温泉村その後
ハリーから温泉村の丸太小屋完成報告があった。
早速視察に行こうとしたレイは、エリオットに止められ、泣きながら書類を片付けた。
レイは嘘泣き。ヴィンはあくびで涙が止まらない。事務官アランは帰りたいと涙を流していた。
「もうここは、村じゃないぞ」
最初に来た時からの変わりようにヴィンが驚く。
レンガを敷き詰めた通路。ウィステリアにちなんだ藤棚。建物の壁の色は白に、屋根は青に統一。窓辺には花を飾り、おとぎ話に出てくるようだ。
女性客は喜ぶだろう。
村民も金さえ出してくれるならと反対はしなかった。ちゃっかり家の修繕費も出させた。
商店もいくつかあるが、街の人気商店が荷車に商品を並べていた。
もちろんソフィアの菓子店もレイの雑貨屋も出店。
「ここに領主館を移そうかな」
「なおのこと村じゃなくもう街にしろ」
「わかってないですね〈村〉って言うのが商品価値なんです!」
事務官補佐のエレノアが口をとがらした。
可愛い村で足湯に浸かる、泊まる宿は素朴な小屋。それもあまり客を受け入れず、予約が少し混むくらい。
「これでだめなら、次の手です!」
エレノアがこぶしを上げる。
男性客向けの麦酒を出す店の食事は、悪酔いしないように胃に優しいものにした。至れり尽くせり。
「気持ちいいね」
「お父様ったら、寝ないでね。ルーもよ」
「ダメ、寝そう」
「僕も寝い」
家族用の少し広めの足湯に浸かりながら、レイ親子はくつろいだ。
レイ達が泊まるのは、いつの間にか作っていた領主専用の丸太小屋。客室を含め部屋は7つもあり、もう小屋ではない。
「だって、急な来客用にも必要でしょう」
領主である公爵様が、金と権力に物言わせた。
「父上がアル兄様に王位を譲ったら、絶対住み着きそうだな」
レイは阻止する手立てを今から考えていた。
すれ違う足湯客は似たような服を着ている。
「これクローク国の保温性があって軽い生地を使って、母上が足湯客専用に新しく作ってくれました。いいでしょう」
購入しても借りてもいい。女性用は脱ぎ着しやすいワンピース。男性用も上下ゆったりとした作りだ。
「親子そろって、恐れ入るよ」
ヴィンもゆったり服を着せられた。
「今夜はみんなもゆっくりしてきていいよ」
足湯の帰り、レイはヴィンたちに好きに過ごすようにと休みを与えた。
夜間は警備隊員を日中よりも増やしている。のんびりした雰囲気にスリも出やすいだろうと、警戒は怠らない。
「たまには親子だけでゆっくり過ごすから」
ヴィンと護衛三人はワイワイいいながら飲みに出かけて行った。
次の日、朝から双子はエリオットとエレノアに連れられ散歩に出かけ、ヴィンたちも帰ってこない。
レイは一人長いすに寝ころび、本を読んでいた。
バタンと扉が開く。
「ノックも先触れもなく、失礼なお客は誰かな」
レイが起き上がり、問う。
「そんな礼儀は俺たちにはないな」
下卑た笑いをする男が三人。
「ここにそこらの女よりお綺麗な貴人がいるって聞いて、拝みに来てやったよ」
「もうお姫様は卒業したんだけど」
「少し俺らと楽しもうぜ」
「断る」
剣が手元にない。いつも隠し持っている短剣もない。素手だけではレイには不利。
三人がじりじりとレイに近づく。
ちょっと面倒なことになりそうだ。後ずさりしたレイの背が壁につく。
「ほんとに男にしておくにはもったいないな」
酒の匂いが鼻をつき、にやつく顔がさらに近づく。
「これ以上近づいたら、地獄に行っても追われる身になるけどいいかな。身内友人引き連れて地獄行の覚悟はある?」
「強がる美人もいいな」
レイの目が男の懐にあるナイフを見つけ、取り上げようとしたその時。
「おい、何やってる?」
顔を赤くしたヴィンが戸口に立っていた。
「護衛か? 酔っぱらって役にたつのか?」
侵入者は相手にならないとゲラゲラと笑った。
無言で近づき、ヴィンが一人目をドカーンと投げ飛ばした。
「この野郎!」
二人目は腹を思い切り蹴り飛ばされた。
「ぐえっ!」
三人目はナイフを向けているが、握りつぶさんばかりに腕をつかんでやった。
「えっと、ありがとう」
レイが目を丸くしている。
「あまり……無防備に……その辺を歩かないでくれ……」
「忠告もありがとう」
急に酔いが回ったのか、ヴィンの足取りがおぼつかない。ふらふらと歩き、レイの前でドンと片手を壁につけた。
レイはヴィンを見上げる。
ヴィンは青紫の瞳をじっと見つめる。
「……」「……」
「おい、何やってる?」
エリオットが戸口に立っていた。
妙な気配に双子はエレノアと中に入らず外にいる。
「えっと、酔っ払い客に帰ってもらうところかな」
ヴィンの体をよけ顔をだしたレイが、床に伸びている三人を見下ろしながら答えた。
警備隊呼んでくるとエリオットが出て行った。
「ヴィン?」
立ったまま寝ていた。
羞恥で真っ赤なヴィンと、うなだれる護衛三人組は平謝りする。
「もう飲みません。絶対に主君を置いていきません」
エリオットに千回書かされた。
「もしあの時、俺が行かなきゃどう対処したんだ?」
「あんな素人から逃げるのは容易いけど、捕まえたかった。あとこれ」
レイが手の甲をあげて見せる。
「綺麗な手だな」
「そこじゃない。これ」
右手の指輪から細い針が飛び出て来た。
「目や首なら、ぐさっとできる」
左手の指輪からは超強力睡眠剤が出せる。
それを靴にも仕込んでいるという。
だから近づけさせる必要があった。
仕込み直しがすごく面倒で、最後まで出したくなかったというのがレイらしい。
さすが俺の主だ。
侵入者は、鉄格子付の荷車に乗せられ、下着姿のまま見世物になった。
泥団子はご自由にお投げください、と書かれた木札も置いてある。
案外こういった罰に効き目があるらしく、不届きものはいなくなった。




