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すみれVS黒百合

 俺は今、何を見せられているんだろうか。


 初恋の人と、俺に求婚してきた人が――王宮大広間で睨み合っている。


 お願いだ。俺のために喧嘩はやめてくれ。


 さかのぼることひと月ほど前。


「今度は母上からの呼び出しだけど、意図がわからない」


 レイが困惑顔だ。


「髪は切るな、日焼け禁止、肌の手入れは怠るな……これって、どういうことかな」


「また新作ドレスのお披露目会だろ」


 エリオットはいつものことだ、頑張れとだけ言う。


「アル兄様からは、母上は本気だ、諦めろ。レオ兄様からはオススメ食材って何?」


 ますます訳がわからない。


「これからは男の中の男路線で行こうと思ってたのに」


「「「「「無理だろう!!!」」」」


 それからひと月。


 レイは健気に母の要望に応えようと努力した。


 王妃グレースは大絶賛だ。


「さすがうちのレイちゃんは磨きがいがあるわ。仕上げは任せてね」


「それでドレスのお披露目会はいつですか?」


「黒百合が来るの。絶対に負けないわ」


 西のノアール国の女王――絶世の美女。


 外遊先の社交界を荒らしまくっていた。


 そんな彼女が王女を連れて乗り込んでくるというのだ。


「なにやら物騒だな」


 つぶやくヴィンにグレースが睨みつける。


「これは女の戦争なの。うちはレイちゃんで勝負よ。負ける気がしないわ」


 母は本気でも、レイにとっては面倒くさいことこの上ない。ほどほどに母に付き合うつもりだった。


 最初は歓迎晩餐会だった。


 参列者ほぼ全員が入場し終わったころに、レイとヴィンの名前が呼ばれた。


 ゆっくりと優雅に。白い衣装のレイと、レイを守護するかのように、青みを含んだ黒い騎士服を着たヴィンが螺旋階段を降りてきた。


 対となった白と黒の効果は絶大だった。


 参列者は惚けて言葉が出ず、しんと静まり返った後に、ため息とどよめきが起こった。


「さすがレイモンド様」

「我が国の至宝ね」


 レイが上品な笑みを返すと、また会場にため息が漏れた。


「ノアール国リリス女王陛下、リリア姫。この度の我が国への訪問歓迎いたします」


「歓迎痛み入りますわ。レイモンド姫」


「今はウィステリア公爵を賜っております」


 開戦した。


 レイの役目はリリア姫のもてなしという名の戦い。


 黒百合はいつも母娘揃って豪奢な黒い衣装に身を包む。リリアは長い黒髪を大層自慢にしていた。


 先に口撃してきたのはリリア姫。


「お衣装が素晴らしいですわね。お子様がおいでになるなんて信じられませんわ」


 ―― 子持ちにしては派手じゃないの。


「お迎えするのに、当然のこと」


 ――君たち母娘に合わせてあげたんだよ。


「グラデーションのリボンが本当にお似合いですこと」


 ――軽薄ね。


「黒いドレスがよくお似合いだ」


 ―― 君は腹の中まで黒そうだよね。


「レイモンド様はほとんど召し上がりませんのね。私はそちらのバーデット辺境伯のように豪快に召し上がる方がいいわ」


 ――その細い身体で本当に騎士なんですか?


 急に名前をよばれヴィンが咳き込む。


「騎士たるものいつでも動けるように自制しているのですよ。ね、ヴィンセント」


 ―― いい加減食べるのやめろ。睨まれた。


「さすがレイモンド様、騎士の鑑です」


 ヴィンが持っていた皿をそっとウェイターに渡す。


「この場に敵国が攻め込もうが、リリア様をお逃がしできるくらいには鍛錬していますよ」


 ――面倒が起きたら邪魔だからさっさとどこかへ隠れてろ。


「まあ怖い、フェリシティーは治安がいいと聞いておりましたのに」


 ―― 噂に聞くほどには強くはないのね。


 やがて話題はヴィンに移る。


「バーデットの名馬の噂は我が国にも」


「わが領のことまでご存じとは恐れ入ります」


 レイが徐々に不機嫌になり、ここは俺の出番だとヴィンが応じる。


「私、乗馬が趣味なんです。自分で世話もしますのよ」


「御婦人にしては珍しいですね」


 エリオットが助け舟にやってきた。周りの空気が凍りそうで、見ていられなかった。


「レイモンド様、そろそろ。お子様方がお待ちですよ」


「この後はヴィンセント様と楽しい時間を過ごしますので、どうぞ退出なさってくださいませ」


 ――大人の時間を楽しむから、邪魔者は早く消えてほしいの。


「そういえば、リリア姫はまだお相手を熟慮中だとか」


 ―― 行き遅れのくせに選べる立場なの?


