。その姿はいつものレイとは違い領主の顔だった。エリオットと打ち合わせて指示をどんどん出していく。
「やればできる方なんです」
レイはあまり書類仕事が好きでないのだろう。普段はエリオット任せらしい。ヴィンはソファに座り菓子をほおばりながらそれを眺めていた。
そこへ事務官がトレーに手紙を運んできた。先にエリオットが手に取り差出人を確かめる。
「どうぞ」
「うーん、父上からだ。そろそろ1度顔を見せに帰れと」
「王妃様も気になさってんだろ。収穫祭までには戻れるようにするから」
「やる気出てきました。母上のことだから舞踏会はあるとして…。そうだあの方をご招待しようかな」
さらさらと手紙を書き上げ、エリオットに渡す。
「ヴィンにも衣装用意しないとね」
「俺もか」
「離れずに護衛頼みます」
護衛なんて不要なくせに。ヴィンはふんと鼻で笑う。