「王配になる方ですから、慎重にもなりますわ」


 ―― 第三王子はお気楽でいいわね。


「なら私がご紹介しましょうか」


 ――ハリー、こっちに来い。隠れても無駄だ。


 仕方がなく、ハリーはレイの隣に座った。


「こちらのクローク国第一王子ハリー様は大変賢く剣もお強い。国民を何より大事にされている情の篤い方。リリア様のお好きな黒髪黒目ですよ」


 これ罰ゲームはじまった? 姐さん怖い!

 

「姫より年下ですが、可愛いがってあげてください。リリア様ほどしっかりした方がいれば彼も心強いでしょう」


 ――馬鹿同志、相手を見張っとけ。


「ハリー王子はお世継ぎでしょう。そもそも無理なお話ですわね」


「大変優秀な第二王子がいるとか。ほらハリー王子、今ここで求婚なさい」


 ハリーは涙目で嫌だと訴える。


「私はヴィンセント様のような方に、我が国へ来ていただきたいですわ」


 何を言ってんだ、この姫。ヴィンは僕の側から離れないけど。


「明日、ヴィンセント様の愛馬に会わせてくださいませね」


「お……お迎えに上がります」


 ヴィンに断れるほどの会話術はなかった。



「くそっ! エリザベスがいれば今夜でかたがついたのに」


 珍しくレイが声を荒げていた。


「レイ様、ここは王宮ですよ。言葉遣いが」


「私室は治外法権!」


 エリオットがたしなめるが、レイが屁理屈をこねる。


「だいたいヴィン。君は鼻の下を伸ばして、どういうつもり」


「いやー」


 目の前で、胸元の大きく開いたドレスで見せつけられたら、男としては仕方ないだろう。


「胸ばっかり見て、いやらしいよな」


 ハリーがここぞとばかりに攻め込んできた。


「意気地なし王子。あれくらいサッサっと娶れよ」


「姐さん、あれはない。一生尻に敷かれる。勘弁してください」


「明日オニキスに会わせるんだよね。仕方ない僕も行こう」


 レイはぶつくさと悪態をはき、顔にパックしたまま寝室へ行ってしまった。


 リリアも母に報告しながら明日の相談をしていた。


「レイモンド様は手強いわ。あの美貌と色気は本当に男性? 悔しいけどつい見惚れてしまったわ」


「仕方ないわよ。グレースもこの私が社交界デビューする前の半年間だけは、大陸一の美姫と言われていたのよ。あの子は王子なのにそれ以上だもの」


 当時グレースは侯爵令嬢、リリスは王位継承権一位の王族。リリスに軍配が上がった。


「ヴィンセント様は悪くない。というかめちゃくちゃ好み! お母様私もそろそろ身を固めますわね」


 リリアの目がキラリと光かった。



 翌日、ヴィンが貴賓室まで迎えに行くと、リリアは乗馬服を着て待っていた。


「あとで近場をまわりましょう」


 それで気が済むならと、ヴィンも承諾した。


 厩舎に行くとレイが先に着いていた。


「レイモンド様もどこかにお出かけですの? 私たちは二人だけで回りますのよ」


 二人だけ? 供を付けないのか?


 レイもヴィンがまさかと思う。


「まあ見事な黒馬ですこと。オニキスというのね。よろしく」


 オニキスがリリアが触れるのを嫌がる。


 いい子だ、さすがアリアンの番。


「姫にはこちらの大人しい馬を用意しました」


 ヴィンがこれまた見事な黒馬を引いてくる。


「あっ!」


 リリアが足首をひねったと痛がる。絶対わざとだ。


「楽しみにしておりましたのに……。そうだわ、ヴィンセント様と一緒なら問題ないですわ」


「……では前に……どうぞ……」


 ふふんと勝ち誇ったようなリリア。


「お気をつけて」とレイは素っ気ない。


 相当お怒りの様子だ。すまない主。


 リリアは気さくにヴィンに話しかけてきた。


 息がつまると一人で馬に乗りに行くの。


 愛読書は〈騎士様わたしをさらってシリーズ〉


 別にレイモンド様が嫌いではなく苦手なだけ。歯に衣着せぬところは好ましいが、つい虐めてやりたくなる。


 ヴィンを自分の周りの貴族子息に比べ、飾らないところがいいと頬を染める。


 リリアの髪が鼻をくすぐる。


 今まで感じたことがない感情がわいてきた。


「楽しかったですわ。また機会があればぜひご一緒させてください」


 笑顔を向けられ、ヴィンの頬が緩む。


 厩舎に戻るとレイが不機嫌そうに腕組している。


「おい、気分が悪いのか?」


「別に」


  やっぱり不機嫌らしい。


「痛っ」


 オニキスが急にレイに頭をよせて、目に何か入った。


「おい、擦るなよ。見せてみろ」


「ん……」


 ヴィンがレイの顔を上にむけ、目を覗き込んでいる。


 近い! 近すぎますわ!!


 リリアがぎょっとする。


「泣け。涙で洗い流せ」


「無理だよ。お願い、ヴィンがとってくれるか、きれいな水持ってきて」


 レイはヴィンによく甘えた口調で話すことがある。今がそれ、それも無自覚。


 これは急がなくては。


 リリアは決意した。



 そして舞踏会。


 大広間のど真ん中でそれは起きた。


「ですから、私の夫としてヴィンセント様が欲しいのです」


 リリアがレイに挑戦状を叩きつけるかのように言い放った。


 ヴィンはオロオロするばかり、確かにいい子だし、申し出は素直に嬉しい。


 だがいきなりの求婚に言葉がでない。


「君のわがままに付き合う気はないよ」


「わがままはレイモンド様でしょう。手放したくないからって、人の恋路を邪魔しないでください」


 レイは敢えて漆黒の騎士服で臨んだ。オーラを放ち、格がさらに数段上がる。


 対するリリアは白一色。まるで婚礼衣装のようだ。今の大陸一の美姫と呼ばれるにふさわしい輝きを放つ。


「レイモンド様には漆黒の瞳の愛人でもいらっしゃるのかしら」


「リリア姫もご婚約の話は聞いてないけど、もう婚礼衣装を仕立ててらしたとはね」


「……」「……」


 お互いが一歩も引かず、無音が続く。


「えっと、場所を変えないか?」


「君の好きになさい」


 レイはヴィンを見ずに、一人会場を後にした。


 一生忠誠を誓うって嘘じゃないか。自分の言葉に嘘がないなら、即断るべきだ。


 レイはヴィンが本心で望むなら誰と結婚しても祝福できると思っていたが、いざとなったら腹が立った。


 ヴィンに願い出されるのと、誰かに言われるのではまるで違うのだ。


 ヴィンはモノじゃない。


 腹心であり友人、今では家族同然だ。


 いくら訪ねてもヴィンはレイに拒まれた。


 ため息しかでないヴィンを見かねて、エリオットが声をかけた。


「ヴィンが決断したのならレイ様は笑って送り出すさ。ただモノみたいに欲しいと言われて頭に来たんだろう。レイ様は身内にだけわがまま言うし、無茶ぶりするが、支配したいわけじゃない」


 ヴィンにもそれはわかる。


「自分で決断して、レイ様に伝えろ」


 エリオットに肩を叩かれ、ヴィンもリリアと話し合おうと部屋を出た。


「いない! リリア姫がいない!!」


 城中が大騒ぎになった。


 要人が警護の目をすり抜け消えたのだ。国際問題になる。


 すぐさまノアール側の者を集め、事情聴取が行われた。侍女の一人があまりの大事に怖気づき、口を割った。


 舞踏会のあと憂さ晴らしに、〈騎士様わたしをさらって〉に出てくる街娘に扮し、ふらふらと出かけたそうだ。


「なんてことだ。連れ戻すよ」


 レイは護衛三人とヴィンを連れて捜索に出た。


 リリアは城下町を自由に歩いていた。


 侍女に食べ歩き用の菓子を買わせ、露店のアクセサリー屋をのぞく。


 お話ではここでスリにあい、騎士に助けてもらうのだが、そう都合よくはいかない。


「リリア様、こちらに大人気のテイ―サロンがあるそうですよ。ご案内いたしましょう」


「まあ嬉しいわ」


 久々の自由時間に気分の良かったリリアは油断していた。


 偽護衛に細い路地に誘い込まれ、いきなりナイフを向けられた。侍女たちは怖がって震えてばかり。


「不届き者。名乗りなさい」


 リリアは勇敢にも侍女の前に出た。狙いは自分だ。侍女たちを傷つけたくはない。


「もう女王の時代は終わらせる。次はさる高貴な方に王になっていただくのさ」


  そういうことか、従兄派の者ね。


 ノアールでは国に安寧をもたらすといわれ、長く女王の時代が続いていた。面白くない者もいるだろう。


 さてどう逃げようかと考えていると、馬のいななきが聞こえた。


「見つけた。これはどういう状況? そこの偽護衛は捕らえていいのかな?」


 馬を降りたレイが抜剣し、立っていた。


「お手数ですが、お願いしますわ」


「承知した。ヴィン、リリアを守れ!」


 ヴィンがリリアの前に立ち、剣を抜く。


 レイが舞うように、次々と不審者をなぎ倒した。


「それで釈明はありますか?」


「ちょっと旅の思い出を……」


 ばちんとレイがリリアの頬を叩いた。


「あなたは勝手をし、我が国を困らせ、ご自分の命をおろそかにした。侍女が犠牲になってもあなただけは生き延びなければいけない。そう教えられませんでしたか?」


「その通りです」


「侍女を思う気持ちがあるなら、もう勝手をしないことです」


 リリアは唇を噛んだ。


「帰ります。ヴィンはそのままリリア姫の護衛を」


  レイはアリアンに跨がり、先に行ってしまった。


「何も言い返せなかった。あなたのご主人様はすごい方ね。あれには誰でも惚れますわ」


「あの方だけが俺の唯一。一生を捧げても足りないくらいです」


 レイはヴィンを信じ、背中を預けていた。


 レイが剣を振るう時、ヴィンは羨望の眼差しでレイを見ていた。


 あれを見たら二人の間には入れない。


「わかったわ。でもあれは酷くない? 他国の姫を叩くってありえない」


「まぁご自身も姫君がいますから、本気で心配されたのでしょうね」


「あれが父親って、大変ね」


「溺愛ですね」


「あなたもここを離れられなそうだし、今回は諦めます」


「困ったときはお呼びください。主とともに助けに参ります」


「ありがとう」


 さらってはくれなかったけど、危ないところを本物の騎士様が助けに来てくれた。


 大きな背中にも守られてとても嬉しかった。


 この国に来て良かったとリリアは思った。


 リリアたちが帰国する。


 結局、勝負も何もなかった。


「またおいで下さい」


「あら、お世辞も言えたのね」


「可愛くないね」


 最後までレイとリリアの口撃は続いた。


 その時、かわいい声がした。


「お父様、僕にも女王陛下とお姫様のお見送りをさせてください」


「ルーカス、こちらがリリア姫だよ。ご挨拶なさい」


「リリア姫様、ルーカス・ウィステリアです。お姫様とお話ができなくて残念でした。また来てください」


「はわ」


「?」


「天使ですか? 妖精ですか?」


「それで合っています。我が家の自慢の嫡男です」


 レイがルーカスを抱きあげる。


「ルカ君はチーズはお好きかしら?」


「ルカ君?」


 レイが眉間にしわを寄せる。


「はい好きです。お父様のように強くなるには、お残しをしてはいけません」


「ルカ君にチーズもバターも燻製肉も沢山送りますから、大きくなったらうちに来て」


 リリアがルーカスに腕を伸ばした。


「リリア、それは遊びに行くで合ってる?」


 レイがルーカスを背中に隠す。


「あの……その……私、すぐにでも娘をもうけますから、その時はルカ君をお婿にください」


「はっ? 頭打ちましたか? ご病気なら早く治療なさい。うちの跡取りと言ったでしょう」


「でも、もう可愛すぎて。ぜひ……」


「黙れ、見るな、もう来るな。その黒髪斬るぞ」


「レイ様、言葉遣いが……」


 エリオットが止めに入るが、リリアが馬車に乗り込むまでそれは続いた。

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